厨二病設定てんこ盛りの王子殿下が迫って来ます。 〜異世界に転生したら、厨二病王子の通訳者にされました〜【R18版】

笛路

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96:貴方が。 side:ロブ

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 ******



 天真爛漫な『俺のお嬢』は、セオドリック殿下のものになった。



 解っていたはずなのに、諦めきれない想いを燻らせて、使用人専用の食堂裏にある井戸の横で、素振りをしていた。

 一時間ほど素振りをし、食堂の裏口の横のベンチでひと休みしながら夜空を眺めていたら、バンッと大きな音を立てて、食堂の裏口が勢い良く開いた。
 ガスガスと足を打ち鳴らしながら、お嬢の侍女のザラ嬢が井戸へと歩いて行き、手押しポンプを勢い良く動かし、桶に水を溜めていた。

 侍女服姿だから、こんな夜遅くまで何かの仕事なんだろう。珍しく機嫌が悪そうだ。

 ザラ嬢は、いつもお嬢の側に静かに佇んで、無表情でサッと卒なくこなし、必要とあらばお嬢を怒ったりもする。
 真っ黒の侍女服と、眩しいくらいに白いエプロンがとても似合う、凛とした人だ。 

 なんとなしに、ザラ嬢を眺めていたら、桶に溜めた水をザバリと頭から被り、また桶に水を溜め始めた。
 再度、頭から水を被りそうだったので慌てて止めた。

「ザラ嬢、何してんですか! 夜中に水浴びとか、風邪引きますよ」
「っ! ……ロブ」

 いつもキリッとしていて、あまり感情を表に出さないザラ嬢が、焦げ茶色の髪をしとどに濡らし、泣きそうな顔をしていた。

「どうしたんすか?」
「…………なんでも、ないわ」

 なんでもない。
 そんな見え透いた嘘を言われて、何だかモヤッとした。
 ちょっと汗臭いかもしれないが、無いよりはマシだろうと、首に掛けていたタオルでザラ嬢の顔や髪をそっと拭った。

「で、どうしたんすか?」

 背中に手をあて、そっとベンチに誘導した。
 ちょっと心配だし、ベンチに座らせて、少し落ち着かせてから、侍女棟の前まで送ろう。
 ……そう、思ったんだ。



 ザラ嬢が大きな溜め息を吐いて、ぽつりぽつりと話し始めた。
 その内容を聞いて、俺は頭に血がのぼってしまった。
 ザラ嬢の肩を掴み、壁に押し付け、睨みつけた。

「お嬢を泣かせた⁉ アンタは、お嬢の心の支えだぞ! 何考えてんだよ!」
「っ……解っています」
「解ってないから、泣かせたんだろ⁉ 何を考えてんのか、って聞いてるんだよ!」

 気づいたら、泣きそうな顔をした年上の女性を、怒鳴り付けていた。
 男爵家のご令嬢で、敬うべき存在なのに。
 普段ならこんなこと絶対にしないはずなのに、お嬢の事になると、どうにも駄目だった。

 泣きそうな顔だったザラ嬢が、徐々にいつもの真顔に戻り、バシンと俺の手を払い除けた。

「貴方が、悪いんです」
「は?」
「貴方がっ――――」

 ザラ嬢に胸ぐらを掴まれた次の瞬間、ガツッ、と口に、歯に、衝撃を受けた。
 目の前には、焦げ茶色のまつ毛で縁取られた、灰色に近い緑の瞳があった。

「――――っ、え」

 印象的な緑の瞳が離れて行く瞬間に、フワリと優しい石鹸の匂いが俺の鼻腔を擽って、消えた。

 ザラ嬢は俺を一瞥すると、身を翻して侍女棟へと足早に去って行った。
 俺は呆然としてしまい、ベンチに座って、痛む前歯と柔らかな感触の残る唇を触っているだけだった。



 翌日の夜、人生で一番最悪だと断言出来る日が訪れた。

 お嬢が襲われた。
 薄汚い、醜い、色狂いの、老いた男に。

 セオドリック殿下が、怒り狂っていた。
 もちろん、俺も。

「この男を捕えろ! 猿轡さるぐつわを付けて、自死されないように見張れ! ロブ!」
「はい」

 アンジェリカ様と間違えた?
 あんなゲバゲバしい女とどこが似ている!
 お嬢は、お嬢は――――!



 お嬢は、ずっと部屋に閉じ籠もっていた。
 俺と、ザラ嬢とリジー嬢のみがある程度近寄っても平気だった。
 何日も何日も、ほぼ眠らずに、お嬢の部屋の前を警備した。
 お嬢が、震えないために。
 お嬢が、泣いてしまわないように。
 お嬢が、安心してゆっくり眠れるように。

 今日が何日かも分からないくらいに、頭が働かなくなった頃、ザラ嬢が目の前で崩れ落ちるように倒れた。

「ザラ嬢⁉」
「っ……申し訳ございません。ちょっと目眩がしただけです」

 ザラ嬢も、リジー嬢も、働き詰めだった。
 ザラ嬢に至っては、部屋に帰らず、お嬢の部屋の横にある控えの間で、夜中もお嬢の様子を覗っていた。
 三人とも疲労困憊だった……。


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