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90:お前は、誰だ。
しおりを挟む陛下の執務室を辞したあと、テオ様に手を引かれ、私の部屋に戻りました。
テオ様がザラ達にお茶を用意させて、すぐに部屋から追い出してしまいました。
ふたりきりになり、テーブルで向かい合って座りましたが、無言の空気に耐えられず、お茶をちびちびと飲みつつ、「あら、このお茶はとても甘いですね!」などと逃避行動を取っていました。
「ミラベル、隠している事を話してくれ」
まさか、ストレートに言われるとは思っていませんでした。
そして、私的には、隠しているという認識は無くて。でも、アレは話す事ではないとも思っていて……。
――――荒唐無稽すぎるもの。
どう答えたものか、と悩んでいましたら、テオ様が大きな溜め息を吐いて足を組み、私から視線をずらして体の向きも変えてしまわれました。
「なんら、信用されてはいないのだな」
「テオ、さま?」
「密漁者がいなくはない。だが、アップルビー家が抱きかかえるのは不可能だ。金銭的にも、立地的にも――――」
――――そこで考えられるのは、たまたま市場で手にした可能性。
だが、ザラの証言から、その可能性も消えた。
なぜなら、ミラベルはつい最近、『緋扇貝』の存在を知ったからだ。
ザラは、以前の婚約者候補の期間中に城の晩餐か何かで食べていて、食い意地の張っているミラベルが覚えていたのだろう、と思い込んでいた。
だが、アレは割と最近、年数で言うなら一昨年に小型高速船の試運行の際に、エゾノイから持ち帰って、父上がいたく気に入ったものだ。
それ以来時々、完全に、個人的に、入手していたものだ。
それより以前も、稀に手に入る事はあったようだが、ミラベルと食べた覚えは無い。
私が、ミラベルとの思い出を忘れる事は無い。
そもそも、ミラベルが王城に来ていた頃は……いや、割と食い意地ははっていたが、今ほどではなかった。
領地に帰ってから、ミラベルはとても変わった――――。
「――――お前は、誰だ?」
「っ⁉」
テオ様が怒濤のように話されて、私はそれを聞き取って頭をフル回転させ、必死に逃げ道を探していました。
まだ、『妙な疑い』がある、というだけだと思っていたのです。
なのに、まさか、核心に迫るような一言を最後に投げられるとは思ってもおらず、明らかに怯えたような反応をしてしまいました。
「ミラベルは、ミラベルなのか?」
「…………おっ、しゃって、いる、意味が、よく分かりません、わ」
絞り出すように答えると、テオ様の整ったお顔が、くしゃりと歪みました。
「逢えなかった間に、学び、成長し、知識を蓄えたのだと思っていた。だが、ミラベルが主導して急に『B級グルメ』の普及を始め、レシピも全てミラベルから提供されたもので、誰もが知らない料理だったと。……王城の料理人達でさえも」
王城には、他国の料理も作れる料理人が何人もいます。
その方々も私の『B級グルメ』は知らなかった、と言われました。
「エゾノイに似たような料理はある、という声がチラッとはあがった。ミラベルはエゾノイに行った事もなければ、割と最近、エゾノイの事を知ったようだったのに、だ」
どんどんと、追い詰められている気がします。
「なぁ、ミラベル…………お前は、誰なんだ?」
――――もう、逃げられない。
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