上 下
6 / 196

6:仔ケルベロス

しおりを挟む



 セオドリック殿下が小さな友達……ゲフンゲフン。
 小さな仔犬を下僕しもべにすると決められてから二ヶ月ほど経ったある日、妃教育の始まる前に王城の執事から手紙を受け取りました。
 ……手紙というよりはある種の召喚状でしたが。

『赤き果実よ、契約に則り、我が安息の地に姿を現すのだ! 我は心が広い、出現は午後一時まで待ってやろう』

(意訳:ミラベル嬢、今日のお茶会は私室で行いたいと思います。時間はいつものとおり、妃教育を終えた後の午後一時で構いません)

 今日は殿下の私室でお茶会ですか。
 そういえば、そろそろ例の友……下僕が来る時期でしたわね。

 セオドリック殿下の私室を訪問するのは初めてなので少しドキドキとしていました。色んな意味で。
 だって、何かよく解らない物がありそうなんですもの。
 変な銅像とか、アーティファクトとか言う名のガラクタとか、変な絵画とか!

 殿下の部屋に近付くにつれ、甲高い動物の鳴き声と、最近低くなりつつあるセオドリック殿下の叫び声が漏れ聞こえて来ました。

「くっ、我に従うのだ! お前にはもう自由は無いのだ! くっ……これ以上逆らうのであれば……その命、奪うまでだぁぁ!」
「殿下! 失礼いたします!」

 これはいけない! と思い、慌てて殿下の部屋に飛び込みました。
 だって、『命を奪う』と言ったのですよ?
 動物愛護法に違反するとか何とかよりも、普通に許せませんもの。動物、ペットは護るべきものです。飼い主が生から死まで全力で責任を持つべきなのです!

「……何をしていらっしゃいますの?」

 勢い良く部屋に乱入しましたのに、思っていた状況と違いすぎて、目が点になってしまいました。
 床にうつ伏せで転がり、背中に小さなドーベルマンを乗せ、後頭部をムシャムシャと食べられているセオドリック殿下に、ついつい呆れたような声で話し掛けてしまいました。
 流石にこの歳でハゲたら可哀想なので、仔ドーベルマンの脇に手を入れ抱き上げて、殿下の救出を行いました。

「……契約魔法に不備があったようなのだ」
「…………へぇ」
「むっ! 信じておらぬな⁉ そやつは危険なケルベロスの子な…………」

 セオドリック殿下がムクリと起き上がって、オッドアイの瞳を驚愕に染めていらっしゃいました。

「どうされました?」
「どどどどど、どうされただと⁉ 貴様ぁぁぁ! 新参の下僕の分際でっ、なっ何故に赤き果実を、なっ……なめなめなめっ、舐めっ」
「舐め舐め煩いですわよ」
「うっ、煩い言うな!」

 どうやら殿下は、仔ドーベルマンが私の頬を舐めているのが気に入らないご様子です。

「犬の愛情表現ですわよ? 殿下も先程この子に舐めて頂いていましたわよね?」

 まぁ、どちらかと言えばハムハムされていましたし、完全に上に乗ってマウント完了されてはいましたが、そこは触れないでおきましょう。
 ……面倒なので。

「そっ、そうか? なんだ、そやつなりに我にカーリタースを注いでいたのだな?」
「ええ、そうですわ!」

 面倒なので、もうそれで良いですわ。

「ところで殿下、この子のお名前は決まりまして? えっと……男の子ですわね」
「なっ! なんと破廉恥な事を! 恥を知れぃ!」

 仔犬のお股で性別を確認しましたら、破廉恥と言われました。
 破廉恥……ちょっとダサ過ぎやしませんか? まぁ、ダサいと言うならば、殿下の言動全てがダサいですが。
 あまりにもダサいうえに殿下のお顔が真っ赤過ぎて、変な風に笑いのツボが刺激されてしまいました。

「ふふふっ、破廉恥。んふふっ、あははっ! 性別確認しただけで、破廉恥! 殿下、どんだけピュアなんですか! うぷぷぷっ……顔っ、顔が真っ赤ですよっ」
「っ…………わっ、笑うな!」
「ふふっ、はい、申し訳ございません。ふふっ」

 ツボとは一度刺激されるとなかなか元には戻りませんのね。終始小さな笑いの波が来て我慢するのが大変でした。

「ふう、それでお名前は?」
「るぷ――――」
「狼はいません」
「…………ノックス」

 闇、ですか。
 全身は黒い毛で覆われており、眉や口元などは白く、瞳は宝石のように輝く青色の仔犬。
 確か、母ドーベルマンと父ハスキーのミックスでしたね。見た目はほとんどドーベルマンですが、瞳の色はハスキーらしい色をしています。

「ノックス、良い名前を頂きましたね。これからよろしくね」

 ちゅ、とノックスの鼻にキスをすると、ノックスは大喜びで顔を舐めて来ました。

「んっ、ちょっと、んー! もう、舐めすぎですわよ! あはは、ノックスは甘えん坊ですわね」

 ノックスの涎で顔がベチョベチョになってしまい、どうしようかと思っていましたら、セオドリック殿下がいつの間にか目の前に来ていました。真顔なのがちょっと怖いです。

「殿下? どうされました?」
「ノックス、お座り」

 殿下が私からノックスを取り上げると床に下ろし、名前を呼んで座るようにと命令しました。
 先程までノックスはやんちゃな仔犬だったのに、急に殿下の足元にちょこんと座り、静かに私達を見つめていました。
 どうやら、きちんと訓練されていたようです。

「ほら、ミラベル、顔を拭くぞ」
「……へ?」

 急にセオドリック殿下が私の名を呼び、顎に指をかけて上を向かせると、ポケットからチーフを取り出し、丁寧に私の顔を拭いて下さいました。
 拭き終わると、ふわりと柔らかく花咲くように微笑まれました。
 凄く、物凄く不服ですが、あまりにも王子様然としていて、少しドキッとしてしまいました。

「うむ。赤き果実よ、犬と戯れるのは構わぬが、もう少しお淑やかにせねば淑女として失格だぞ?」

 前言撤回です!
 激痛の走る厨二病言動をしている殿下にだけは言われたくありません。
 そのまま金属バットで打ち返して差し上げますわっ!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

処理中です...