落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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 皆で食事というのも久しぶりだった。
 一人で冒険をしていると、やはりどうしても食事は物寂しいものになってしまう。慣れてしまえばどうってことはないが、それでもたまには仲間たちで楽しく食事をしたいと思うこともあったりする。

 イオは大きなテーブルを囲いながら、子供たちの笑い声やアミッツとマザーの注意する声などを聞きつつ食事をとっていると、思わず頬が緩んでしまう。

「「……イオ」」

 その時、イオの両隣に座っているリリとロロが、同時に呼びかけをしながら、

「「……おいしい?」」

 と聞いてきた。

「おう、美味えぞ。やっぱりパンにはシチューだよな!」

 そう、アミッツたちが作ってくれた夕食は、イオも大好きなシチューだった。コロコロと大きめの野菜と柔らかな肉があってボリュームもある。
 ただパンとシチューだけ、ではあるが。やはりリリーシュにも聞いていたが、それほど豊かな暮らしをしているわけではないようだ。
 それでも切羽詰っているというわけでもなさそうでホッとする。

(アミッツが危惧してんのは今後、なんだろうな)

 確かに今は大丈夫のようだが、今後これが続くかどうかは分からない。ただでさえ稼げる人物はマザーだけで、養う子供が十人以上いるのだ。

 今もマザーは治療院の手伝いなどをして賄っているらしいが、それもいつまでもつか……。
 だからこそアミッツは勇者になって稼いで孤児院が潰れないようにしたいのだろう。

(援助すんのは簡単なんだよな。けど、そうするとコイツの熱意を緩めちまうことになっちまう。多分リリーシュもそのことを考えてるから、安易な行動には走らねえんだろうな)

 仮にイオへの依頼料のように、誰かが肩代わりすれば済む話だろう。そしてアミッツやマザー、子供たちが時間をかけて少しずつ返す。それはとてもスムーズな解決法かもしれない。
 しかし頼ってばかりでは、今後自分たちに窮地が訪れたらまた誰かに頼るという癖がつく。

(だからマザーもリリーシュも極力、簡単な道を選ばないってことなんだろうな。まあ、限界まできたらさすがに考えるだろうけど、今はまだ……アミッツのことを信じてもいるようだし)

 チラリとマザーの顔を見る。アミッツが勇者になって、孤児院を支えてくれることを信じているのだろう。
 マザーも辛いかもしれない。本当なら、危険な職種である勇者になってほしくはないはず。可愛い子供なのだ。曲がりなりにも育ての親であるならば、平和に過ごしてほしいはず。
 しかし他人に安易に頼るのはまだ早い。だからできるだけアミッツの厚意に甘えるしかないのかもしれない。

(もしくは、他に何か考えてる可能性だってあるけどな)

 それはマザーにしか分からないこと。それに部外者であるイオがおいそれと口を出していい問題でもないだろう。
 頼られたならともかく、それまでは静観することにイオは決めた。

 食事が終わると、片づけをしてアミッツと一緒に教会の外へと出る。興味津々の子供たちもついてきているが、もしかしたらこの中から将来の勇者が生まれるかもしれないと思うと、イオもまた複雑だ。
 勇者は死んで当たり前の世界に飛び込む職種なので、できればイオも子供たちには穏やかな暮らしをしてほしいと思う。

 ただ子供たちが自分たちの意志で勇者の道を選ぶというのなら、それを尊重する主義ではあるが。

「――さぁて、今日もまずは扉の鍵外しからだ。やってみろ」

 アミッツが「うん!」と言って、そのまま自然体のまま立ち目を閉じる。

 そして――三分後。

 彼女の身体から大量の魔力が溢れ出す。

「三分……か。戦闘では致命的だな」
「うぅ……そう、だよなぁ。今日のイグニースさんとの模擬戦の時も、結局魔力を引っ張り出せなかったし」
「開け方は昨日分かったから、初めみたいに三十分とかバカみてえな時間を費やすことはなくなったけどな」
「それでもやっぱりかかり過ぎだよ……ね」
「こればっかりは毎日必ず三回は扉を開いて慣れさせるしかねえな」
「……四回以上はダメ?」
「ダメだ。前も言ったと思うけど、やり過ぎは逆効果だしな。もっと時間がかかるようになりてえなら別にやればいいぞ」
「それはヤだ!」
「だったら三回は守れ。なぁに、まだ試験まで二カ月以上あるんだろ? 同じことを何度も続けてれば、必ずそれが積み重なってお前の技になる」
「技……」
「そうだ。魔力を小さく見せることも、大きく見せることも、言ってみれば技だ。お前は元々魔力がほとんどねえ状態に見える」

 扉が閉じた状態だから、本当に僅かな魔力量しか練り出せないのだ。

「だから初見の奴は必ずお前に油断する。これはかなり有効な技の一つだ。立派な擬態術ってやつだな」
「はぁ……そう、なのかなぁ」
「当たり前だろ? お前さ、足元にいる小さな虫を脅威だと思うか?」
「え? それは思わないけど」
「けど実はその虫は擬態で、本当は地面に埋まっていた体長が百メートル級のアースドラゴンだったらどうする?」
「し、死ぬよそれはっ!?」
「だろ? けどお前はそういう擬態を使えるんだ」
「あ……」
「お前がいつでも扉を自由に開け閉めできるようになったら、大量の魔力を隠しておき、相手を騙し、近づいたところで扉を開いてバカデカい魔力を使って相手をサクッと仕留めることもできる。これは魔族や魔物との戦闘でも極めて有効なんだよ」

 アミッツだけでなく、他の子供たちもなるほど~と頷いている子がいる。

「普通の勇者は持ち前の魔力を隠す場所がお前みてえにねえからな。感知能力の優れた魔族や魔物は、その魔力量を感じて攻めか守るか逃げかを選択する。けどお前の場合、十中八九相手は攻めてくる。そこを一気に大呪文でドカンッだ。どうだ――ワクワクしてくるだろ?」

 アミッツも想像しているのか、僅かに口端が上がって頬が緩んでいる。雑魚だ、大したことがない、それを覆す瞬間というのは結構な快感でもあるのだ。

「で、でもそれにはやっぱりこの魔力を使いこな……あ、閉じちゃった」

 どうやら扉が閉じて、魔力を捻出できなくなったようだ。

「あのさ先生、扉をずっと開けておくにはどうすればいいの?」
「すべてはイメージだ」
「イメージ?」
「ああ。魔法だって体術だって、魔力を引っ張り出す時だって、基本的に最初にするのはイメージだ。どんな魔法を使うのか、どんな身体の動きをするのか、どういうふうに魔力を引っ張り出すのか。すべてはイメージ。お前は常に扉を開け続けてるっつうイメージを持つんだよ。ほれ、やってみな」
「わ、分かった」

 そう言ってアミッツが再び目を閉じる。
 今度も三分ほどで魔力が溢れ出す。

「今は一切動かなくていい。そのままだ。そのままの状態で、扉を開け続けることだけイメージしろ」

 アミッツが自然体のまま魔力を引き出し続ける。

(一番いいのは、扉の中にある魔力を全部引っ張り出すまで扉を開け続けることが理想だけどな)

 アミッツの身体からどんどん魔力が溢れ出て、それが煙のように上空へと立ち昇っていく。
 本来はこの魔力を自分の身体に留めて、身体能力を強化したり、それを魔法に変換して放つのだが、一度に二つ以上の動作ができるほど、まだアミッツは熟達していない。

 そして一分後――。



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