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閑話:ベリンダの覚悟。
しおりを挟む王城でのパジャマパーティーから屋敷に戻ると、スペンサー様が出迎えて下さいました。
沈んだ顔になっていたせいでしょう、頬に口づけをくださった後、どうしたのかと聞かれました。
私の寝相のせいでお三人に大変なご迷惑をお掛けしたというと、深い茶色の瞳を大きく見開かれました。
「お三人に怪我は⁉」
「っ、やっぱり……そんなに酷いのですね…………」
お三人に怪我はなかったことを伝えると、とてもホッとしていらっしゃいました。
一番にそれを心配されるということは、やはり酷いうえに、スペンサー様にもご迷惑をおかけしているのですね。
「あ、いや……私のせいだから。私がベリンダにストレスを溜め込ませているから」
「え? いえ、私、昔っから寝相が悪くて」
「…………っ、本当に?」
訳が分からないというふうに、スペンサーさまがきょとんとされていました。
「やはり、夜着はタイトなものにすれば良かったです」
そうすれば、ご迷惑かけなかったのに。
スペンサー様と眠る時も必ずあのタイトなものを着ましょう。そう心に決めました。
「……いや、君が好きなのを着なさい。君がよく眠れる、それが一番なんだから」
「でも、そうしたらまたスペンサー様を蹴ってしまうかも」
「ん、いいよ」
え、いいのですか? あ、もしや、蹴られたいとか、そっちの方向だったのでしょうか⁉
「…………スペンサー様はドM? もしかして……娼館でそういうプレイを……背中や腕に時々出来ているアザは、もしかして!」
「何でもかんでも性癖にして娼館に繋げないでくれよ!」
珍しく、スペンサー様が怒鳴られました。
娼婦をバカにしたと思われてしまったのでしょうか?
「…………なるほど、庇いたくなるほどに贔屓にしている娼婦がいるのですね」
「なっ…………」
グワッと目を見開かれた後、眉間に皺を寄せ、目をそっと閉じられてしまいました。
「…………離縁、したくなった?」
「何故……スペンサー様がそんなに辛そうな顔をするのですか」
――――私がその表情をしたいのに!
「君を、失いたくないから」
「ならば、二度と! 娼館へ行かないで!」
「っ…………あ……」
勢い余りました。
あれだけ皆様にちゃんと心の中にある想いを話すようにと言われましたのに。
スペンサー様がとても悲しそうな顔をされた後、私に背を向けて俯きつつ、何度か肩で大きく息をしていらっしゃいました。
「君の、好きにするといい。私は執務室に……籠もる」
鼻が詰まったような声でボソリと言うと、足早に二階に消えて行かれました。
なんだか嫌な予感がして、スペンサー様の執務室に向かうと、部屋の中から慟哭するような苦しそうな声が聞こえて来ました。
扉をノックし、スペンサー様と呼びかけすると、痛ましい声がビタリと止み、中からガサゴソと物を漁るような音が聞こえて来ました。
再度呼びかけても、返事はしてもらえず、どうしようかと悩んでいましたら、扉がゆっくりと開きました。
扉の隙間からぬっと伸びてきた手が、私の首の後ろに入り込み、グイッと引き寄せてきました。
ガツッとした鈍痛とともに、唇が温かいものに触れ、息が止まりそうになりました。
ぬりゅり、にゅるり、スペンサー様の舌が私の口腔内を蠢いています。
歯列をなぞられ、舌の側面を擽られ、舌先を甘噛みされ、腰が砕けるかと思いました。
グチュッという水音とともに唇が離れていき、二人の間に銀色に輝く糸が伸び、ブツリと切れました。
「あ、切れた。まるで私たちのようだね」
「スペンサー…………さま?」
「慰謝料は好きに書き込んでいい。さようなら、ベリンダ」
トン、と胸に書類を押し付けられ、訳もわからず受け取ると、もう一度軽いキスをされ、泣き顔のスペンサー様がスルリと執務室の中に戻って、扉に鍵を掛けてしまいました。
何度扉を叩いてもスペンサー様が出てきて下さらなくて、執事に命令して予備の鍵を持ってこさせました。
「奥様、どうか穏便に……」
「穏便に、出来るわけないじゃない!」
ガチャガチャと力任せに鍵を回し、扉を勢い良く開けると、執務机で書類を書いているスペンサー様がこちらを見ずに出ていくように言われました。
「嫌ですわ。私は貴方の妻なので、ここにいます」
「私は命令している。出ていきなさい。…………君はもう私の妻ではない」
「私はこんな物にサインしていません。そもそも、提出していないのだから、受理もされていません。なので妻です」
離縁の申請書など、愛する人から受け取りたくなかったです。
「…………っはぁ」
スペンサー様が重苦しい溜息を吐き出されたあと、ガタリと立ち上がって私の前に来られました。
そして、私の腰を掴んで持ち上げると、廊下にポイッと捨てました。
「スペンサー様!」
再度室内に籠もろうとするスペンサー様の袖を掴み、引き止めましたが振り払われてしまいました。
その日から一週間、冷戦のような状態が続きました。
食事も、寝室も別。
お仕事の際に見送りと出迎えをしましたが、完全に無視されていました。
私付きの侍女達は一度実家に帰ってみては? と言いますが、絶対に嫌です。
明日はお城でのお仕事はお休みの日なので、今日こそは話し合いをしよう、とスペンサー様の私室に突撃しました。
扉を開けると、侍女にクラヴァットを結ばせている最中でした。
「…………っ、下がっていい」
スペンサー様が低くそう言うと、侍女が静かに頭を下げ、音もなく部屋から出ていかれました。
「お出掛け、されるのですか?」
「…………あぁ、娼館へ行ってくる」
「では、お帰りをお待ちしております」
私は決めました。
例え、どんな理由があろうと、逃げ出さないと。
例え、他に愛する人がいようと、側にいると。
私の存在が苦痛だと言われる日までは。
「なぜ…………」
「はい?」
「何故、そんなに真っ直ぐに私を見る」
「愛していますから」
「っ――――」
スペンサー様が右手で目元を覆い隠し、歯を食い縛られました。
頬から顎へと雫か滑り、ポタポタと零れ落ち、服や床を濡らしました。
「っ、それでも、私は…………娼館に行かねばならない。君を裏切って……」
「いつか、いつかお話ししてくださいますか? いつか真実を知れますか?」
「…………」
スペンサー様がズズッと鼻を啜られました。
少し、子供っぽい仕草に、キュンとしました。
外では、見目麗しい伯爵様、将来有望の補佐官様、部下にも自分にも厳しい、いつも働き通しで休んでいるところを見たことがない、なんて色々と言われているようです。
ですが、家ではいつもニコニコとしていらっしゃいますし、わりとゆっくり寝ていらっしゃいますし、割と涙もろいのも知っています。
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あぁ、何故私はあんなにも疑っていたのでしょうか。
こんなにも『信じて』『お願い』と訴えかけて来ていらっしゃったのに。
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「承知しました」
ちゃんと待ちます。
貴方を信じて、待っています。
どちらともなく顔を寄せ、唇を重ねました。
「行ってくる」
「はい。無事のお帰り、お待ちしております」
「ん。ありがとう」
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