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番外編

出版記念 番外編 ハンスの誕生日

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ハンスの王太子教育も順調に進んでいる。今日も離宮に用意された椅子に腰掛け、休憩時間になるのを待っている。

ただ今日はいつもとは違う。

少し澄まし顔をしている私だけど、内心はドキドキしているの。

いつもは休憩時間より少しだけ早めに離宮に来る。ハンスの休憩時間はお兄様が教えてくれる。勉強の内容で前後するけど、それでもある程度は把握できるから。

でも、今日は朝から離宮に来ている。もちろんハンスには内緒で。お兄様に協力してもらい、こっそり離宮へ入ってきた。

私の誕生日をハンスが祝ってくれたように、私もハンスの誕生日を祝いたい。

あの幸せな十六歳の誕生日。ハンスの優しさに、心に、本当に幸せな誕生日を過ごせた。

だから私もハンスの十八歳の誕生日を心に残るような日にしたい。

いつものテーブルにレースのテーブルクロスを敷き、テーブルの真ん中には花を生けた花瓶を置いた。

「リシャ」

手を振って速歩きでこっちに向かってくるハンスに、私も手を振って答える。

「お待たせ」

「ううん、待ってないわ」

ハンスが椅子に腰掛けた。

「ハンス、十八歳の誕生日おめでとう」

私が微笑めば、ハンスは驚いた顔をした。

「え?知ってたの?」

「婚約者なのよ?知ってるわよ。私もハンスの誕生日を祝いたいの」

「ありがとうリシャ。……そっか、今日俺の誕生日だった。自分でも自分の誕生日を忘れてたくらいだよ」

ポリポリと頬をかき笑ったハンス。

自分の誕生日を忘れるくらいハンスの毎日はとても忙しい。王太子教育の勉強だけではなく、マナーやダンス、一通り習ったことをまた一から習っている。

「さあ休憩しましょ」

「ああ」

離宮のメイドが私達の座るテーブルにお茶を用意し、クッキーを並べた皿をテーブルの上に置いた。

これはいつもの光景。

ハンスは皿の上にのっているクッキーを一枚手に取り一口で食べた。

「疲れた時は甘いものが一番だ」

パクパクと食べるハンスを見てから、私も目の前に置かれたクッキーに手を伸ばす。

「美味しい?」

「うん、すごく美味しいよ」

ハンスはにこっと笑った。

「よかった」

「ん?」

「このクッキー、私が初めて作ったの」

作ったといっても、離宮の料理人達に手伝ってもらいながらだから、一人で作ったわけではない。

あらかじめ材料は準備してあり、私は言われた通りに材料を混ぜていくだけ。

「え?」

ハンスは驚いたように目を見開いた。

「ハンスの誕生日に何を贈ろうか考えていたの。ハンスは私に幸せな誕生日を贈ってくれたわ。だから私もハンスに幸せな誕生日を贈りたいと思ったの。心に残るような、何か特別なこと…」

私はハンスを見つめる。

「特別なことはなんだろうと考えていたら、何か作れたらいいなと思って。本当はケーキを作りたかったんだけど、失敗の少ないクッキーにしたの」

「リシャ……、ありがとう」

ハンスは感極まったように私の名を呼び、優しく笑った。

「ならもっと味わって食べないと。リシャが初めて作ったクッキーだ」

ハンスはクッキーを一枚手に取り、一口一口味わうように食べ始めた。

「うん、美味しい。ものすごく美味しい」

幸せそうに笑うハンスの顔を見ていると、私まで幸せな気持ちになる。

「リシャが作ったクッキーは俺が全部食べるから、みんなは食べないでね。みんなには別のクッキーを今度必ず用意するから」

ハンスは側に控えるメイドに言った。

「また作るわよ?」

「また作ったクッキーも俺が全部食べる。でも初めて作ったクッキーは今ある分だけだろ?」

美味しい美味しいとハンスはクッキーを食べた。

「あと、これ…」

私は刺繍したハンカチを手渡した。

本当は、剣や稽古の時に使う木刀を贈ろうと思ったの。でもお父様に止められた。騎士として育ったハンスには馴染みの刀屋があるだろうと。騎士は稽古で使う木刀も手に馴染んだ各々の物を使うらしい。

宝石も考えたの。

女性は宝石が何個あっても困らない。このドレスにはこの宝石、この場面ではこの宝石と、その時々で使い分ける。

でも男性は女性ほど使い分けはしない。

「俺の色とリシャの色」

ハンカチにはハンスの色のブルーとシルバー、私の色のグリーンとゴールドの糸を使って刺繍を刺した。

「大事に使わせてもらうよ」

ハンスはハンカチの刺繍を何度も撫でた。

それから私達は時間の許す限り離宮の庭を散歩した。

「ああ、幸せな時間はあっという間だ」

ハンスは名残惜しそうに私の手を離さない。

後ろにはハンスを迎えにきた侍従の姿。

「机の上にある花瓶、後で部屋に飾ってもらうように頼んでおくわ」

「本当だ、花が飾ってある」

誕生日に貰った花束が嬉しくて私も贈りたいと思ったの。

花瓶には赤い薔薇の花が五本飾ってある。

「私の気持ち」

ハンスは赤い薔薇の花をじっと見つめた。

「俺もリシャと出会えて心から嬉しい」

ハンスは私を抱きしめた。

「リシャ」

耳元から聞こえるハンスの声に愛おしいと伝わった。

「ハンス、おめでとう」

私も愛おしいと伝わるようにハンスを抱きしめた。


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