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――フッとイオの瞳の色が紅から元の黒へと戻る。
「先生っ!」
「おお、アミッツ! おっと、はは、さっきも言ったけど、来るの遅くなっちまって悪かったぁ」
「先生! 先生! 先生! 先生っ!」
必死に抱きついてくる彼女の頭を撫でながら、思わず苦笑してしまう。自分の考えが少し甘かったことを反省しなければならない。
二次試験では《バーサーカーウィルス》を使わないと勝手に思い込んで、アミッツを危険に晒してしまった。配慮が足りなかったのだ。
せめてリリーシュくらいには、イオの動きを知らせておくべきだったのかもしれない。
(やれやれ、オレも教える側としてはまだまだってことだな)
それでも彼女が無事で本当に良かった。
「――イオ」
「ん? おお、リリーシュも悪かったな、遅くなっちまって」
「まったくよ。でもまぁ、来てくれたから良しとするわよ。それにしても久しぶりに見せてもらったわ。あなたのその瞳――――〝追跡の邪眼〟」
「つ、ついせきの……じゃがん?」
イオの腕の中で顔だけ上げてアミッツが復唱してきた。
「イオの固有能力って言えばいいのかな。〝トレース・アイ〟とも言うんだけど、あらゆる現象を追跡し、同等の価値を発現させることができる瞳術……だっけ?」
「使うのは結構疲れるけどな」
リリーシュの説明通りだ。先程の瞳の力で、ロエンの微細な動きを寸分違わず追跡して、それを模倣し、魔力量も質も、そのすべてをトレースして同等に発現して相殺したというわけだ。
他人にはまったく同時に動いているように見えるだろうが、ほんの僅か……本当に少しだけ追跡しているイオの方が遅い。しかし自分の技や呪文を初見で模倣されるのだから、相手にとってはたまったものではないだろう。
これがイオが異常ともいえる修業法で覚醒した力――〝追跡の邪眼〟である。
「ほえぇぇ……何だかスケールが大き過ぎてボクには理解が及ばないよぉ」
「でも追跡の目なんて……やっぱりストーカーよね、イオは」
「うぉい! だから違えっての!?」
リリーシュの失礼な物言いにツッコんでいると、
「―――ほう、やはりイオ・カミツキか」
背後から聞き覚えのある声が聞こえて、イオも身体を硬直させた。
「え……い、今の声って……っ!?」
「久しぶりだな、イオ」
「げぇっ!? アドリード先生っ!? 何でここに!? ま、まさか今回の試験官って!?」
「一人は私だ」
「マ、マジかぁ……」
「えっと……知ってたの、先生?」
アミッツが聞いてくるので「ああ」と答えて続ける。
「オレの学院生時代の担任だよ、この人は」
「ええぇぇぇっ!? そ、そうだったのぉ!?」
「まあな。けどま、この人が試験官やってたんなら、評価は安心して任せられるわ」
「そ、そうなんだ」
「この人はバカみてえに厳しいけど、実力と見る目は本物だし、身分とかにも左右されねえしな。ただ純粋に力があれば評価してくれる」
「当然だ。勇者として必要なのは戦い抜ける力だからな」
「だったら、コイツの力はちゃ~んと見てくれたってわけだ」
イオは笑みを浮かべながらアミッツの頭を撫でる。彼女も気持ち良さ気に目を細めていた。
「…………もしやイオ、アミッツ・キャロディルーナはお前の弟子だったのか?」
「違えよ。オレはコイツの家庭教師だ」
「家庭教師? ……なるほど。またユニークなことをしているものだな」
「まあ、考えたのはリリーシュだけど」
「フン。私としては優秀な者が育つのならば何も言うことはない。ただし、今回の件について何か知っているようだから全部話してもらうぞ、イオ」
「……めんどくせえ」
「何だと?」
「わ、分かったから、その殺し屋みてえな目で睨んでくるなよっ!」
昔からこのアドリードには弱い。こんな取っ付きにくそうな人物ではあるが、実はイオの潜在的な力に真っ先に気づいたのも彼だったりする。
そして的確なアドバイスももらい、そのお蔭でこの瞳が手に入ったといっても過言ではない。
だから頭が上がらなかったりするのだ。
「あ、でも試験はちゃんと終わったのか、アドリード先生?」
「……問題無い。見るべきものはしっかり見た。リリーシュ先生、他の生徒の対応を任せる」
「あ、了解しました」
「さあイオ、私についてこい。説明してもらうぞ、全部な」
「へいへい」
「あ、先生……」
不安そうな顔で見つめてくるアミッツに対し、イオはニカッと笑う。
「心配すんな。先に孤児院で待ってな。ちゃんと行くからよ」
「う、うん! 絶対だよ!」
軽く手を振りながら、アドリードの後についていくイオ。
その後ろ姿が見えなくなるまで、アミッツはずっと見続けていた。
※
ロエン・シンヴォレオの暴走により、学院内に凶悪な魔獣が現れて危機を迎えていたが、ある人物の登場により事件は瞬時に終息することになった。
まさかその人物が、かつての自分の教え子だとは、さすがのアドリード・セルキウスも驚きではあったが。
本来は暴走した本人――ロエンに事情を聞けばすべて分かるのだろうが、彼は力の使い過ぎにより昏睡状態に陥ったまま。いつ目を覚ますかは分からない。
だからこそ、事件について何かを知っていそうだったイオに説明を求めたのだ。
彼が南地区で手に入れた情報や、出会った謎の赤ローブ。そして《バーサーカーウィルス》のこと。そのすべての出来事を耳にし、まず先にイオに拳骨一発を頭の上に落としておいた。
当然彼は「何すんだよぉっ!」と怒鳴っていたが、〝組合〟にも連絡せずに単独で動いていた事実は、勇者として明らかに間違っていると叱った。
イオもまた一人で動いていたことに対し、思うところがあったのか、それ以上は反論しなかったが。
すぐに〝組合〟に情報を伝え、南地区の警備を強化することになった。もちろん南地区ではなく、この街全体の警備にも力を入れることに。
ロエンの処遇については〝組合〟に一任されることになった。恐らくシンヴォレオ一族と、面倒な話し合いをすることになるだろう。ロエンはシンヴォレオの分家であり、本家の者から侮蔑されていたことから今回の件を起こしたという話だが、実際は本人に聞くしかない。
しかしどう転んでも彼は、勇者の道を歩むことができなくなったことだけは確かだった。
イオから話を聞いた後、彼をすぐに解放した。
(ただまさか奴に弟子……いや、教え子ができるとはな。時は確実に流れているということか)
今、アドリードは教員室の自分の席に座り、一枚の書類に視線を落としていた。その書類はアミッツのプロフィールである。
(コイツが《魔断》を使った時はまさかと思ったがな)
あの技はよくイオが使っていた技だった。だから彼女が技を使用した時、かつてのイオの姿と重なって見えたのを覚えている。
プロフィールには、これまでの〝勇者認定試験〟の評価についてもいろいろ書かれてある。
(まさかアミッツ・キャロディルーナが《過多魔》体質だったとはな)
そのせいで魔力を引っ張り出せずに、そのことに気づかない試験官によって最低ランクに位置づけられていた。
(……家庭教師……か)
アドリードはアミッツの書類を持って、席を立った。
行き先は――学長室。
こうして一人の生徒の書類を持って学長室を訪ねるのは二回目だった。
「先生っ!」
「おお、アミッツ! おっと、はは、さっきも言ったけど、来るの遅くなっちまって悪かったぁ」
「先生! 先生! 先生! 先生っ!」
必死に抱きついてくる彼女の頭を撫でながら、思わず苦笑してしまう。自分の考えが少し甘かったことを反省しなければならない。
二次試験では《バーサーカーウィルス》を使わないと勝手に思い込んで、アミッツを危険に晒してしまった。配慮が足りなかったのだ。
せめてリリーシュくらいには、イオの動きを知らせておくべきだったのかもしれない。
(やれやれ、オレも教える側としてはまだまだってことだな)
それでも彼女が無事で本当に良かった。
「――イオ」
「ん? おお、リリーシュも悪かったな、遅くなっちまって」
「まったくよ。でもまぁ、来てくれたから良しとするわよ。それにしても久しぶりに見せてもらったわ。あなたのその瞳――――〝追跡の邪眼〟」
「つ、ついせきの……じゃがん?」
イオの腕の中で顔だけ上げてアミッツが復唱してきた。
「イオの固有能力って言えばいいのかな。〝トレース・アイ〟とも言うんだけど、あらゆる現象を追跡し、同等の価値を発現させることができる瞳術……だっけ?」
「使うのは結構疲れるけどな」
リリーシュの説明通りだ。先程の瞳の力で、ロエンの微細な動きを寸分違わず追跡して、それを模倣し、魔力量も質も、そのすべてをトレースして同等に発現して相殺したというわけだ。
他人にはまったく同時に動いているように見えるだろうが、ほんの僅か……本当に少しだけ追跡しているイオの方が遅い。しかし自分の技や呪文を初見で模倣されるのだから、相手にとってはたまったものではないだろう。
これがイオが異常ともいえる修業法で覚醒した力――〝追跡の邪眼〟である。
「ほえぇぇ……何だかスケールが大き過ぎてボクには理解が及ばないよぉ」
「でも追跡の目なんて……やっぱりストーカーよね、イオは」
「うぉい! だから違えっての!?」
リリーシュの失礼な物言いにツッコんでいると、
「―――ほう、やはりイオ・カミツキか」
背後から聞き覚えのある声が聞こえて、イオも身体を硬直させた。
「え……い、今の声って……っ!?」
「久しぶりだな、イオ」
「げぇっ!? アドリード先生っ!? 何でここに!? ま、まさか今回の試験官って!?」
「一人は私だ」
「マ、マジかぁ……」
「えっと……知ってたの、先生?」
アミッツが聞いてくるので「ああ」と答えて続ける。
「オレの学院生時代の担任だよ、この人は」
「ええぇぇぇっ!? そ、そうだったのぉ!?」
「まあな。けどま、この人が試験官やってたんなら、評価は安心して任せられるわ」
「そ、そうなんだ」
「この人はバカみてえに厳しいけど、実力と見る目は本物だし、身分とかにも左右されねえしな。ただ純粋に力があれば評価してくれる」
「当然だ。勇者として必要なのは戦い抜ける力だからな」
「だったら、コイツの力はちゃ~んと見てくれたってわけだ」
イオは笑みを浮かべながらアミッツの頭を撫でる。彼女も気持ち良さ気に目を細めていた。
「…………もしやイオ、アミッツ・キャロディルーナはお前の弟子だったのか?」
「違えよ。オレはコイツの家庭教師だ」
「家庭教師? ……なるほど。またユニークなことをしているものだな」
「まあ、考えたのはリリーシュだけど」
「フン。私としては優秀な者が育つのならば何も言うことはない。ただし、今回の件について何か知っているようだから全部話してもらうぞ、イオ」
「……めんどくせえ」
「何だと?」
「わ、分かったから、その殺し屋みてえな目で睨んでくるなよっ!」
昔からこのアドリードには弱い。こんな取っ付きにくそうな人物ではあるが、実はイオの潜在的な力に真っ先に気づいたのも彼だったりする。
そして的確なアドバイスももらい、そのお蔭でこの瞳が手に入ったといっても過言ではない。
だから頭が上がらなかったりするのだ。
「あ、でも試験はちゃんと終わったのか、アドリード先生?」
「……問題無い。見るべきものはしっかり見た。リリーシュ先生、他の生徒の対応を任せる」
「あ、了解しました」
「さあイオ、私についてこい。説明してもらうぞ、全部な」
「へいへい」
「あ、先生……」
不安そうな顔で見つめてくるアミッツに対し、イオはニカッと笑う。
「心配すんな。先に孤児院で待ってな。ちゃんと行くからよ」
「う、うん! 絶対だよ!」
軽く手を振りながら、アドリードの後についていくイオ。
その後ろ姿が見えなくなるまで、アミッツはずっと見続けていた。
※
ロエン・シンヴォレオの暴走により、学院内に凶悪な魔獣が現れて危機を迎えていたが、ある人物の登場により事件は瞬時に終息することになった。
まさかその人物が、かつての自分の教え子だとは、さすがのアドリード・セルキウスも驚きではあったが。
本来は暴走した本人――ロエンに事情を聞けばすべて分かるのだろうが、彼は力の使い過ぎにより昏睡状態に陥ったまま。いつ目を覚ますかは分からない。
だからこそ、事件について何かを知っていそうだったイオに説明を求めたのだ。
彼が南地区で手に入れた情報や、出会った謎の赤ローブ。そして《バーサーカーウィルス》のこと。そのすべての出来事を耳にし、まず先にイオに拳骨一発を頭の上に落としておいた。
当然彼は「何すんだよぉっ!」と怒鳴っていたが、〝組合〟にも連絡せずに単独で動いていた事実は、勇者として明らかに間違っていると叱った。
イオもまた一人で動いていたことに対し、思うところがあったのか、それ以上は反論しなかったが。
すぐに〝組合〟に情報を伝え、南地区の警備を強化することになった。もちろん南地区ではなく、この街全体の警備にも力を入れることに。
ロエンの処遇については〝組合〟に一任されることになった。恐らくシンヴォレオ一族と、面倒な話し合いをすることになるだろう。ロエンはシンヴォレオの分家であり、本家の者から侮蔑されていたことから今回の件を起こしたという話だが、実際は本人に聞くしかない。
しかしどう転んでも彼は、勇者の道を歩むことができなくなったことだけは確かだった。
イオから話を聞いた後、彼をすぐに解放した。
(ただまさか奴に弟子……いや、教え子ができるとはな。時は確実に流れているということか)
今、アドリードは教員室の自分の席に座り、一枚の書類に視線を落としていた。その書類はアミッツのプロフィールである。
(コイツが《魔断》を使った時はまさかと思ったがな)
あの技はよくイオが使っていた技だった。だから彼女が技を使用した時、かつてのイオの姿と重なって見えたのを覚えている。
プロフィールには、これまでの〝勇者認定試験〟の評価についてもいろいろ書かれてある。
(まさかアミッツ・キャロディルーナが《過多魔》体質だったとはな)
そのせいで魔力を引っ張り出せずに、そのことに気づかない試験官によって最低ランクに位置づけられていた。
(……家庭教師……か)
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