72 / 196
72:殺す!
しおりを挟む 「先生、三大国家ができる前の古代の歴史や魔族・神々・勇者の話を教えていただくことはできますでしょうか」
アルクスはネモに前回の勉強会で生じた疑問を質問した。
「ほぉ、そこに興味を持つなんてなかなか良い着眼点だね。どうしてそこに興味を持ったのかな?」
「先日の勉強会で世界の歴史を教えていて、三大国家ができる前は国があったのかとか神々はそれまで何をしていたのかとか質問に答えられなくて…」
ネモは少し考える様子を見せた。
「そうだね、教えてあげたいところだけど、教えて良いことと教えてあげられないことがあるんだよね。今の君にはまだ教えることができることは少ないかな。
うーん…そうだ!これから定期的に僕が教えてきたことの試験をしよう。それで合格できたら教えられることを一つずつ教えてあげるよ。どうかな?」
アルクスはちょっとした疑問のつもりだったが、ネモが簡単に答えられないとなると教会が隠蔽しているのではないかという疑念が湧いてきた。しかしながら、試験に合格すれば教えてもらえるものもあるということで、断る理由はなかった。
「わかりました!自分の実力を試す機会にもなると思いますし、挑戦します!」
「お、それは良かった。じゃあ次回の試験は簡単なところから、瞑想を1時間続けるってところでどうかな?」
「それなら今の僕でもなんとかなりますね!」
「良かった、もちろん僕も色々と妨害するけどね。じゃあ次回はそれで!」
「えっ!?」
アルクスは想像していたものよりも簡単な試験だと思ったが、妨害されるのは想定外だった。
この後、半年近くかけてほんの数回しか試験に合格することはできず、日を追うごとに増えていく疑問の多くを教えてもらうことが出来ずに今後へとと持ち越すことになった。
その後アルクスによる勉強会では
・魔力と魔術:入門編
・世界の地理と経済
・王国内の各領地の話
・創造神の教え
・他国の文化と宗教
・基礎算術
・古典文学
・蒼天十二将
などアルクスがネモから習ったことや自分で調べたことを少しずつ教えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして年が暮れる頃
「もうすぐ今年もお終いね!アルクス君のおかげでとっても賢くなった気がするわ、これでお姉ちゃんにも馬鹿にされないですむわ!」
「あぁ、俺なんか父上に驚かれたぜ!母上とじいやなんて泣いて喜んでた!」
リディとヘレナは自分達がどれだけ成長したかを熱く語っていた。
「それは良かった。2人に教えることで僕も勉強になったからね。」
「アルクス君は私達以上に勉強していたもんね。来年には学園での生活が始まるのかぁ~、楽しみだわ!」
「そうだな!勉強ばかりじゃなくて早く体を動かしたいぜ!」
アルクスは2人が入る予定の王立学園ではなく庶民向けの学園に入ることを考えていたが、2人に教えることが楽しく、2人とこの先も一緒にいたいという思いも強くなり悩んでいた。
「どうしたの?」
アルクスが考え事をしていると、急にヘレナに覗き込まれた。
「おい、ちょっと近すぎるぞ、離れろよ!」
急にリディがヘレナを引き剥がしてきた。
「痛っ、急に何するのよ!」
「なるほど。とったりしないから安心して。」
アルクスはリディのヘレナに対する想いを理解してニヤニヤしながら答える。
「勉強では世話になったが、お前には負けないからな!」
余裕を見せられてムキになったのか、リディはアルクスへの対抗意識を燃やしていた。
「これだけ教わっておいてアルクス君に勝つなんて、無理なんじゃないかしら。力比べとかだったらなんとかなるかしら。」
ヘレナはまだリディの想いに気づいてはいない様子だった。
「違う!そういう意味じゃなくて…」
「なら、どういうことよ!」
いつもの口論が始まってしまった。
アルクスは喧嘩するほど仲が良いとはこういうことかと2人を見守りつつ、口元に笑みが漏れていた。
兄と比較されたとしても2人と一緒なら頑張れる気がすると思い、自分の決意を固めていた。
翌日
「先生、僕やっぱり王立学園に進学することにしました。」
「それは良かった!アルクス君ならそう言うと思っていたよ。じゃあこれからが僕の本領発揮というところだね。」
「え、どういうことですか?」
アルクスが自分の決意をネモに伝えると、思ってもいなかった返答が返ってきた。
「実はクレメンテクスさんから君を王立学園に入学する決意をさせることを第1の課題として与えられていたんだよ。でも君は王立学園に入学することに戸惑っていたからどうしたものかと思っていたんだよ。」
「先生は特に王立学園への入学を強要したりしませんでしたよね?」
「そりゃあ、本人の願いと違うことを強要したところで成長は望めないからね。やりたいことに120%注力してこそ成長が見込めるというものだよ。」
アルクスは父が自分の心情を見抜いていたこと、ネモが無理強いをせずに見守ってくれていたことに驚きと共に感謝の気持ちを覚えた。
「父さんには全部お見通しだったんですね…」
「そうだね、クレメンテクスさんはあれで人のことをよく見ているよ。思ったことを伝えるのは苦手だけどね。アルクス君が周囲からの期待に潰れないかも心配していたけれど、乗り越えられると信じていたよ。だって君、色々教えてきたけど全然諦めるってことしないからね。ウィル君ですらものによっては諦めたんだよ。」
「兄様でも諦めることがあるんだ…」
完璧超人だと思っていた兄の意外な側面は頑なだったアルクスの心に一石を投じた。
「諦めずに続ける子は成長が早い子に中々追いつけないけれど、先を行っている相手が立ち止まった後に追い越すことも多いからね。」
「僕もそうなれるでしょうか?」
「それは君次第だね。本当にそれが君の願いなのであれば、諦めずに頑張れば成長は間違いないよ。なんて言ったってウィル君に教えていたこの僕が教えることだしね。
さて、では王立学園の入学試験に向けてより一層の勉強をすることにしよう。僕としてはウィル君に続いて主席合格を目指してもらわないとね。」
「はい、頑張ります!」
そうして本格的な怒濤の勉強が始まった。
葛藤がなくなったアルクスは以前以上にやる気を出し、数ヶ月集中して勉強した後、見事入学試験には合格した。
「さて、まずは合格おめでとう。アルクス君が勉強を教えている、リディ君とヘレナさんも合格したみたいだね。」
「え、なんでリディとヘレナのことをご存じなんですか?」
「まぁ、教会の情報網はそれだけすごいってことさ。アルクス君には教育者の才能があるのかもしれないね。いずれ興味があったら秘訣を教えてあげるよ!
さて、これから王立学園の入学までは学問の比重を減らして、より実践的なことを中心に教えることにするよ。」
アルクスはいきなり教育者と言われても想像がつかなかったが、リディとヘレナが合格したことに素直に喜んでいた。
「座学はお終いということでしょうか?」
「そうだね、君は自分でも率先して勉強しているし、王立学園レベルであれば実はもう教えることはないかな。でも、まだ僕の試験を合格したら色々な質問に答えてあげるよ。」
ネモからの試験にあまり合格できていないアルクスとしては、入学までになんとしても合格したいと思っていた。
「そろそろ闘気を使いこなせるようになってもらわないと行けないしね。闘気はどれくらい維持できるようになったかな?」
「そうですね、いつも寝る前に集中して大体30分くらいでしょうか。いつも気絶してそのまま寝てしまっているので詳細はわからないですが…」
「アルクス君の年齢でそれだけできていれば上出来だよ。じゃあ次のステップに進んでみようか。この魔石と闘玉が訓練の肝だ。」
ネモは透きとおった2色の玉を2つ取り出した。
「魔石のことは知っていると思うけど、これはなかなか手に入らないの最上級の品質のものだよ。そして、闘玉はおそらくほとんどの人が知らないと思う。
闘気を扱える魔物の体内で出来上がる魔石の様なものだと思ってくれればいいよ。
とりあえず両手に持ってごらん」
アルクスは言われた通りに、右手に魔石を左手に闘玉を持ってみた。
ずしっと言う見た目からは想像できない重さがあった。
「お、重い...あ、でもなんだか温かくて、じわりと伝わってくるものがあります。」
「そう、それが魔力と闘気を感じるということだよ。普通それだけの魔力・闘気を扱える様になるには何年もの修行、そして才能が必要だけれど感覚を掴むにはこれが良い方法なんだ。」
「ハァ、ハァ...でもなんだか体に力が入らなくなってきました...」
アルクスは1分と経たずにうずくまってしまった。
「自分の扱える以上の魔力・闘気に触れたからだね。強者の威圧で圧倒されるのと似た感覚だよ。では座ったままでいいから魔力を、できれば闘気も練ってごらん。」
アルクスはネモは無茶言うなと思いつつも、呼吸を整えてまずは魔力を練り、次第にうっすらと光が漏れ出した。
「良い調子だ、瞑想を頑張っている証拠だね。ではそこから闘気を練ってみよう。体に力が入っていない今だからこそ、ウィスを闘気だけに向けやすいはずだよ。」
アルクスはいつもの訓練を思い出し、自分の臍の辺りに向けてウィスを集中した。
「うん、ちゃんと闘気が練れている様子だね。青みがかった光が出ているのがその証拠だよ。」
ネモの言葉にアルクスが目を開けてみると一瞬青い光が見えたものの、すぐに消えてしまった。
「まだ集中が切れるとすぐに解けてしまうみたいだね。感覚はなんとなくわかっているかな?」
「はい、以前教わったように臍のあたりにウィスを集める様な感覚でやっています。」
アルクスは日頃の瞑想で体内の魔力やウィスの流れを感じ取ることが出来ていな。
「そう、アルクス君は成長が早くて助かるね。何年やっても感覚が掴めない人はいるんだよ。さて、魔力と闘気を練ってみてどうだった?」
「いつもと違ってなんだか自分の力ではないような、自分の外側と一体になるような感覚がありました。」
「そうだね、それは自然のウィスも一緒に取り込んでいるということだよ。今ここにある魔石と闘玉から漏れ出たエレメントとウィスのおかげだ。」
ここで、アルクスは疑問に思ったことがあった、ウィスとは体内を流れる力ではないのかと。
「先生、ウィスは体内にあるものではないのでしょうか?自然のウィスとは一体…」
「そうか、まだ説明していなかったね。空気中にはエレメントと同様にウィスが溢れている。それは基本的には動物や植物などの生きている者から溢れ出た物なんだよ。もちろん僕やアルクス君からも出ているんだよ。」
そう言うとネモは自分の体から漏れ出るウィスが見えるように力を込めた。
「す、すごい…」
「普通はこんなことはしないけれど、わかりやすくしてみたよ。自分以外の生き物のウィスを感じ取ることができるようになると索敵とか目に見えない敵とかを感じることができるよ。対策としてはこんな感じで隠すことかな。」
今度はネモの存在感が薄くなったように感じられた。
「闘気の運用ができるようになるとこの辺りは使いこなせるようになっていくよ。あとは感覚がつかめてきたら体内のウィスだけでなく、自然のウィスも使うことで効率的な運用が可能になるよ。
そういえばアルクス君はまだウィスが枯渇して気絶しているかな?」
「はい、以前よりは少しは気絶までの時間は伸びたと思うのですが、気付いたら気を失っています…」
「そうだね、なんとなく感覚もわかっただろうし空気中のエレメントを取り込む際に一緒にウィスも取り込むように意識してみると良いよ。あとは部屋に草花を置いてみたりね。
さてウィスの話はこれくらいにしておいて、まずは君が目指す到達地点を見てもらおうか。」
ネモの右手が青く、左手が赤く光り始めた。
「これは魔力と闘気を同時に練っているのでしょうか?」
「正解、そう普通は同時に扱えない魔力と闘気を同時に纏っているのさ。
普通は同時に扱えないとは言ったけどただ難しいだけであって、こんな感じで実現は可能だよ。
右手と左手で違うことをしろって言ってもすぐには難しいし、まずは魔力と闘気を交互に練る練習から始めようか。」
アルクスにとってネモが見せたことはとんでもなくあまり現実感がなかったが、それを自分にも実現しろと言う。ネモに会ってから自分の狭かった世界が変わり続けていることに目が回る思いであったが、嫌な気はしなかった。
「先生の言うとおりにしていればできないことはないはず」という確信が既にアルクスの中で生まれていた。
そうしてアルクスは学園入学に向けて訓練の日々に明け暮れることとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜クレメンテクスの自室にて
「アルクスの具合はどうだ?」
「この年齢にしては飲み込みも早く、順調です。むしろ成長が早いくらいです。血は争えないですね。」
「そうか、それは良かった。君のおかげで学園への進学も決断できたしな。あいつが小さい時に母親がいなくなってからは、ウィルに甘えてばかりで劣等感も持っている様子だったからな。ルーナの前でだけは立派な兄として振る舞っているみたいだが。
兄と比較せずに自分の道を見つけてくれると良いが。」
「そうですね、彼ならウィル君にも劣らない実績を出してくれますよ。ただ…」
「ん、何かあるのか?」
「いえ、何でもないです。頑張り過ぎて体を壊さない様にみてあげてください。」
「うむ、気をつけるとしよう。君にも助けられるよ。10年前、魔獣の侵攻により甚大な被害を負っていた、王都の復興にも尽力してもらったし、教会としても何かしらの位を授けてはどうかという話も挙がっている。」
「過分なご評価をいただき光栄ではありますが、辞退させていただければと思います。」
「相変わらず欲が無いな。」
「あとアルクス君が学園に入学して1年したら、王国を出ようと思います。」
「そうか、もうそんなに経つのか。で、目処は立ったのかい?」
「はい、お世話になったにも関わらず申し訳ありません。」
「いや、アルクスも選別の儀さえ終われば、どこに進むことになろうと忙しくなるだろう。今のうちに多くを教えておいてもらえると助かる。」
「かしこまりました、では私はこれで。」
「あぁ。ありがとう、引き続き宜しく頼む。」
そうしてネモは退室して行った。
「過度な期待は失望した時に破滅を招くから、受け皿を用意しておいてあげないと。」
口元に不吉な笑みを湛えながら。
アルクスはネモに前回の勉強会で生じた疑問を質問した。
「ほぉ、そこに興味を持つなんてなかなか良い着眼点だね。どうしてそこに興味を持ったのかな?」
「先日の勉強会で世界の歴史を教えていて、三大国家ができる前は国があったのかとか神々はそれまで何をしていたのかとか質問に答えられなくて…」
ネモは少し考える様子を見せた。
「そうだね、教えてあげたいところだけど、教えて良いことと教えてあげられないことがあるんだよね。今の君にはまだ教えることができることは少ないかな。
うーん…そうだ!これから定期的に僕が教えてきたことの試験をしよう。それで合格できたら教えられることを一つずつ教えてあげるよ。どうかな?」
アルクスはちょっとした疑問のつもりだったが、ネモが簡単に答えられないとなると教会が隠蔽しているのではないかという疑念が湧いてきた。しかしながら、試験に合格すれば教えてもらえるものもあるということで、断る理由はなかった。
「わかりました!自分の実力を試す機会にもなると思いますし、挑戦します!」
「お、それは良かった。じゃあ次回の試験は簡単なところから、瞑想を1時間続けるってところでどうかな?」
「それなら今の僕でもなんとかなりますね!」
「良かった、もちろん僕も色々と妨害するけどね。じゃあ次回はそれで!」
「えっ!?」
アルクスは想像していたものよりも簡単な試験だと思ったが、妨害されるのは想定外だった。
この後、半年近くかけてほんの数回しか試験に合格することはできず、日を追うごとに増えていく疑問の多くを教えてもらうことが出来ずに今後へとと持ち越すことになった。
その後アルクスによる勉強会では
・魔力と魔術:入門編
・世界の地理と経済
・王国内の各領地の話
・創造神の教え
・他国の文化と宗教
・基礎算術
・古典文学
・蒼天十二将
などアルクスがネモから習ったことや自分で調べたことを少しずつ教えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして年が暮れる頃
「もうすぐ今年もお終いね!アルクス君のおかげでとっても賢くなった気がするわ、これでお姉ちゃんにも馬鹿にされないですむわ!」
「あぁ、俺なんか父上に驚かれたぜ!母上とじいやなんて泣いて喜んでた!」
リディとヘレナは自分達がどれだけ成長したかを熱く語っていた。
「それは良かった。2人に教えることで僕も勉強になったからね。」
「アルクス君は私達以上に勉強していたもんね。来年には学園での生活が始まるのかぁ~、楽しみだわ!」
「そうだな!勉強ばかりじゃなくて早く体を動かしたいぜ!」
アルクスは2人が入る予定の王立学園ではなく庶民向けの学園に入ることを考えていたが、2人に教えることが楽しく、2人とこの先も一緒にいたいという思いも強くなり悩んでいた。
「どうしたの?」
アルクスが考え事をしていると、急にヘレナに覗き込まれた。
「おい、ちょっと近すぎるぞ、離れろよ!」
急にリディがヘレナを引き剥がしてきた。
「痛っ、急に何するのよ!」
「なるほど。とったりしないから安心して。」
アルクスはリディのヘレナに対する想いを理解してニヤニヤしながら答える。
「勉強では世話になったが、お前には負けないからな!」
余裕を見せられてムキになったのか、リディはアルクスへの対抗意識を燃やしていた。
「これだけ教わっておいてアルクス君に勝つなんて、無理なんじゃないかしら。力比べとかだったらなんとかなるかしら。」
ヘレナはまだリディの想いに気づいてはいない様子だった。
「違う!そういう意味じゃなくて…」
「なら、どういうことよ!」
いつもの口論が始まってしまった。
アルクスは喧嘩するほど仲が良いとはこういうことかと2人を見守りつつ、口元に笑みが漏れていた。
兄と比較されたとしても2人と一緒なら頑張れる気がすると思い、自分の決意を固めていた。
翌日
「先生、僕やっぱり王立学園に進学することにしました。」
「それは良かった!アルクス君ならそう言うと思っていたよ。じゃあこれからが僕の本領発揮というところだね。」
「え、どういうことですか?」
アルクスが自分の決意をネモに伝えると、思ってもいなかった返答が返ってきた。
「実はクレメンテクスさんから君を王立学園に入学する決意をさせることを第1の課題として与えられていたんだよ。でも君は王立学園に入学することに戸惑っていたからどうしたものかと思っていたんだよ。」
「先生は特に王立学園への入学を強要したりしませんでしたよね?」
「そりゃあ、本人の願いと違うことを強要したところで成長は望めないからね。やりたいことに120%注力してこそ成長が見込めるというものだよ。」
アルクスは父が自分の心情を見抜いていたこと、ネモが無理強いをせずに見守ってくれていたことに驚きと共に感謝の気持ちを覚えた。
「父さんには全部お見通しだったんですね…」
「そうだね、クレメンテクスさんはあれで人のことをよく見ているよ。思ったことを伝えるのは苦手だけどね。アルクス君が周囲からの期待に潰れないかも心配していたけれど、乗り越えられると信じていたよ。だって君、色々教えてきたけど全然諦めるってことしないからね。ウィル君ですらものによっては諦めたんだよ。」
「兄様でも諦めることがあるんだ…」
完璧超人だと思っていた兄の意外な側面は頑なだったアルクスの心に一石を投じた。
「諦めずに続ける子は成長が早い子に中々追いつけないけれど、先を行っている相手が立ち止まった後に追い越すことも多いからね。」
「僕もそうなれるでしょうか?」
「それは君次第だね。本当にそれが君の願いなのであれば、諦めずに頑張れば成長は間違いないよ。なんて言ったってウィル君に教えていたこの僕が教えることだしね。
さて、では王立学園の入学試験に向けてより一層の勉強をすることにしよう。僕としてはウィル君に続いて主席合格を目指してもらわないとね。」
「はい、頑張ります!」
そうして本格的な怒濤の勉強が始まった。
葛藤がなくなったアルクスは以前以上にやる気を出し、数ヶ月集中して勉強した後、見事入学試験には合格した。
「さて、まずは合格おめでとう。アルクス君が勉強を教えている、リディ君とヘレナさんも合格したみたいだね。」
「え、なんでリディとヘレナのことをご存じなんですか?」
「まぁ、教会の情報網はそれだけすごいってことさ。アルクス君には教育者の才能があるのかもしれないね。いずれ興味があったら秘訣を教えてあげるよ!
さて、これから王立学園の入学までは学問の比重を減らして、より実践的なことを中心に教えることにするよ。」
アルクスはいきなり教育者と言われても想像がつかなかったが、リディとヘレナが合格したことに素直に喜んでいた。
「座学はお終いということでしょうか?」
「そうだね、君は自分でも率先して勉強しているし、王立学園レベルであれば実はもう教えることはないかな。でも、まだ僕の試験を合格したら色々な質問に答えてあげるよ。」
ネモからの試験にあまり合格できていないアルクスとしては、入学までになんとしても合格したいと思っていた。
「そろそろ闘気を使いこなせるようになってもらわないと行けないしね。闘気はどれくらい維持できるようになったかな?」
「そうですね、いつも寝る前に集中して大体30分くらいでしょうか。いつも気絶してそのまま寝てしまっているので詳細はわからないですが…」
「アルクス君の年齢でそれだけできていれば上出来だよ。じゃあ次のステップに進んでみようか。この魔石と闘玉が訓練の肝だ。」
ネモは透きとおった2色の玉を2つ取り出した。
「魔石のことは知っていると思うけど、これはなかなか手に入らないの最上級の品質のものだよ。そして、闘玉はおそらくほとんどの人が知らないと思う。
闘気を扱える魔物の体内で出来上がる魔石の様なものだと思ってくれればいいよ。
とりあえず両手に持ってごらん」
アルクスは言われた通りに、右手に魔石を左手に闘玉を持ってみた。
ずしっと言う見た目からは想像できない重さがあった。
「お、重い...あ、でもなんだか温かくて、じわりと伝わってくるものがあります。」
「そう、それが魔力と闘気を感じるということだよ。普通それだけの魔力・闘気を扱える様になるには何年もの修行、そして才能が必要だけれど感覚を掴むにはこれが良い方法なんだ。」
「ハァ、ハァ...でもなんだか体に力が入らなくなってきました...」
アルクスは1分と経たずにうずくまってしまった。
「自分の扱える以上の魔力・闘気に触れたからだね。強者の威圧で圧倒されるのと似た感覚だよ。では座ったままでいいから魔力を、できれば闘気も練ってごらん。」
アルクスはネモは無茶言うなと思いつつも、呼吸を整えてまずは魔力を練り、次第にうっすらと光が漏れ出した。
「良い調子だ、瞑想を頑張っている証拠だね。ではそこから闘気を練ってみよう。体に力が入っていない今だからこそ、ウィスを闘気だけに向けやすいはずだよ。」
アルクスはいつもの訓練を思い出し、自分の臍の辺りに向けてウィスを集中した。
「うん、ちゃんと闘気が練れている様子だね。青みがかった光が出ているのがその証拠だよ。」
ネモの言葉にアルクスが目を開けてみると一瞬青い光が見えたものの、すぐに消えてしまった。
「まだ集中が切れるとすぐに解けてしまうみたいだね。感覚はなんとなくわかっているかな?」
「はい、以前教わったように臍のあたりにウィスを集める様な感覚でやっています。」
アルクスは日頃の瞑想で体内の魔力やウィスの流れを感じ取ることが出来ていな。
「そう、アルクス君は成長が早くて助かるね。何年やっても感覚が掴めない人はいるんだよ。さて、魔力と闘気を練ってみてどうだった?」
「いつもと違ってなんだか自分の力ではないような、自分の外側と一体になるような感覚がありました。」
「そうだね、それは自然のウィスも一緒に取り込んでいるということだよ。今ここにある魔石と闘玉から漏れ出たエレメントとウィスのおかげだ。」
ここで、アルクスは疑問に思ったことがあった、ウィスとは体内を流れる力ではないのかと。
「先生、ウィスは体内にあるものではないのでしょうか?自然のウィスとは一体…」
「そうか、まだ説明していなかったね。空気中にはエレメントと同様にウィスが溢れている。それは基本的には動物や植物などの生きている者から溢れ出た物なんだよ。もちろん僕やアルクス君からも出ているんだよ。」
そう言うとネモは自分の体から漏れ出るウィスが見えるように力を込めた。
「す、すごい…」
「普通はこんなことはしないけれど、わかりやすくしてみたよ。自分以外の生き物のウィスを感じ取ることができるようになると索敵とか目に見えない敵とかを感じることができるよ。対策としてはこんな感じで隠すことかな。」
今度はネモの存在感が薄くなったように感じられた。
「闘気の運用ができるようになるとこの辺りは使いこなせるようになっていくよ。あとは感覚がつかめてきたら体内のウィスだけでなく、自然のウィスも使うことで効率的な運用が可能になるよ。
そういえばアルクス君はまだウィスが枯渇して気絶しているかな?」
「はい、以前よりは少しは気絶までの時間は伸びたと思うのですが、気付いたら気を失っています…」
「そうだね、なんとなく感覚もわかっただろうし空気中のエレメントを取り込む際に一緒にウィスも取り込むように意識してみると良いよ。あとは部屋に草花を置いてみたりね。
さてウィスの話はこれくらいにしておいて、まずは君が目指す到達地点を見てもらおうか。」
ネモの右手が青く、左手が赤く光り始めた。
「これは魔力と闘気を同時に練っているのでしょうか?」
「正解、そう普通は同時に扱えない魔力と闘気を同時に纏っているのさ。
普通は同時に扱えないとは言ったけどただ難しいだけであって、こんな感じで実現は可能だよ。
右手と左手で違うことをしろって言ってもすぐには難しいし、まずは魔力と闘気を交互に練る練習から始めようか。」
アルクスにとってネモが見せたことはとんでもなくあまり現実感がなかったが、それを自分にも実現しろと言う。ネモに会ってから自分の狭かった世界が変わり続けていることに目が回る思いであったが、嫌な気はしなかった。
「先生の言うとおりにしていればできないことはないはず」という確信が既にアルクスの中で生まれていた。
そうしてアルクスは学園入学に向けて訓練の日々に明け暮れることとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜クレメンテクスの自室にて
「アルクスの具合はどうだ?」
「この年齢にしては飲み込みも早く、順調です。むしろ成長が早いくらいです。血は争えないですね。」
「そうか、それは良かった。君のおかげで学園への進学も決断できたしな。あいつが小さい時に母親がいなくなってからは、ウィルに甘えてばかりで劣等感も持っている様子だったからな。ルーナの前でだけは立派な兄として振る舞っているみたいだが。
兄と比較せずに自分の道を見つけてくれると良いが。」
「そうですね、彼ならウィル君にも劣らない実績を出してくれますよ。ただ…」
「ん、何かあるのか?」
「いえ、何でもないです。頑張り過ぎて体を壊さない様にみてあげてください。」
「うむ、気をつけるとしよう。君にも助けられるよ。10年前、魔獣の侵攻により甚大な被害を負っていた、王都の復興にも尽力してもらったし、教会としても何かしらの位を授けてはどうかという話も挙がっている。」
「過分なご評価をいただき光栄ではありますが、辞退させていただければと思います。」
「相変わらず欲が無いな。」
「あとアルクス君が学園に入学して1年したら、王国を出ようと思います。」
「そうか、もうそんなに経つのか。で、目処は立ったのかい?」
「はい、お世話になったにも関わらず申し訳ありません。」
「いや、アルクスも選別の儀さえ終われば、どこに進むことになろうと忙しくなるだろう。今のうちに多くを教えておいてもらえると助かる。」
「かしこまりました、では私はこれで。」
「あぁ。ありがとう、引き続き宜しく頼む。」
そうしてネモは退室して行った。
「過度な期待は失望した時に破滅を招くから、受け皿を用意しておいてあげないと。」
口元に不吉な笑みを湛えながら。
0
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
異世界は獣人の国!?番に求められて逆ハー状態!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界に入ってしまった主人公『ルア』。本名は『弓波紫月(ゆみなみしづき)』。男は獣人、女は人間の世界に入り込んだ彼女は前の世界のしがらみから解き放たれ、自由に暮らすことを決めた。日々暮らしていけるだけのお金を稼ぎ、やりたいことをする生活を過ごすうちに、あるきっかけで国の揉め事に巻き込まれていく。そこで獣人たちが『番』を求める理由を知って・・・・
「俺の番になって欲しい。」
そんな言葉をあちこちから言われて困るルア。ただ一人しか選ぶことができない番を、ルアは誰を選ぶのか。
※お話は全て想像の世界です。現実とは何の関係もありません。(できれば異世界に行ってみたいです。)
※誤字脱字があると思います。なるだけ無いようにチェックはしてるつもりですが思い込みでスルーしてしまってる部分があると思います。(よければスルーしてください。)
※メンタルが薄い薄い氷でできてるため、ほんの少しの衝撃(暴言)で粉々になりますのでコメントはオフにしてあります。すみません。
※コンテスト用に書き始めてるので貯文字が全くありません。完結までは持っていけると思いますが、いつものように毎日公開は難しいかもしれません。すみません。
いつも読んでくださってる方々、本当にありがとうございます。
それではレッツゴー。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる