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「――ったく、人が気持ち良く寝てるってのによぉ」

 その声は巨大な招き猫の後ろから聞こえてきた。そこから人影が座って招き猫にもたれかけていたのか、そのままスッと立ち上がり、姿を露わにする。

 出てきたのは男の人だった。ボサボサな黒髪を後ろで無造作に結っており、額には包帯のような細く、それでいて赤い布でバンダナのようにまかれている。また来ている茶色のローブも穴が開いたり汚れたりしていてボロボロで、言っては何だが浮浪者のように見える。
 その人物がボリボリと頭をかきながら、寝惚け眼で右目を閉じたままの姿で現れた。

「うわくっせぇっ! 何だコイツ!?」
「汗と土に、何でかにんにくっぽいニオイもしやがるぅ!? くっさっ、マジくっさっ!?」

 確かにナンパ男たちの言うように、強烈な異臭が漂っている。アミッツは別に嫌な顔一つしないが、男たちは盛大に顔を歪めて距離を取った。

「あ? 臭い? ……! ああ、悪い悪い。ここに来る前にガーリックベアを狩って食べたからな。そのニオイだと、多分。げっぷはぁぁ~」
「ゲップすんなよくっせぇぇっ!?」
「むわっと来たぁ! むわっと臭いのきたってばよぉ!?」
「あ、悪いな、にししし」

 魔物の一種――ガーリックベア。その名の通り、頭の形がにんにくのようになっているユニークな熊である。しかも見た目通りか、そのニオイは本物のにんにくと変わりはない。ただ他の熊肉とは違い柔らかく、とても美味とされている。

「土は……まあ、転んだりしたからなぁ。そこらへんについてんだろ。あ、でも汗は勘弁しろよ。ここ三日、風呂に入れてねえんだ」
「ふっざけんな! ここはシャレた街でも有名な【カヴォード】なんだぞ! 信じらんねぇ!」
「ったく、さっさとどっか行きやがれ、クソ異臭人間!」
「おいおい、人に対して何てこと言いやがる。ウンコのニオイなんてしねえだろうが。……しないよね?」

 何だか自信がなくなったのか、不安気な顔で聞いてきた。

「ああもうっ! 早くどっか行けってぇのぉっ!」

 ナンパ男の一人が、ローブ男に向かって蹴りを放った。咄嗟にアミッツは「あっ!?」となったが、男の蹴りはそのまま空振りしてしまう。

「おいおい、いきなりキックって正気かお前」

 蹴りを放った男の背後に立っているローブ男。

(え……いつの間に?)

 ローブ男から目を離さなかったはずなのに、まるで瞬間移動したようにローブ男が消えていた。

「な、何だよ……へへ。避けるの上手えじゃねえか」
「ちょっと楽しませてくれるじゃんか、クソ異臭人間」
「いや、だからよぉ、人をウンコ人間みてえに言うのは――」
「「死ねやぁっ!」」

 今度は二人して蹴りを放ったナンパ男たち。

 今度こそ当たったと思われたその時、

「あぶふぅっ!?」

 二人の男が一瞬にして仰向けに転倒してしまっていた。

(へ……えっ!?)

 何が起こったのか、アミッツでも確認することができなかった。ナンパ男たちの蹴りがローブ男の腹部へと向かい、あとコンマ数秒ほどで到達する時、気が付けば二人の男は倒されていたのだ。

(まったく動きが見えなか……った)

 これでも目は良い方である。それなのに、相手の身体がブレた瞬間すらも捉えることができなかった。

(魔法? ううん、魔力は感じなかったし)

 つまり単純な体術だということ。たった数手でアミッツは理解させられた。今目の前にいるローブ男は、自分とは比較にならないほどの体術を修めた者だということを。
 ナンパ男たちは転倒した際に頭でも打ったのか、気絶していた。

「さぁて、人を散々好き勝手言いやがって。……お前らなんかこうだ!」

 何をするのかと思ったが、ナンパ男の顔にまたがると、そのまま腰を下ろした。

「――っ!? んんんんんんん~っ!?」

 ナンパ男がしばらく苦しそうにもがいているが、すぐにビクンビクンッと痙攣すると、そのまま沈黙してしまった。白目を剥いて泡まで吹いている。

(あ……相当臭かったんだろうなぁ。いや、息ができなかっただけかも)

 それをもう一人の男にも繰り出すローブ男。同じように悶絶し始める男を見て、

「あ、あのさ……そこまでする必要はないんじゃないかと……」

 ちょっと可哀相だと思ってつい声をかけてしまった。
 ローブ男の顔がクイッとアミッツへと向けられる。そしてジ~ッと見つめられた。

「えと……あの、何?」

 そんなに見られると少し恥ずかしさを覚えてしまう。もしかして、今日着ている服に何か問題でもあったのだろうか。確かにオシャレというオシャレはしていないが、マザーにも似合っていると言われたのでおかしくはないはず。

「……いや、お前さ。コイツらくらい瞬殺できる力あるだろ?」
「……っ!?」
「何でやんなかったんだ?」

 真っ直ぐな黒い瞳がアミッツを射抜いてくる。一目見ただけで、自分を見透かされたと気づいたアミッツは、少しローブ男を恐ろしく思った。

「……そ、それはその……」

 どういう言い訳をしようか戸惑っていると、


「――――ごっめぇぇんっ! 遅くなったわぁ、アミッツゥ!」

 
 少女のように甲高い声を響かせながら、アミッツにとっての救世主が到着した。
 しかしやって来たリリーシュもまた、当然のごとく、この場の光景を見てギョッとする。
 そしてその視線は、ナンパ男の顔の上に座っているローブ男へと向かい――。

「…………あ、あんた何やってんのよ?」
「……いやいや、お前が呼んだんだろ」
「いきなり揉め事を起こしてるようにしか見えないんだけど!」
「しょうがねえだろうが。幼気な美少女が悪党に連れ去られるところだったんだから」
「び、びしょ……っ!?」

 彼の言葉にカッと顔が熱くなってしまった。

「よく言うわよ。どうせあんたのことだから、何か悪口でも言われてムッときたってとこでしょうが」
「…………ソンナコトナイヨ」

 明らかに片言になって動揺し、顔を背けているローブ男。
 しかしそんなことよりも、アミッツには確かめなければならないことがあった。

「あ、あの!」
「ん? ああ、ごめんねアミッツ。遅れちゃって!」
「う、ううん。それは別にいいけど……さ」

 チラリと、今だにナンパ男の上に乗っているローブ男を見る。

(そろそろどいて上げた方がいいと思うんだけど……)

 そのままだと本当に窒息するのではと思ってしまう。と思ったら、ローブ男が立ち上がって、首を回してポキポキと音を鳴らしている。

「……! ああ、コイツ?」
「う、うん。えと……知り合いなの?」
「まぁね。ていうか、コイツをアミッツに紹介したいがために、今日は時間を取ってもらったんだし」
「ああ、なるほど……………………え?」

 凄まじい言葉の爆撃に、アミッツはしばらく固まってしまう。
 これがアミッツと、勇者――イオ・カミツキとの出会いの一ページだった。


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