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84:キラリと輝く雫が流れた。
しおりを挟む将軍の死を知らされた二日後、朝からジワリジワリとした腹痛を感じました。
お手洗いに行き、「あぁ、やっぱり。ストレスで遅れていただけだったのね」と、落胆とも安心ともいえない不思議な感情を抱きました。
テオ様に伝える気にはなれず、黙っていたのですが、夜のお風呂の時には気付かれてしまいました。
「何で、黙ってた?」
「……」
何でと言われ、なぜ伝える気にならなかったのか、考えていました。
「ミラベル、何でだと聞いているんだ」
「……伝えたら、笑顔で『ミラベルを苦しめるものが、この世からひとつ無くなった』と言われそうでしたので」
「言うはずが、ないだろう? 私は、楽しみに…………していたんだよ?」
テオ様のお顔がクシャリと歪みました。
「そう、だったな…………私は、嫌われているものな」
テオ様が、泣きそうなお顔でそう呟くと、ソファに寝転がり、こちらに背を向けられました。
どうやらソファで寝られる気のようですが、夜はまだ肌寒いのでお風邪を召されるかもしれません。
「テオ様、毛布を――――」
「……私は、ミラベルに相応しくないのだな」
急に、震えた声で、そんな事を言われてしまいました。
「え?」
「今回の事は、全て私が悪い。私の行動の全てが悪手で、ミラベルを傷付けた。嫌われるのは…………当たり前。閉じ込めて、見張って、大切に抱きしめても、何の意味もない。そうだろう?」
――――え?
「どんなに愛していても、どんなに想っていても、嫌悪感を抱かれているものな。…………気づいていたんだ、ミラベルが……私の事も『気持ち悪い』と思っていると」
「っ⁉」
確かに、あの日から、男性が怖かった。
あの男じゃないとわかっているのに、怖かった。
自分が穢れたモノに思えて、テオ様にまでそう思われるのが怖くて、震えていました。
「…………すまなかった」
「テオ、さま?」
「ミラベルと私の未来は……もう、無くなってしまったのだな」
テオ様の背中が、微かに震えていました。
大きいはずの背中が、とても小さく見えます。
そっとテオ様に近寄り、背中に手をあてると、ビクリとされてしまいました。
「もう、好きにしていいよ。ミラベルが幸せになるのなら、全てを受け入れる」
「…………私が出ていったら、テオ様はどうされるのですか?」
「……さぁ? どこかの令嬢でも充てがわれて、ソレと結婚するのだろうな」
王族だから、誰かとは結婚せざるを得ない、と全てを諦めたような声で呟かれました。
「私以外の女性に、触れるのですか?」
「…………あぁ。ミラベル以外を愛し、ミラベル以外を抱く」
「テオ様の……通訳はどうされるのですか?」
そんな事を聞きたいわけではないのに。
「……ミラベルじゃなくても、いい」
「っ、そうですか。テオ様は、私を――――」
――――切り捨てるのですね。
そう言い掛けたところで、自分中心の考え方や、浅ましさに慄きました。
そうしたくないから、色々と動いて下さっていたのに。
繋ぎ止めようと、必死になられていたのに。
ずっと待っていて下さったのに。
最後まで私の事を想って下さっている。
部屋から出ようと思えば簡単に出られたのに、そうはしなかった。
私はあの日からずっと、テオ様や皆に甘えて、全てをテオ様のせいにして、ただ楽をしていただけでした。
テオ様を傷付けて、何がしたかったんでしょうか。
「テオ様」
よしよしとテオ様の頭を撫でました。
「触るな」
「嫌です」
無視して撫で続けました。
「…………襲われたいのか?」
低くかすれた声で言われました。
こちらに背を向けていたテオ様が、仰向けになられて、片手で目を覆われました。
「っ……すまない、堪え性がなくて、根性がなくて。いつまでも、側で見守り続ける気概が、持てなくて」
仰向けになったテオ様の頭を更に撫で続けました。
「ミラベル、触らないで。期待を、持たせないで……」
テオ様の手の下から、キラリと輝く雫が流れました。
心臓が、ギュウギュウと握りしめられているかのように痛いです。
唇がカサカサな気がして、少し舐めて、潤いを持たせました。
そうっとそうっとテオ様に顔を近付けて、柔らかな唇に、ふにゅりと自分のそれを重ねました。
「っ!」
手は震え、嫌な考えが、記憶が、頭の中を巡るけれど、グッと抑え込んで、ゆっくりと唇を離し、にこりと微笑んで、今度はテオ様の涙を舐め取りました。
「ん……塩っぱいですね」
「…………っ、ミラベルっ」
テオ様がガバリと起き上がって、するりと手を伸ばしてきました。
私の首に手をかけると、優しく引き寄せて、柔らかく抱きしめて下さいました。
何も話さず、ただ抱きしめて、私の肩に顔を埋めるテオ様の頭を、ゆったりと撫で続けました。
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