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6:仔ケルベロス
しおりを挟むセオドリック殿下が小さな友達……ゲフンゲフン。
小さな仔犬を下僕にすると決められてから二ヶ月ほど経ったある日、妃教育の始まる前に王城の執事から手紙を受け取りました。
……手紙というよりはある種の召喚状でしたが。
『赤き果実よ、契約に則り、我が安息の地に姿を現すのだ! 我は心が広い、出現は午後一時まで待ってやろう』
(意訳:ミラベル嬢、今日のお茶会は私室で行いたいと思います。時間はいつものとおり、妃教育を終えた後の午後一時で構いません)
今日は殿下の私室でお茶会ですか。
そういえば、そろそろ例の友……下僕が来る時期でしたわね。
セオドリック殿下の私室を訪問するのは初めてなので少しドキドキとしていました。色んな意味で。
だって、何かよく解らない物がありそうなんですもの。
変な銅像とか、アーティファクトとか言う名のガラクタとか、変な絵画とか!
殿下の部屋に近付くにつれ、甲高い動物の鳴き声と、最近低くなりつつあるセオドリック殿下の叫び声が漏れ聞こえて来ました。
「くっ、我に従うのだ! お前にはもう自由は無いのだ! くっ……これ以上逆らうのであれば……その命、奪うまでだぁぁ!」
「殿下! 失礼いたします!」
これはいけない! と思い、慌てて殿下の部屋に飛び込みました。
だって、『命を奪う』と言ったのですよ?
動物愛護法に違反するとか何とかよりも、普通に許せませんもの。動物、ペットは護るべきものです。飼い主が生から死まで全力で責任を持つべきなのです!
「……何をしていらっしゃいますの?」
勢い良く部屋に乱入しましたのに、思っていた状況と違いすぎて、目が点になってしまいました。
床にうつ伏せで転がり、背中に小さなドーベルマンを乗せ、後頭部をムシャムシャと食べられているセオドリック殿下に、ついつい呆れたような声で話し掛けてしまいました。
流石にこの歳でハゲたら可哀想なので、仔ドーベルマンの脇に手を入れ抱き上げて、殿下の救出を行いました。
「……契約魔法に不備があったようなのだ」
「…………へぇ」
「むっ! 信じておらぬな⁉ そやつは危険なケルベロスの子な…………」
セオドリック殿下がムクリと起き上がって、オッドアイの瞳を驚愕に染めていらっしゃいました。
「どうされました?」
「どどどどど、どうされただと⁉ 貴様ぁぁぁ! 新参の下僕の分際でっ、なっ何故に赤き果実を、なっ……なめなめなめっ、舐めっ」
「舐め舐め煩いですわよ」
「うっ、煩い言うな!」
どうやら殿下は、仔ドーベルマンが私の頬を舐めているのが気に入らないご様子です。
「犬の愛情表現ですわよ? 殿下も先程この子に舐めて頂いていましたわよね?」
まぁ、どちらかと言えばハムハムされていましたし、完全に上に乗ってマウント完了されてはいましたが、そこは触れないでおきましょう。
……面倒なので。
「そっ、そうか? なんだ、そやつなりに我にカーリタースを注いでいたのだな?」
「ええ、そうですわ!」
面倒なので、もうそれで良いですわ。
「ところで殿下、この子のお名前は決まりまして? えっと……男の子ですわね」
「なっ! なんと破廉恥な事を! 恥を知れぃ!」
仔犬のお股で性別を確認しましたら、破廉恥と言われました。
破廉恥……ちょっとダサ過ぎやしませんか? まぁ、ダサいと言うならば、殿下の言動全てがダサいですが。
あまりにもダサいうえに殿下のお顔が真っ赤過ぎて、変な風に笑いのツボが刺激されてしまいました。
「ふふふっ、破廉恥。んふふっ、あははっ! 性別確認しただけで、破廉恥! 殿下、どんだけピュアなんですか! うぷぷぷっ……顔っ、顔が真っ赤ですよっ」
「っ…………わっ、笑うな!」
「ふふっ、はい、申し訳ございません。ふふっ」
ツボとは一度刺激されるとなかなか元には戻りませんのね。終始小さな笑いの波が来て我慢するのが大変でした。
「ふう、それでお名前は?」
「るぷ――――」
「狼はいません」
「…………ノックス」
闇、ですか。
全身は黒い毛で覆われており、眉や口元などは白く、瞳は宝石のように輝く青色の仔犬。
確か、母ドーベルマンと父ハスキーのミックスでしたね。見た目はほとんどドーベルマンですが、瞳の色はハスキーらしい色をしています。
「ノックス、良い名前を頂きましたね。これからよろしくね」
ちゅ、とノックスの鼻にキスをすると、ノックスは大喜びで顔を舐めて来ました。
「んっ、ちょっと、んー! もう、舐めすぎですわよ! あはは、ノックスは甘えん坊ですわね」
ノックスの涎で顔がベチョベチョになってしまい、どうしようかと思っていましたら、セオドリック殿下がいつの間にか目の前に来ていました。真顔なのがちょっと怖いです。
「殿下? どうされました?」
「ノックス、お座り」
殿下が私からノックスを取り上げると床に下ろし、名前を呼んで座るようにと命令しました。
先程までノックスはやんちゃな仔犬だったのに、急に殿下の足元にちょこんと座り、静かに私達を見つめていました。
どうやら、きちんと訓練されていたようです。
「ほら、ミラベル、顔を拭くぞ」
「……へ?」
急にセオドリック殿下が私の名を呼び、顎に指をかけて上を向かせると、ポケットからチーフを取り出し、丁寧に私の顔を拭いて下さいました。
拭き終わると、ふわりと柔らかく花咲くように微笑まれました。
凄く、物凄く不服ですが、あまりにも王子様然としていて、少しドキッとしてしまいました。
「うむ。赤き果実よ、犬と戯れるのは構わぬが、もう少しお淑やかにせねば淑女として失格だぞ?」
前言撤回です!
激痛の走る厨二病言動をしている殿下にだけは言われたくありません。
そのまま金属バットで打ち返して差し上げますわっ!
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