蛙の子は蛙

アズやっこ

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前編

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『父上の女癖の悪さに母上はいつも泣いていた。俺は父上のような屑にはならない。

俺は父上のように誰も彼も愛せる男にはならない。俺は一人だけを一生愛す。俺が幸せにしたいのは君だけだ』

彼の婚約者になり、結婚式が1ヶ月後に迫った時に彼から言われた言葉。

彼の父親は社交でも有名な女たらし。

女なら誰でも口説くの?と思うほど、幼い子供から年配の方まで女性として扱う。口が上手いのか彼の父親と話している女性は決まって楽しそうに笑っている。

まるで恋する乙女のような顔で。

愛人だって切れたことがないと聞いたわ。あちらの方でも女性を満足させるって。まるで宝物のように優しく体を触り、全身に口付けを落とす。可愛い綺麗だ、そう言葉を掛け続け、そしてその瞳に囚われると。

自分の欲を優先する男性が多いなか、女性の欲を優先しまるで自分が宝物のように思えると、ある社交で女性が言っていた。

『夫しか知らなかったからそんなものだと思っていたけど、彼と寝たらもう夫とはしたくなくなるわ。あまりに酷い仕打ちをされている気分になるの。自分本位で自分の欲だけに忠実でお金を払わなくていい都合のいい娼婦のようよ。自分の欲を吐き出したらそれで終わり。疲れたって隣で寝るのよ?意識のはっきりしている私は自分で体を拭いたわ。その時思ったの、私って何だろうって。何をやっているんだろうって。そしたらなぜか涙が流れたの。あぁ娼婦かって。

でも彼と寝たら自分は女性なんだって思わせてくれるの。同じ娼婦でも一番人気の娼婦のようよ。私と寝たいなら奉仕をしなさいって、そんな気分よ』

残念な事に彼の父親と体の関係を持った人は皆同じように言うわ。

一夜限りで良いからもう一度夢を見たいって。

でも彼は言っていたわ。女性の残り香が残る父親が嫌いだって。鼻につく香水の匂いに吐き気がするって。いつも女性と体を寄せている父親を心底嫌悪するって。

『俺はあんな屑を父親だとは認めない』

結婚式にも呼ばないって。

『母上も早く離縁すればいいのに。あんな男にいつまでも苦しめられる必要なんてない。あんな男の為に涙を流す必要なんてない。早くあんな男追い出せばいい』

声を荒げて貴方はいつも言っていた。

それでも貴方の母親は離縁はしない。今も父親の女性関係で苦しみ泣いている。

『彼を愛しているの。それに彼は必ず私のもとに帰ってくるわ。彼が愛しているのは私だけ。ただ彼はまだ遊びたいだけなの』

母親は今も夫の帰りを家で待っている。他の女性を抱いた後に、他の女性の匂いを纏い、愛する妻のもとに?帰ってくる。

その日のうちか、何日後か、それはその時々ではあるけど。

父親と彼は違う。父親が女たらしだからその息子まで女たらしではない。父親を反面教師にして彼は誠実な人だった。

だったの。本当に。

母親譲りの美形で、父親譲りの社交性もあった。父親の事でからかう人もいたわ。嫌味だって言われた。あれだけ忌み嫌っていても、彼は反論せず受け流していた。

結婚し息子が生まれ娘が生まれ、私は幸せだった。彼は家族を大切にしてくれた。息子と遊び、娘には甘い、そんなどこにでもいる父親。子供が生まれても二人で色々出掛けたわ。

結婚を機に侯爵当主になり、母親の為に離れを建て、父親を追い出した。母親は頑なに離縁を嫌がった。だから別居という形にしたわ。時々ふらっと離れに帰ってくる父親の姿を見かけた。

彼は息子にも娘にも『おじいちゃま』とは呼ばせなかった。『あれは知らない男だから近づいたら駄目だ』そう言った。

順調だったの。夫婦仲も良かった。息子と娘もそれは大切にしていた。

でもいつからか帰りが遅くなった。

今までも誘われてサロンへ行く事はあった。男性の社交場でお酒を飲みながら情報を得る場だから。

女性がお茶会を開き集まるように、男性はサロンで集まる。お父様も度々サロンへ足を運んだ。そこで新たな取引も繋げてきた事もある。夜遅く帰ってくる事もあった。

だから多少遅くても気にはしていなかった。

サロンへ行った日はお酒の匂いを纏っていたし、お父様から香った香の匂いと同じだったから。

それがお酒の匂いとは別に女性が好む香の匂いが鼻をくすぐった。

疑いたくない。

そうよ、たまたまよ、たまたま。たまたま誰かが女性を伴っていてその人の香が彼の服についただけ。

そう何度も自分に言い聞かせたわ。

だって次の日もいつものように『頭が痛い』って私に甘えてきたもの。『昨日は飲みすぎた』そう言って私の膝に頭を乗せていたもの。

甘えるように私の膝に頭を乗せた貴方は幸せそうな顔をしていたわ。

『サロンへ行ってくる』そう言う日が多くなった。そして決まって同じ匂いを纏って帰ってくる。夜遅くなり明け方になり、そしてサロンへ行かない時でも同じ匂いを纏うようになった。



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