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意外にも余所者であるイオが、あっさりと孤児院の子供たちに受け入れられて良かったとアミッツはホッとしていた。
マザーと知り合いだというのが、子供たちから不安を取り除いた一番大きい要因なのだろうが、土地を寄こせと言ってくる男も時折来たりするので、あまり大人の男性には子供たちは良い印象を持っていないのである。
父親に暴行を受けたという子もいるし、なおさらだ。
(はは、まあ先生は見た目はボクとあんま変わんないからなぁ)
イオは二十二歳ということだが、とてもそうには見えない。さすがにアミッツと同じ十四歳には見えないが、それでも十六、七歳くらいがちょうどだろう。
さらに彼は言葉遣いは悪い方だが、裏表がないから子供たちにも受けがいいのかもしれない。
(あのリリやロロが興味を示すくらいだしね。ははは)
実はあの双子は父親に捨てられて、この孤児院にやってきたのだ。だから大人の男性には抵抗があるはず。しかし本能的にイオが良い人だと察知したのかもしれない。
「――そんなにニヤついて。うちの将来の出世頭が、まさか男を連れて帰ってくるとは思わなかったよ」
「マ、マザーッ!?」
一緒に台所で食材を調理しているマザーが、いきなり爆弾を放り込んできた。
「まだまだガキだと思ってたのにねぇ。まさか……もうヤっちまったのかい?」
「ヤ、ヤ、ヤるわけないだろぉぉっ!」
「ねえねえ、アミねえちゃん。何をヤるの?」
「わたしもききたーい!」
「ぼくもー!」
子供たちが一様に興味を示しだした。
「ちょ、マザー! 何とかしてよ! マザーのせいだからね!」
「ヒヒヒヒヒヒ」
「ちょっとぉ、そんな魔女みたいな笑い方で誤魔化さないでよぉ!」
「まったく、相変わらずこういう話題には弱いねぇ、アンタは」
「も、もう……からかわないでよ」
「ねえねえ、アミねえちゃん、ヤるって――っ!?」
「い・い・か・ら! アンタたちは野菜の皮剥く!」
「「「「は、はい!」」」」
睨みつけてやると、子供たちは顔を強張らせて野菜の皮剥きに集中し始めた。
「真面目な話、どうなんだい、アイツは?」
「ちょ、だからそんなんじゃ」
「そういうことじゃないよ」
「へ?」
「家庭教師に関してだ」
「あ、そっちか」
「アイツが勇者になったことは知ってた。けどまさかアンタの家庭教師になってたなんてね」
「……うん。先生は凄いよ。多分今まで見た勇者の中でも一番かも」
とはいっても、それほど多くの勇者を見てきたわけでもないが。
「先生のお蔭で、ボクは勇者を目指すのを諦めなくてもいいようになったし」
そこでふと気になったことがあったので、まな板に乗せた野菜を切りながら、スープ作りをしているマザーに質問を投げかける。
「マザーはその……先生のことを知ってるんだよね?」
「まあね。とはいっても、親しいってわけじゃないけどね」
「そうなんだ」
「昔、まだアイツが学院に通って落ちこぼれって呼ばれていた時さね」
思い返すような遠い目をしてマザーが続ける。
「あれは土砂降りの日だったね。この孤児院の右隣には今は家が建っていたけど、昔は空き地でね。買い物帰りにそこを通過した時、アイツが――イオが一人でそこにいたんだよ。傘も差さずにね」
「一人で? 雨の中? 先生は何してたの?」
「……よく分からなかった」
「え?」
「ただ奴は、ぬかるんだ地面に座って、ジッと前を見据えていたんだ」
一体イオはどういうつもりでそんなことをしていたのだろうか。
「黒髪の落ちこぼれって言われて有名だったからね、当時は。私も知っていた。恐らく何か修業をしてるんだろうと思って、そっとしておこうと思ったけど、さすがに雨の中じゃ風邪も引くと思ったからね。声をかけたんだ」
「それでどうしたの?」
「……何度話しかけてもピクリとも動かなかったよ」
「!」
「ただジ~ッと目の前に置いてるコップを見つめてた」
「コップを? ……何で?」
「さあ。ブツブツと何か数えていたようだが、真意はサッパリさね」
「聞かなかったの?」
「だから聞いてもこっちに反応してくれなかったんだよ」
「あ、そっか」
それは意識して無視したのか……いや、そうではないだろう。恐らくは集中し過ぎてマザーの存在に気づいていなかったに違いない。
「それって雨の日だけ?」
「コップを目の前に置いてジッと見続けるってのはそうさね。雨の日だけだった。晴れの日は、大量の紙を持ってきて、空き地から見えるあらゆる場所の風景画を描いておったね」
「風景……画?」
「そう。それも毎日毎日、晴れの日はね。同じとしか思えない風景を何度も何度も描いて」
本当に訳が分からない。その行為に何の意味があるのだろうか。
イオのことだからきっと意味がはずだと信じたいが、魔法の修業や体術の修業をせずに、何でそんな気が狂ったようにしか思えないことを繰り返していたのかサッパリ見当もつかない。
「それが丸々二カ月続いて」
「に、二カ月も!? 毎日!?」
「そう。授業が無い日は朝から晩まで。授業がある日は終わったらすぐに空き地に来て、飽きもせずやってたよ」
「は、はぁ……」
ダメだ。必死で思考を巡らし、その行為の意味を見出そうとするがやっぱり理解が及ばない。
(先生は何でそんなことを……?)
するとマザーから驚くことを聞かされた。
「そんでね、ある日ピタリとこなくなったと思ったら、すぐに噂でイオがスリーランクアップしたって話を耳にしたんだよ」
「っ!? そ、それって来なくなってどれくらい経った時!」
「ん~あんまり詳しく覚えてないけどねぇ。一カ月も開いてなかったはずさね」
おかしい。とてもとてもおかしい話だ。
それまでイオは恐らく〝Fランク〟だったのだろう。それなのに魔法や体術の修業はせずに、意味の分からない行為をし続けて、その後に〝Cランク〟になった。
正当性のある繋がりが想像できない。一体どうしたら、そんな異常なことが現実に起こるのだろうか。
空白の一カ月で猛練習をした?
そうとしか考えられないが、今まで猛練習はしてきたはずで、それでも〝Fランク〟だったはず。そう、アミッツと同じように。
だったら残る理由はただ一つ。――空き地での行為だ。
それがイオの才能を目覚めさせるきっかけになったのか、あるいは才能自体を鍛えていたということも考えられる。
(でも雨の日にコップを眺めて、晴れは風景画? ……それにどんな意味があるんだ?)
とても勇者を目指す者の修業方法だとは思えない。
「――こら」
「へ?」
「腕が止まってるよ、アミッツ」
「あ、ごめん!」
どうやらイオのことを考え過ぎていたようだ。慌てて調理を再開する。
「そういえば、今の話を聞くだけなら、マザーとの接点がないけど?」
「奴との接点ができたのは、奴が勇者になったあと、アイツがある仕事を受けた時に面通ししてるんだよ。その時に世話になって。こっちも世話をしてやったけどね」
「そうだったんだ。そんなことがあったんだね」
しかしイオとマザーの繋がりよりも、やはりイオの奇天烈な修業方法が一番気になる。
「……そんなに気になるなら、直接本人に聞けばいいさね」
「マザー……」
「今はお前の家庭教師、なんだろ?」
「うん!」
夕食を食べて修業が終わった後にでも聞こうと決断し、夕食の準備を進めていった。
マザーと知り合いだというのが、子供たちから不安を取り除いた一番大きい要因なのだろうが、土地を寄こせと言ってくる男も時折来たりするので、あまり大人の男性には子供たちは良い印象を持っていないのである。
父親に暴行を受けたという子もいるし、なおさらだ。
(はは、まあ先生は見た目はボクとあんま変わんないからなぁ)
イオは二十二歳ということだが、とてもそうには見えない。さすがにアミッツと同じ十四歳には見えないが、それでも十六、七歳くらいがちょうどだろう。
さらに彼は言葉遣いは悪い方だが、裏表がないから子供たちにも受けがいいのかもしれない。
(あのリリやロロが興味を示すくらいだしね。ははは)
実はあの双子は父親に捨てられて、この孤児院にやってきたのだ。だから大人の男性には抵抗があるはず。しかし本能的にイオが良い人だと察知したのかもしれない。
「――そんなにニヤついて。うちの将来の出世頭が、まさか男を連れて帰ってくるとは思わなかったよ」
「マ、マザーッ!?」
一緒に台所で食材を調理しているマザーが、いきなり爆弾を放り込んできた。
「まだまだガキだと思ってたのにねぇ。まさか……もうヤっちまったのかい?」
「ヤ、ヤ、ヤるわけないだろぉぉっ!」
「ねえねえ、アミねえちゃん。何をヤるの?」
「わたしもききたーい!」
「ぼくもー!」
子供たちが一様に興味を示しだした。
「ちょ、マザー! 何とかしてよ! マザーのせいだからね!」
「ヒヒヒヒヒヒ」
「ちょっとぉ、そんな魔女みたいな笑い方で誤魔化さないでよぉ!」
「まったく、相変わらずこういう話題には弱いねぇ、アンタは」
「も、もう……からかわないでよ」
「ねえねえ、アミねえちゃん、ヤるって――っ!?」
「い・い・か・ら! アンタたちは野菜の皮剥く!」
「「「「は、はい!」」」」
睨みつけてやると、子供たちは顔を強張らせて野菜の皮剥きに集中し始めた。
「真面目な話、どうなんだい、アイツは?」
「ちょ、だからそんなんじゃ」
「そういうことじゃないよ」
「へ?」
「家庭教師に関してだ」
「あ、そっちか」
「アイツが勇者になったことは知ってた。けどまさかアンタの家庭教師になってたなんてね」
「……うん。先生は凄いよ。多分今まで見た勇者の中でも一番かも」
とはいっても、それほど多くの勇者を見てきたわけでもないが。
「先生のお蔭で、ボクは勇者を目指すのを諦めなくてもいいようになったし」
そこでふと気になったことがあったので、まな板に乗せた野菜を切りながら、スープ作りをしているマザーに質問を投げかける。
「マザーはその……先生のことを知ってるんだよね?」
「まあね。とはいっても、親しいってわけじゃないけどね」
「そうなんだ」
「昔、まだアイツが学院に通って落ちこぼれって呼ばれていた時さね」
思い返すような遠い目をしてマザーが続ける。
「あれは土砂降りの日だったね。この孤児院の右隣には今は家が建っていたけど、昔は空き地でね。買い物帰りにそこを通過した時、アイツが――イオが一人でそこにいたんだよ。傘も差さずにね」
「一人で? 雨の中? 先生は何してたの?」
「……よく分からなかった」
「え?」
「ただ奴は、ぬかるんだ地面に座って、ジッと前を見据えていたんだ」
一体イオはどういうつもりでそんなことをしていたのだろうか。
「黒髪の落ちこぼれって言われて有名だったからね、当時は。私も知っていた。恐らく何か修業をしてるんだろうと思って、そっとしておこうと思ったけど、さすがに雨の中じゃ風邪も引くと思ったからね。声をかけたんだ」
「それでどうしたの?」
「……何度話しかけてもピクリとも動かなかったよ」
「!」
「ただジ~ッと目の前に置いてるコップを見つめてた」
「コップを? ……何で?」
「さあ。ブツブツと何か数えていたようだが、真意はサッパリさね」
「聞かなかったの?」
「だから聞いてもこっちに反応してくれなかったんだよ」
「あ、そっか」
それは意識して無視したのか……いや、そうではないだろう。恐らくは集中し過ぎてマザーの存在に気づいていなかったに違いない。
「それって雨の日だけ?」
「コップを目の前に置いてジッと見続けるってのはそうさね。雨の日だけだった。晴れの日は、大量の紙を持ってきて、空き地から見えるあらゆる場所の風景画を描いておったね」
「風景……画?」
「そう。それも毎日毎日、晴れの日はね。同じとしか思えない風景を何度も何度も描いて」
本当に訳が分からない。その行為に何の意味があるのだろうか。
イオのことだからきっと意味がはずだと信じたいが、魔法の修業や体術の修業をせずに、何でそんな気が狂ったようにしか思えないことを繰り返していたのかサッパリ見当もつかない。
「それが丸々二カ月続いて」
「に、二カ月も!? 毎日!?」
「そう。授業が無い日は朝から晩まで。授業がある日は終わったらすぐに空き地に来て、飽きもせずやってたよ」
「は、はぁ……」
ダメだ。必死で思考を巡らし、その行為の意味を見出そうとするがやっぱり理解が及ばない。
(先生は何でそんなことを……?)
するとマザーから驚くことを聞かされた。
「そんでね、ある日ピタリとこなくなったと思ったら、すぐに噂でイオがスリーランクアップしたって話を耳にしたんだよ」
「っ!? そ、それって来なくなってどれくらい経った時!」
「ん~あんまり詳しく覚えてないけどねぇ。一カ月も開いてなかったはずさね」
おかしい。とてもとてもおかしい話だ。
それまでイオは恐らく〝Fランク〟だったのだろう。それなのに魔法や体術の修業はせずに、意味の分からない行為をし続けて、その後に〝Cランク〟になった。
正当性のある繋がりが想像できない。一体どうしたら、そんな異常なことが現実に起こるのだろうか。
空白の一カ月で猛練習をした?
そうとしか考えられないが、今まで猛練習はしてきたはずで、それでも〝Fランク〟だったはず。そう、アミッツと同じように。
だったら残る理由はただ一つ。――空き地での行為だ。
それがイオの才能を目覚めさせるきっかけになったのか、あるいは才能自体を鍛えていたということも考えられる。
(でも雨の日にコップを眺めて、晴れは風景画? ……それにどんな意味があるんだ?)
とても勇者を目指す者の修業方法だとは思えない。
「――こら」
「へ?」
「腕が止まってるよ、アミッツ」
「あ、ごめん!」
どうやらイオのことを考え過ぎていたようだ。慌てて調理を再開する。
「そういえば、今の話を聞くだけなら、マザーとの接点がないけど?」
「奴との接点ができたのは、奴が勇者になったあと、アイツがある仕事を受けた時に面通ししてるんだよ。その時に世話になって。こっちも世話をしてやったけどね」
「そうだったんだ。そんなことがあったんだね」
しかしイオとマザーの繋がりよりも、やはりイオの奇天烈な修業方法が一番気になる。
「……そんなに気になるなら、直接本人に聞けばいいさね」
「マザー……」
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