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 突然星馬が消失した《精霊の台座》近くでは、当然のように戸惑う者たちが大勢いた。そのほとんどは召喚者たちであるが。

「ど、ど、どうしましょう〝聖地長〟様!?」
「とにかく落ち着きなさい、シャイラよ。皆の者、今すぐここらを探してみるのだ」

 パランティーアの命に従い、神官風の者たちは一斉に返事をして動き始めた。

「――あのよ、今のは一体何だ……? 急に消えたぞ?」

 当然の如く説明を要求する茶髪ワイルドイケメン。

「申し訳ありません。我らにも突然のことで何が何やら把握し切れていません。何故彼がいきなり消えたのか。ただ気になるのは、彼が使ったのは魔法だということです」
「魔法!? 何でもうアイツが使えんだよ!?」
「分かりません。しかし間違いなくアレは空間転移系の呪文のはず。もしやこの召喚に気づいた〝地位の象徴ノブレス〟が、どこかから彼を何らかの呪文で操作して……いかん。とりあえず二次災害が起きる前に、〝加護者〟様たちはこちらへ」

 パランティーアが、三人の〝加護者〟たちを連れて、ある場所へと先導した。
 そこは《精霊の台座》から少し離れた場所にあった教会のような建物。そこで〝加護者〟たちを一先ず匿うつもりのようだ。

 教会自体が何か神秘的なオーラを放っており、神聖な空気に包まれている。さすがは【聖地】という名を持つ場所だけはあるということなのかもしれない。
 建物の中に入ると、幾つか部屋があり、パランティーアは一つの部屋へと〝加護者〟たちを案内していく。

 そこは執務室のような空間になっており、周りには本棚があって、窓の傍には机が置かれてあり、その前には複数の者が腰を掛けられるソファも存在している。

「どうぞ、おかけになってください」

 長めのソファには、〝加護者〟三人が座り、体面にあるソファにはパランティーアだけが座って、その後ろにシャイラが控えるように立つ。

「ところで、さっきの奴が操作されてたっつうのは?」

 話の続きを一刻も早く聞きたそうな表情で茶髪イケメンが問いかけた。

「そうですな。まだ確証はないですが……。この召喚自体、秘密裏に行ったはずなのです。もし〝地位の象徴〟に感づかれれば、必ず邪魔をされると思いましたので」
「なるほどねぇ。んじゃあ、それに気づかれたっつうことか?」
「いえ、あくまでも可能性としては、です。先程の黒髪の少年も、ともに召喚された四人のうちの一人ということは確かですので、間違いなく〝加護者〟のはずです。〝地位の象徴〟が〝加護者〟の力を利用しようと企んだのであれば……」

 重苦しい空気が部屋中に広がる。
 
 ――そんな中、不意に活発そうな少女が口を開く。

「で、でもあの黒髪の子、いなくなる時に『やりたいことができた』って言ってませんでした?」
「「そういえば……」」

 茶髪イケメンとパランティーアが口を揃える。

「こういう時ってゲームとかだと、操って仲間を殺したり傷つけたりするパターンが多いと思うんですけど」
「確かにあなたの言うことも一理ありますな……いやしかし、もし操られていないとしたらどうしていきなりいなくなって……。しかも魔法を使って。失礼ですが、〝加護者〟様たちの世界にも魔法が?」
「いいえ、アタシが住んでた地球には魔法なんてファンタジーなものはありませんし、精霊だっていないと思います」

 答えたのは活発系女子だ。彼女の答えには他の二人も頷く。

「ならどうやって魔法の扱い方を知ったのか……。まだ魔力操作もできないはず……うむぅ」

 パランティーアは心底訳が分からないといった感じで唸る。

「……とりあえずよぉ、黒髪の奴のことは探してる連中に任せて、自己紹介とかしとかねえか?」

 場の雰囲気を変えようと思っての発言なのか、茶髪イケメンがそう言うと、他の者も賛同し始める。

「んじゃ俺から。日本の東京からやって来た本郷愛斗だ。歳は十七。あ、でもコッチじゃアイト・ホンゴウってことになるのか。まあ、アイトでもホンゴウでも好きに呼んでくれや!」

 白い歯を見せて屈託のない笑みを浮かべる愛斗。ワイルドと爽やかさを持ち合わせたその微笑に衝撃を受けたかのように、パランティーアの後ろで立つシャイラは恥ずかしげに顔を伏せた。

「次はアタシですね。えっと、同じく日本ってところの北海道から来た――村咲葵むらさきあおいです。十六歳の女子高生です!」

 ハキハキとした物言いが特徴的な活発系女子である。

「おいおい、女子高生って別に言わなくていいんじゃねえか?」
「そう? 君は? もしかして学校行ってないとか?」
「それ完全に俺の見た目で判断してるだろ。つうか、制服見ろよ。ちゃんと学校指定のだし。こう見えても皆勤賞狙ってんだぞ」
「へぇ、案外真面目なんだ」

 女子高生という言葉の意味をパランティーアが聞いて、葵が説明して納得していた。

「最後は私……ですね。東京に住んでいましたが、今は留学中でドイツにいました。十坂アンネと言います。お二人と違ってまだ十四歳の中等部生です。よろしくお願い致します」

 わざわざ立ち上がって頭を下げるとは、育ちの良さが滲み出ている。

「十四にしては大人っぽいわね……。もしかして十坂さんってハーフ?」

 葵の問いに対し、アンネは静かに頷き、

「はい。父がドイツ人で、母が日本人です」

 そう言う彼女は確かに日本人離れした顔立ちをしている。綺麗な金髪でウェーブがかかっていて、瞳の色も綺麗なエメラルドグリーンをしているようだ。身長は低い方ではあるが、胸は年相応以上に膨らんでいる。どこかのほほんとした雰囲気を醸し出す。

「けど全員がおんなじ日本人なんだなぁ。若干一人はハーフだが。多分いなくなったアイツもそうだしよ」

 愛斗が続けて、

「自己紹介が終わったところで、できれば俺らにしてほしいことっつうのをもっと詳しく教えてほしいんだがな」
「そうですな。それは当然〝地位の象徴〟から世界を守ってほしいということなのですが……。しかしそれにはもちろん苦行があなた様方に降りかかるのは間違いないかと思います。言ってみれば戦争をするというわけですから」

 戦争という言葉を聞いて三人の表情が強張る。戦争などというものとは切り離された世界からやって来たのだから仕方のない反応だろう。
 それまで平和に暮らしていて、気づけば殺し殺されるような世界に来てしまっていた。その事実に、異世界を望んでいた彼らにも喜びはあるだろうが、やはりそれだけでは収まらない。

 三人はパランティーアの要求に、しばらく押し黙って考え込んでいた。

「…………俺は、力になってもいいって思ったぜ」

 最初に返事をしたのは愛斗だ。その解答にはパランティーアとシャイラが無意識に顔を綻ばせている。

「まあ確かにこの世界に義理なんてねえけど、それでも困ってる奴がいんなら、助けになってやってもいい。それが男気ってもんだしよ」

 そう言いながら愛斗はシャイラに視線を向けると、シャイラは目を潤ませて愛斗と見つめ合う。
 しかしそんな中、

「ん~でも正直アタシは不安かなぁ」
「はあ? 何でだ、村咲?」
「いきなり呼び捨て? ……まあいいわ。だってね、確かにアタシたちは異世界を望んでやって来たかもしれないけど、まさか戦争をするなんて思ってもいなかったし」
「けど、モンスターとかと戦ってみてえとか思ったことはねえのか? きっと楽しいぜ?」
「あるけど、それはモンスターでしょ? でも戦争は――人なんだよね?」
「それはそうだけどな……けど向こうは悪さをしてるんだろ?」
「だからっていって人を殺したりしたくないわよ。アンタはしたいの?」
「俺だって話し合いで解決できるならそれが一番良いと思うがな。だからその〝地位の象徴〟って奴らに会ったら、まずは話してみるっつうのもいいかもな」
「それでも聞かなかったら?」
「……その時はその時だと、俺は思う」

 葵はその答えを聞いて肩を竦める。アンネも争いが好かないようで不安気な表情のままだ。

「俺は……まだそういう覚悟は持ってねえ。けどもし、俺が認めた仲間とか大切な奴が傷つけられるってんなら、俺は戦うぜ。その力が俺にはあるんだろ、パランティーアさんよぉ」
「もちろんです。あなた様方が真に力を扱えるようになれば、〝地位の象徴〟にも負けはしないでしょう。古文書にもそう書かれてありました」
「だったらその古文書以上の力を身につければ、相手を殺さずに止めることだってできるかもしれねえ」
「アイト様……!」

 目を見開きながら呟いたのはシャイラだ。

「そもそも戦争ってのは、自分たちが勝つって思ってるから相手が仕掛けてきてるはずだ。けどこっちの方が断然強え力を持ってるって分かれば、戦争なんて起こそうって思わねえんじゃねえか?」
「簡単に言うけどさそれ……」
「ああ、分かってるさ村咲、難しいことを言ってるっつうのはな。けどやってやれねえことはねえだろ? 俺らには〝精霊王の加護〟ってのがついてるんだしよ!」

 どこからくるか分からない自信を顔いっぱいに表して宣言する愛斗。その揺らぎの無い言葉に、パランティーアとシャイラは感動気に頬を緩ましている。

「…………分かったわよ。アタシもできるだけのことをする。けど死ぬのは嫌だから、危なくなったら逃げるかもしれないわよ」
「安心しやがれ! 村咲も十坂も俺が守ってやるさ!」

 ニカッと笑う愛斗に対し、若干恥ずかしげな様子を見せる葵とアンネ。そういうことを正面切って言われるのが初めてなのかもしれない。

「アンタってば、あれよね。いつか背中から女に刺されるタイプね」
「ふふ、ドイツにもアイトくんのような積極的な男性は見ませんでしたね」
「何で刺されるんだよ! それに十坂、男はやっぱ積極的に行動してこそだと思うぜ!」

 何となく三人の関係が深まったところで、パランティーアが話を切り出す。

「では皆様、我々に力を貸してくださるということでよろしいのですか?」
「当然だ!」
「まあ、ちょこっとくらいわね」
「私も、少し怖いですけど」

 三者三様の返答を聞き、安堵したようにパランティーアから笑顔が零れ出る。

「あとはもう一人の方が見つかれば良いのですが……。彼の捜索は仲間たちに任せて、お三人にはこの世界と魔法について詳しく話していきましょう」

 そうして進む道を決めた三人は、異世界に入り込んでいく――。



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