落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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プロローグ1

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「――はぁ」

 もう何度目の溜め息か分からない。

(……また〝勇者認定試験〟の一次に落ちちゃったなぁ……)

 手元にあるのは一枚の紙。それは――先日受けた〝勇者認定試験〟の通知。そこには大きく不合格と書かれてあり、また〝F〟という文字も刻まれている。
 最低ランクの〝F〟。試験の二次に行ける者は、せめて〝C〟以上は取らないと話にならないというのに、月色の髪を持つ少女――アミッツ・キャロディルーナは、今まで受けた試験で見事に〝F〟しか取ったことがないのだ。

 いわゆる――落ちこぼれ、というやつである。

 学院では座学はともかく、実技の方が壊滅的で、勇者になるには頭でっかちだけではなれない。無論知識も必要とされるが、それ以上に敵を討つ純粋な力が必要とされるのだ。
 アミッツはとても要領が悪い。剣も魔法も、皆が一度聞いて実践できるものが、十回くらい繰り返さないとできない。酷い時は何回チャレンジしてもできないことだってある。

 恐らく魔力量も極端に少ないからだと、自分では思っているのだが。
 このままでは落第もあり得るということで、毎日少しでも時間を見つけては実戦練習をするのだが、結果がまったくといっていいほど伴っていない。

(うぅ……どうしよう。子供たちも応援してくれたのに……)

 脳裏に浮かぶは自分が世話になっている孤児院である。
 一番の年長者であるアミッツは、孤児院を営むマザー・キャロディルーナに少しでも恩返しができればと思って、手伝いやら子供の世話などをしながら過ごしてきたのだ。

 近年孤児院の経営も徐々にだが厳しくなってきており、子供たちが満足に生活し続けるのは、多額の資金が必要になる。だから勇者になって、お金を大量に稼いで孤児院を守りたいのだ。

「はぁ、それなのにぃ……」

 手元の紙を何度見つめても、やはり評価が変わることはない。
 優秀な勇者を育て、人々を脅かす魔族から人間を守るために組織された〝勇者育成組合〟。
通称――〝ヴァンガード〟。

 彼らが建立した一つの学院が、今アミッツが通う【ピースオーダー勇者育成学院】である。
 そこでは平民から貴族、はては王族といった様々な人種が集い、皆が切磋琢磨するのだ。ここは完全なる実力主義社会であり、身分などはほとんど関係ない。強い者が上へ行き、金を稼ぎ、名誉や地位を得て、順風満帆な暮らしをすることができる。

 別にアミッツは順風満帆な暮らしを切望しているわけではない。孤児院の皆が安心して暮らせるだけの土地と生活が維持できればそれでいい。
 もしアミッツが勇者として名声を得ることができれば、土地代などももちろんのこと、孤児院を潰そうとする輩が出たとしても、アミッツの名で退けることだってできるようになるのだ。

 それほどまでに勇者という称号は、この世界――【レーヴ】では凄まじい影響を持つ。
 すでに〝勇者育成組合ヴァンガード〟が組織されて百五十年が経過しており、彼らによって輩出された勇者たちは一万人を超える。

 だがしかし、勇者という職業は並大抵では続けていけず、魔族や魔物と戦い命を落とした者、その他の任務で命を落とした者、寿命で死んだ者などなど、現在では二千人ほどしか勇者の称号を持って仕事をこなしている者はいないという。

 さらにいえば、たとえ勇者に認定されたとしても、個人に与えられた仕事(ノルマ)を達成できなければ、基本的にその称号は剥奪されてしまう。
 毎年必ず勇者の仕事についていけずに剥奪される者も出ているのだ。それほど辛くきつい仕事であるが、見返りは多大。一般人が一年で稼ぐ額を、一仕事で稼ぐことも夢ではない。だからこそその魅力に誰もが憑りつかれて目指すのである。

 アミッツはまだ査定に立ち直ることができずに、教室の自分の席に座り呆然としていると、その姿を一瞥して教室から出て行く生徒たちがいた。

「また一次、落ちたらしいわよ」
「もう三回も一次すら受からないなんて笑っちゃうわね。しかもランクすらも上がらない」
「さっさと諦めて退学すればいいのに。才能ないんだから」

 クスクスという嘲笑とともに聞こえてくる侮蔑。最初の頃は苛立ちに変わっていたが、そんなことをしても仕方ないとある程度割り切ることができようになってきた。

「――ん? 何をしてしますの? さあ、そろそろ帰りますわよ」
「「「は、はい!」」」

 と、そこへ一人の少女が現れる。彼女もまたクラスメイトだ。アミッツは顔を俯かせているので、その少女の視線には気づかなかった。少女の掛け声に、笑っていた生徒たちもハッとなって一緒に教室を出て行く。

(……才能……ないから……か)

 反応は返さなかったが、しっかり彼女たちの声は聞こえていた。
 もう教室には誰もいない。自分一人だけ。この寂しさにももう大分慣れたものだった。

「――あら、アミッツ。どうかしたの?」

 そこへ不意に教室へと入ってきた者が声をかけてきた。


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