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30:俗世的に言わなくとも。

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 バルコニーに通じるドアと窓の全てを施錠し直しました。
 着替えた後、ザラに化粧をしてもらいながら、バルコニーから不審者が侵入してくる可能性について話し合いました。

「殿下は鍵を持っておいでなので」
「内側からしか開かない鍵を増設するよう手配してちょうだい」
「……かしこまりました」

 着替えて少しゆっくりとしていると、セオドリック殿下がバルコニーから戻って来られました。

 ――――ちっ。

 なんの迷いもなく鍵を使いましたわね。

「令嬢が舌打ちするな」
「小鳥の囀りですわ」
「……お、おぉ」
 
 それにしても……。
 今日から休暇だとか仰られていたのに、いつもの黒い軍服にマントとガントレットというフル装備です。

「……」
「なんだ?」
「今日から休暇なのですわよね?」
「そうだが?」

 何でしょうか、なーんか脳裏にかすめる何かが……。

「あー。何着たらいいか分からなくて、休みの日も背広で出掛けてしまうお父さんだ」

 ふと、前世の父親の事を思い出して、ぽろりと口から溢れてしまいました。

「せびろ? 義父上?」
「あ、いえ。何を着たらいいのかわからなすぎて、休みなのに制服や仕事着で出掛けてしまう殿方がいるそうですわ」
「……」

 慌てて発言を取り繕っていましたら、セオドリック殿下のお顔が真っ赤になっていました。

「もしや……そうなのですか? それ、制服のつもりだったのですか? 私服で何着たらいいのか分からないのですか?」
「うっ、煩いっ! お前は何でもかんでも口に出し過ぎだぞ! 妃教育で何を学んでいるのだ!」
「うふふ。申し訳ございません?」

 真っ赤なお顔のセオドリック殿下がちょっと可愛くてドキリとしてしまいましたが、胸のときめきを誤魔化したくてついつい軽口を叩いてしまいます。

「まったく……。まぁいい、朝食を食べたら少し話したい」
「……承知しました」

 セオドリック殿下が急に真面目な顔をされてそんな事を言われるものだから、何となく嫌な予感がして、とても美味しそうな朝食のはずなのに、あまり味がしませんでした。



 ソファの向かい側を勧めたのに横にベッタリとくっ付いて座るセオドリック殿下を睨みつつ、なんのお話をされるのかとドキドキとしていました。

によるとだな、共に愛を囁き、共に生きると誓い合ったデウスとデアは、デートというものを重ね、さらなる高みを目指すのであろう?」
「……」

 取り敢えず、朝食の味を返して欲しいです。

「我等はそういった事をせずに高みへと昇ってしまったであろう?」
「……すみません、その『高み』とはどちらの山でしょうか? 私、殿下と登山した覚えはございませんが」
「我も無いわ! そういう事では無い!」

 ――――まぁ、解っていますけど。

「初歩的な『お付き合い』の前に婚約者となってしまったから、殿下の休暇中にソレをして仲を深めたい、と?」
「俗世的に言うなれば、そうだ」

 俗世的も何も、そういう事でしょうよ、とか言ったところで、どうせ暖簾に腕押しな事は解りきっています。
 となると、やる事はひとつですわね。
 入口ドアの横で空気になっていたリジーに声を掛けました。

「リジー、外に護衛の騎士はいるかしら?」
「はい」
「殿下の回収をお願いして。あと、お熱があるようなので、私室に数日閉じ込めておくようにと伝えてちょうだい」
「なんでそうなるのだ!」
「え? だって、熱で妄想と現実の区別がつかなくなっていらっしゃいますもの」

 セオドリック殿下に憐憫の眼差しを向けましたら、殿下の額にビキビキと青筋が浮き出ました。

「リジー、外に控えておけ」
「……かしこまりました」

 リジーがちょっと迷いつつも部屋から出て行ってしまいました。酷いです、見捨てられてしまいました。
 リジーの背を恨みがましく見つめていましたら、トサリとソファに押し倒され、また殿下の見目麗しいお顔が近付いて来ました。
 ふにゅりと重なり合った殿下の唇の柔らかさと温かさが伝わって来ます。
 次第に深いキスになり、殿下の胸を叩いて息苦しいと伝えましたが、なかなか止めては下さいませんでした。

「ん……でんっ、か……」
「……ふぅ。部屋に籠もり、赤き果実の全身に我がカーリタースを刻み込むのも悪くはないかもな」
「みっ、未婚の男女がしていい事ではございませんっっ!」

 そりゃ、前世では経験済みでしたし、色々と知っていますが、今世ではもちろんまだ未体験ですし、そもそも初夜に……というのがこの国の慣わしです。

「ハァ…………どれだけ古い閨教育を受けたのだ」

 セオドリック殿下が何故かガックリと項垂れて、私の首筋に顔を寄せられました。

「殿下、重たいです」
「……ならば我の上に乗れ」
「…………」

 何言ってんだコイツ、という私の無言の圧を無視し、セオドリック殿下は起き上がり、私を抱えると膝の上に座らせました。
 殿下に背中を預けるようにして。

「……」

 いえ、別に? そこは向かい合わせじゃないのかとか思ってはいませんよ?


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