落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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(……言いつけは守るからね、先生)

 アミッツは「はい」と一言返事をしてから、身体の奥底にある扉を静かに開く。しかし開いた瞬間にすぐに閉じた。
 そこから堰を切ったかのように溢れ出した魔力を素早く身体に纏わせる。

「っ! …………よろしい」

 魔力量自体は普通よりも少ないだろう。しかしこの一次の試験では、全身に行き渡らせるほどの魔力量と制御を見るのだ。それをこなしたアミッツは、試験官の驚いたような目を見て、内心でガッツポーズをしていた。

「では次、体術だが――」

 そう言って、試験官は右手を上げる。その右手から小さな魔力の塊が十個ほど浮かび、フワフワとアミッツの周囲を囲むようにして浮かぶ。

「始めの合図で、周りに浮かぶ魔力玉を潰せ、いいな?」
「はい!」

 アミッツは下手に構えずに自然体のまま立つ。その姿を見て、試験官が僅かに目を見張り、また細めた。

「…………始め」

 同時にアミッツは左足を軸にして身体を回転させ、上部に浮かんでいる魔力玉を殴り潰していく。魔力玉は一定の威力を込めた攻撃をするとパンッと破裂して消失する。

(よし! これなら!)

 実はこれも試験の数日前にイオに教わった身体の運びであった。
 アミッツは器用に身体を動かすことはまだ無理。だからイオは、左足を決して動かさずに、その周りに近づく敵だけにしっかり攻撃を当てるようにしろとアミッツに言ったのだ。

 まるで試験内容を事前に把握していたかのような的確なアドバイスにアミッツは不思議を感じていたが、イオを信じてやり抜いた甲斐があった。

「ったぁっ!?」

 最後に下段に浮かぶ魔力玉を身を屈めて蹴りではなく拳で破壊した。

「…………最後はずいぶんと効率の悪い動きをしたな。何故蹴りを放たなかった?」
「ボクは習ったことを精一杯出しただけです!」
「…………なるほど。分かった。試験は終了だ。結果を待て」
「ありがとうございました!」

 こんなふうに一次の実技はあっさりしたものである。毎回これで落ちて、次は三カ月を待たなければいけないのだから悲しいものだ。
 アミッツが個室を出て、自分の教室で結果を待つために歩を進めて行く。
 角を曲がった時、

「あぅっ!?」

 誰かが足早に来ていたようで、ぶつかってしまった。
 その衝撃が結構強烈だったし、油断もしていたことから尻餅をついてしまう。

「あいたたたぁ……」
「気をつけろよ!」
「へ?」

 顔を見上げて見ると、そこには若干青ざめた顔色をしている男子生徒が立っていた。目もすわっており充血して、隈も確認できる。頬をこけているから元々鋭い目つきがさらに威圧感を増していた。

「ボ、ボクも注意してなかったから悪かったけど、そっちだってほとんど駆け足で」
「うるせえっ!」
「っ!?」
「黙れ、殺すぞ」

 何故そんなにイラついているのか正直分からないが、その触れたら切れそうなほどの雰囲気を醸し出しながら、アミッツを一瞥した後、その男子生徒は去って行った。
 その迫力に思わず呆気に取られてしまった。

(……ん? 確か今あの人がやってきたところって、上級生の一次試験の実技をやる部屋がある場所だよね)

 その通路の先を見て、恐らく彼は一年上の先輩で、学院最後の試験を今行っていたのだと判断する。
 学院での期間はたった二年間しかない。それで勇者としてものになるかどうかを判断されるのである。
 当然下級生よりも上級生の方が緊張感は上だろう。これが最後のチャンスなのだから。

(あの人、上手くいかなかったのかな……?)

 もちろんこれで勇者になれない人もいる。いや、そのパターンの方が多い。
 そこで勇者になれなくとも、勇者に雇われて仕事をする元候補生もたくさん存在するのだ。

 多い年で卒業生の中に十人も勇者の資格を得る生徒が出る。少ない年では一人二人だったこともあるようだ。それだけ狭き門なのである。
 今の男子生徒も、今回の一次試験で失敗してしまって苛立っていた可能性も高い。

(ううん、人のことを気にしてる場合じゃない。ボクだって他人事じゃないんだから)

 そう、この試験で不合格ならば、落第決定だろう。そうなれば授業料が払えないアミッツは、必然的に退学だ。
 アミッツは一次試験を終えた達成感など忘れて、表情を引き締めながら教室へと戻った。


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