落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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 誰かを見返してやろう。復讐をしてやろう。そんなことを思ったことなど一切なかった。
 アミッツはただ、自分を育ててくれた孤児院を守れる力がほしかっただけ。誰に何を言われようが、貶されようが、どうでも良かった。最初の頃は確かに、どうして他人にそんな暴言を吐かれなければいけないんだ、と腹が立つ時もあったが、今はもう慣れてしまった。

 そんなことより、アミッツは前だけを向いて自分の目標のために突き進んできたのだ。それがようやく報われそうになった事実に、アミッツは心から喜びを得ていた。
 これで今まで闇の中だった夢に、一筋の光が射したのだから。

 しかし問題もあった。それは今度の〝勇者認定試験〟である。
 この前、学院から通知があった。次の試験でも、まったく成長が見られず〝Fランク〟を取ってしまったら、それ以上の見込みなしとして退学を要求するとのこと。

 落第ではなく、退学。それはアミッツにとっては絶望勧告と同義だった。
 しかしまだ退学の要求。強制ではない。ただこれはほぼ強制に近いものでもある。たとえ断ったとしても、痛烈にも思える学院からの退学要求が何度も突きつけられてくるのだ。

 そうやって退学した者もまた少なくない。何故なら落第を受けた者、退学を要求された者は、例外なく高い授業料を払わないといけなくなるのである。
 入学することができれば、授業料は免除となる。しかし一年でその者の評価が著しく悪い場合、二年目からは高額な授業料を支払わなければならなくなるのだ。

 こうなれば孤児院出身のアミッツがとても払える額ではない。だからこそ、ほぼ強制だというのだ。
 アミッツは勧告通知を、教室の自分の席に座って見つめながら溜め息を溢した。

(猶予はあと二カ月半くらいかぁ……)

 ようやく先が見えた矢先のこれだ。落ち込んでしまうのも無理はない。

(考えてても始まらないよ。今は先生に言われたことを必死にやるだけだ!)

 まだ時間はある。それまでにイオに与えられた課題をこなす。それが強くなる方法だと、アミッツは信じるしかないのだ。

 今まで手を差し伸べてくれた人は少ない。そしてその手を取ったとしても、現状が変わったことはほとんどなかった。
 しかし今回は違う。尊敬するリリーシュの勧めで紹介してくれたイオ・カミツキが家庭教師をしてくれているお蔭で、自分がまだ先へ行くことができることが分かった。

 彼の教えのお蔭もあって、昨日、ようやく自分一人で魔力を引き出すことができるようになったのだ。これから鍛錬していけば必ず……。

(先生もボクが成長できるって信じてくれてるし。だから……だから)

 自分はただただ前を向いて頑張るだけだ、と言い聞かせる。

「――あら? キャロディルーナさんではないですか」

 凛とした声が耳朶を打った。反射的に声の主に顔を向ける。

「あ……イグニース……さん?」
「ごきげんよう」

 凛々しい顔立ちをしているこの赤髪の少女の名は――アレリア・イグニース。古い名家の血筋で、代々勇者を輩出しているエリート貴族である。
 彼女の家から輩出された初代勇者は〝火の勇者〟と言われるほど、火属性の呪文に長けた人物であり、その血族もまた代々火属性の呪文を得意としているのだ。

 それは彼女もまた同じで、まだ入学して一年も満たないのに、火属性の《上級呪文》を扱うことができて、すでに〝勇者認定試験〟では〝ランクB〟を取得している優秀者だ。入学して最初の試験ではいきなり一次合格するという成績を残している。

 来年の試験では勇者の称号を獲得するのは確実だと言われている。勉強も実技も、他から羨まれるほどの人物だ。常に周りには二人以上の取り巻きがいる。

「……? それは……」

 そんなエリート生徒であるアレリアの目に止まったのは、アミッツの持っている勧告通知だった。彼女の取り巻きの人も目にしてしまう。

「こ、これは――」

 慌ててアミッツはカバンに隠す。しかしすでに見られた後だったようで、

「あ~あ、信じられませんよねぇ。まさかアレリア様がいらっしゃるこのクラスから、落ちこぼれが出るなんて」
「そうですそうです。三回受けた試験も全部〝Fランク〟だったらしいです。よくまだ学院に滞在できますね」

 二人の取り巻きがそれぞれ勝手なことを言い始める。しかし、

「お止めなさい」
「「え……」」

 彼女たちを諌めたのはアレリアだった。

「人を貶めるような物言いは、勇者を目指す者として間違った行為ですわよ」
「「あ……す、すみません」」

 さすがにアレリアには反論できないようで、二人は身を固くして肩を落としている。

「申し訳ありませんでした、キャロディルーナさん」
「あ、ううん。そんな……別に気にしてないから」

 というよりもそういうことはもう言われ慣れていると言った方が正しい。

「……しかし」

 アレリアの切れ長の赤眼がアミッツを射抜いてくる。

「分を弁えるといったことも大事ですわよ」
「……え?」
「この九ヵ月間、曲がりなりにもクラスメイトとしてあなたを拝見させて頂きました」
「…………」
「そこから導き出した答えとして――あなたは勇者には向いていませんわ」

 それは彼女の心からの言葉だろう。真っ直ぐ胸に突き刺さってきた。言われ慣れているといっても、彼女のように真摯な想いで放たれた言葉は、やはり心に直接ダメージを与えてくるのだ。

「《下級呪文》ですらまともに使えず、かといって体術が抜きん出ているわけでもない。知識はそれなりに優秀なようですが、勇者にとってやはり強さが必要になります。その観点から判断して、あなたに実技での成長はまったくもって見られません。それがどういうことか分かりますか?」
「それは……」
「その勧告通知にしてもそうです。学院だって愚かではありませんわ。しっかりと見抜く目だって持ち合わせているからこそ、今までに輩出した勇者たちは実績を残しているのです。その学院が通知したということは、あなたには勇者としての未来はないということです」

 言い返せない。何故なら、まだ何も彼女の言ったことを覆せるものを示すことができないのだから。
 ここで魔力を放出したとしても、それだけ。まだ呪文だってまともに使えない。そんな状況で何を言ったところで、結局は負け犬の遠吠えとしか思われないだろう。

(けど……)

 今の自分には、イオという家庭教師のお蔭で、少しばかりの光を見ることができている。
 言い返せない、言い返せないが……。

「……! その目、あなたはどうやら相当な頑固者のようですね」

 黙ってアレリアを見返していたのだ。

「……いいでしょう。では、お見せ致しましょう。勇者になるには相応の才能が必要だということを」
「………………え?」



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