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突然の侵入者――。
頑丈であるはずのドームの天井を突き破って、アイアントレントよりも大きな生物が落下してきた。
「ア、アレは――っ!?」
審査員たちも愕然としたような顔つきになって叫ぶ。
落下してきた巨大生物は、その直下にいたアレリアに気づく。
「アレリアッ、そこから逃げなさいっ!」
とリリーシュが注意を促すが、
「こ、この私が逃げるなど!」
アレリアは向かってくる巨大生物に向かってレイピアを突き出すが、そいつは紙一重で回避し、長い尻尾を振り回しアレリアを吹き飛ばしてしまう。
「アレリアァァァッ!?」
すぐにリリーシュがアレリアの吹き飛ぶ先まで駆けつけ、彼女を大事そうに身体の内側に抱えたままドームの壁に背中から激突してしまった。
ボロボロと崩れる壁に埋もれてしまったと思われたが、もう一人の試験官が咄嗟に彼女たちに防御呪文を発動させていたようで、アレリアたちの周りには光る壁が出現しており、そのお蔭でほとんどダメージはなかったみたいだ。
「っ……ぶ、無事、アレリア?」
「は、はい……申し訳ございません、リリーシュ先生……」
「ううん。あなたが無事ならそれでいいわ。けど……」
リリーシュが突然現れた生物に顔を向ける。
その生物は、もうアレリアたちに興味を失ったようで、意識をアイアントレントに向けていた。アイアントレントの放つ木の葉手裏剣をものともせずに身に受けながら静かに近づいて、そのままあろうことか大口を開けて噛みついてボリボリと砕いていく。
鉄の如き防御力を持つ相手を、いとも簡単に噛み砕く。その所業にアミッツも呆気に取られていた。
見た目は巨大ゴリラといったところだろうか。しかし長い尻尾と翼を持つので、とてもゴリラと同種だとは思えない。
体長は恐らく十メートル以上はある。腕の太さなど大樹の幹の太さとそう変わらないのではないだろうか。それに口に生えている鋭い二本の牙。その硬度は鉄をも呆気なく砕くほど。
「……な、何なのよぉ、アイツはぁっ!?」
明らかにパニック状態になっている様子のミラ。その言葉を受けて答えたのは、眼鏡の試験官だった。
「有り得ん。何故この学院にキメラバーバリアンがいるのだ?」
鋭い目つきで、巨大生物を睨みつけながら言葉を発した。
「な、何なんですか、そのキメラ何とかって!?」
聞いたのは、比較的彼の近くにいたアミッツだ。しかしその視線は試験官ではなく魔物へと向けられている。
「……キメラバーバリアン――魔族が手を加えて造り上げた〝複合魔獣〟だ」
「ふ、ふくごう……まじゅう?」
「多くの魔物や獣を合成して造った生物のことだ。しかし何故魔族の手の者がこの学院に? いや、そんなことよりここを何とかしなければ――」
そう彼が言った時、周りがグラグラと揺れ、天井が徐々に崩れ始めた。
「ちっ、さっきの衝撃で、か。試験は一次中断だ! 今すぐ外に避難しろっ!」
眼鏡試験官の指示で、アミッツたちは慌てて外へと逃げることになった。
※
アミッツがアイアントレントと対峙する少し前――。
別のドームでは、上級生による〝勇者認定試験〟が行われていた。
そしてその中に、明らかに挙動不審な少年が一人。名を――ロエン・シンヴォレオ。黒ずんだ爪を噛みながら、キョロキョロと周りを窺っている。
この二次試験でロエンは落ちるわけにはいかなかった。どうしても勇者にならないといけないのだ。
そうしなければ―――――血族に見捨てられてしまう。
「そ、そそそそうだ……だ、だ、だから俺は…………こんなところで……負けるわけには」
上級生の二次試験では、生徒同士の模擬戦が行われていた。
団体ではなく個人戦。ここで結果を出さなければ、次の最終試験へと駒を進めることができない。
しかもこれが一年で最後の試験なのだ。つまり絶対に負けることができない。
「――では、始め!」
模擬戦開始の合図。
戦うべき相手が、ロエンを見据えている。相手は授業成績でも格上。このまま普通に戦っても勝ち目はないだろう。
ロエンは懐から注射器を取り出して、それを首にぶっ射した。
紫色の液体が、身体の中へと入っていく。しかし途中で止める。
「……くくく……そうだ。一度に全部はダメだって言ってた……けど、これだけでも……っ」
首筋が段々と熱を発生させていき、それが全身に行き渡っていく。まるでその熱自体が強大なエネルギーでも宿しているかのようだ。
ロエンは天を仰ぎながら笑みを溢す。
「……気持ち……いぃ……」
まるで覚醒したような気分だ。身体の中のすべての〝負〟が一掃したかのよう。
「おいっ、始まってるんだぞ!」
対戦相手が何か口走っている。
ロエンはカクンと頭を落とし、充血した目で相手を見る。
「……小さい」
「あ? 何だ?」
「……お前、存在が小さいなぁ」
「な、何言ってんだ、お前?」
ロエンはせせら笑う。先程まで大きく感じていた対戦相手だったが、今は何故か地面を這いつくばる蟻にしか見えない。
「さあ……来いよぉ」
「言われるまでもないっ!」
対戦相手が剣を片手に突っ込んで来た。まるでスローモーションのような動きに見える。横薙ぎに払われる剣を、髪の毛一本分ほどの距離で回避した。
(……見える……見えるよぉ!)
そのままカウンター気味に相手の顔面に拳を放つ。
「ぶふぅっ!?」
相手はすっ飛ぶ――が、すぐに身体を回転させて体勢を整える。
「……あっれぇ? 一撃で終わったと思ったのにぃ……」
「舐めるな! ――《大地の鎖縛》!」
ロエンの足元から土色をした鎖が現れ、素早く身体に巻き付いていく。
「これでもう動けまいっ!」
「……くはぁ」
ニタァ……と笑うと、全身に力を込めて力ずくで鎖を引き千切った。
「んなっ!? 《中級呪文》を力だけで!?」
だが直後、ズキッと頭痛が走り、一気に気分が悪くなってきた。
「くっはぁ……ああ、そうか……まだ……まだ足りないんだね……コレがぁ」
懐から再び取り出した注射器を首に刺して、また少し液体を注入する。するとさらに力が溢れてきて、気分が爽快する。
「くはぁぁぁぁ~! あ、そうだ……見せてやろう~っと。我が血族にとって、最高の《召喚呪文》ってやつをなぁ」
ポケットをまさぐり、そこから一枚の札を取り出す。
「こ、こここれで、俺は最強になれるぅ……!」
「な、何だ、そのどす黒い魔力は!?」
対戦相手だけでなく、審査員や他の受験者たちも眉をひそめだした。
それはロエンの身体から溢れている、考えられないほどの濃密な黒い魔力のせいだろう。
ロエンはその魔力を札へと注いでいく。
「――さあ、来なよぉ……俺の召喚獣ぅぅぅぅっ!」
刹那、札に描かれた三つの魔法陣が紅く輝いたと思ったら、札から飛び出して上空へ向かいそこで止まり、一気に広がった。
そして三つの魔法陣から現れた生物を見て、試験官の一人が愕然として声を漏らす。
「――キ、キメラ……バーバリアン……ッ!?」
「くははははははぁぁぁっ、さあ最強になろう! 我が僕たちよぉぉぉ~っ」
こうしてロエンの暴走が始まった。
頑丈であるはずのドームの天井を突き破って、アイアントレントよりも大きな生物が落下してきた。
「ア、アレは――っ!?」
審査員たちも愕然としたような顔つきになって叫ぶ。
落下してきた巨大生物は、その直下にいたアレリアに気づく。
「アレリアッ、そこから逃げなさいっ!」
とリリーシュが注意を促すが、
「こ、この私が逃げるなど!」
アレリアは向かってくる巨大生物に向かってレイピアを突き出すが、そいつは紙一重で回避し、長い尻尾を振り回しアレリアを吹き飛ばしてしまう。
「アレリアァァァッ!?」
すぐにリリーシュがアレリアの吹き飛ぶ先まで駆けつけ、彼女を大事そうに身体の内側に抱えたままドームの壁に背中から激突してしまった。
ボロボロと崩れる壁に埋もれてしまったと思われたが、もう一人の試験官が咄嗟に彼女たちに防御呪文を発動させていたようで、アレリアたちの周りには光る壁が出現しており、そのお蔭でほとんどダメージはなかったみたいだ。
「っ……ぶ、無事、アレリア?」
「は、はい……申し訳ございません、リリーシュ先生……」
「ううん。あなたが無事ならそれでいいわ。けど……」
リリーシュが突然現れた生物に顔を向ける。
その生物は、もうアレリアたちに興味を失ったようで、意識をアイアントレントに向けていた。アイアントレントの放つ木の葉手裏剣をものともせずに身に受けながら静かに近づいて、そのままあろうことか大口を開けて噛みついてボリボリと砕いていく。
鉄の如き防御力を持つ相手を、いとも簡単に噛み砕く。その所業にアミッツも呆気に取られていた。
見た目は巨大ゴリラといったところだろうか。しかし長い尻尾と翼を持つので、とてもゴリラと同種だとは思えない。
体長は恐らく十メートル以上はある。腕の太さなど大樹の幹の太さとそう変わらないのではないだろうか。それに口に生えている鋭い二本の牙。その硬度は鉄をも呆気なく砕くほど。
「……な、何なのよぉ、アイツはぁっ!?」
明らかにパニック状態になっている様子のミラ。その言葉を受けて答えたのは、眼鏡の試験官だった。
「有り得ん。何故この学院にキメラバーバリアンがいるのだ?」
鋭い目つきで、巨大生物を睨みつけながら言葉を発した。
「な、何なんですか、そのキメラ何とかって!?」
聞いたのは、比較的彼の近くにいたアミッツだ。しかしその視線は試験官ではなく魔物へと向けられている。
「……キメラバーバリアン――魔族が手を加えて造り上げた〝複合魔獣〟だ」
「ふ、ふくごう……まじゅう?」
「多くの魔物や獣を合成して造った生物のことだ。しかし何故魔族の手の者がこの学院に? いや、そんなことよりここを何とかしなければ――」
そう彼が言った時、周りがグラグラと揺れ、天井が徐々に崩れ始めた。
「ちっ、さっきの衝撃で、か。試験は一次中断だ! 今すぐ外に避難しろっ!」
眼鏡試験官の指示で、アミッツたちは慌てて外へと逃げることになった。
※
アミッツがアイアントレントと対峙する少し前――。
別のドームでは、上級生による〝勇者認定試験〟が行われていた。
そしてその中に、明らかに挙動不審な少年が一人。名を――ロエン・シンヴォレオ。黒ずんだ爪を噛みながら、キョロキョロと周りを窺っている。
この二次試験でロエンは落ちるわけにはいかなかった。どうしても勇者にならないといけないのだ。
そうしなければ―――――血族に見捨てられてしまう。
「そ、そそそそうだ……だ、だ、だから俺は…………こんなところで……負けるわけには」
上級生の二次試験では、生徒同士の模擬戦が行われていた。
団体ではなく個人戦。ここで結果を出さなければ、次の最終試験へと駒を進めることができない。
しかもこれが一年で最後の試験なのだ。つまり絶対に負けることができない。
「――では、始め!」
模擬戦開始の合図。
戦うべき相手が、ロエンを見据えている。相手は授業成績でも格上。このまま普通に戦っても勝ち目はないだろう。
ロエンは懐から注射器を取り出して、それを首にぶっ射した。
紫色の液体が、身体の中へと入っていく。しかし途中で止める。
「……くくく……そうだ。一度に全部はダメだって言ってた……けど、これだけでも……っ」
首筋が段々と熱を発生させていき、それが全身に行き渡っていく。まるでその熱自体が強大なエネルギーでも宿しているかのようだ。
ロエンは天を仰ぎながら笑みを溢す。
「……気持ち……いぃ……」
まるで覚醒したような気分だ。身体の中のすべての〝負〟が一掃したかのよう。
「おいっ、始まってるんだぞ!」
対戦相手が何か口走っている。
ロエンはカクンと頭を落とし、充血した目で相手を見る。
「……小さい」
「あ? 何だ?」
「……お前、存在が小さいなぁ」
「な、何言ってんだ、お前?」
ロエンはせせら笑う。先程まで大きく感じていた対戦相手だったが、今は何故か地面を這いつくばる蟻にしか見えない。
「さあ……来いよぉ」
「言われるまでもないっ!」
対戦相手が剣を片手に突っ込んで来た。まるでスローモーションのような動きに見える。横薙ぎに払われる剣を、髪の毛一本分ほどの距離で回避した。
(……見える……見えるよぉ!)
そのままカウンター気味に相手の顔面に拳を放つ。
「ぶふぅっ!?」
相手はすっ飛ぶ――が、すぐに身体を回転させて体勢を整える。
「……あっれぇ? 一撃で終わったと思ったのにぃ……」
「舐めるな! ――《大地の鎖縛》!」
ロエンの足元から土色をした鎖が現れ、素早く身体に巻き付いていく。
「これでもう動けまいっ!」
「……くはぁ」
ニタァ……と笑うと、全身に力を込めて力ずくで鎖を引き千切った。
「んなっ!? 《中級呪文》を力だけで!?」
だが直後、ズキッと頭痛が走り、一気に気分が悪くなってきた。
「くっはぁ……ああ、そうか……まだ……まだ足りないんだね……コレがぁ」
懐から再び取り出した注射器を首に刺して、また少し液体を注入する。するとさらに力が溢れてきて、気分が爽快する。
「くはぁぁぁぁ~! あ、そうだ……見せてやろう~っと。我が血族にとって、最高の《召喚呪文》ってやつをなぁ」
ポケットをまさぐり、そこから一枚の札を取り出す。
「こ、こここれで、俺は最強になれるぅ……!」
「な、何だ、そのどす黒い魔力は!?」
対戦相手だけでなく、審査員や他の受験者たちも眉をひそめだした。
それはロエンの身体から溢れている、考えられないほどの濃密な黒い魔力のせいだろう。
ロエンはその魔力を札へと注いでいく。
「――さあ、来なよぉ……俺の召喚獣ぅぅぅぅっ!」
刹那、札に描かれた三つの魔法陣が紅く輝いたと思ったら、札から飛び出して上空へ向かいそこで止まり、一気に広がった。
そして三つの魔法陣から現れた生物を見て、試験官の一人が愕然として声を漏らす。
「――キ、キメラ……バーバリアン……ッ!?」
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