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「寝れないかもしれないけど、今は何も考えずに目を瞑りなさい」

私は隣で横になるダニエル君に優しい口調で言った。

いつものように夕方になればダニエル君を迎えにくると思っていた。

でも、元奥様は迎えにこなかった。

ラウル様もさっきまで一緒に待っていた。

和やかな夕食など過ごせるわけもない。お父様達とは別の部屋で私達は夕食を済ませた。黙々と食べ続ける私とラウル様。ダニエル君は終始俯き、一口も食べなかった。

辺りが暗闇に包まれても元奥様は迎えにくることはなかった。

いくらお父様が居ると言っても、ラウル様がこのまま泊まることはできない。宿屋に帰るにしても夜更けでは危険。

これはつい先程のこと。

「この子は俺が連れて帰る。これ以上お義父上にもセレナにも迷惑かけるわけにはいかない。仕方がない、今日だけ侯爵家のメイドに預ける」

「それではラウル様がこの子を認めたことになってしまいます」

「だが」

「ラウル様自らこの子を私の元から侯爵家へ連れて帰った、元奥様はどう思うでしょう。ラウル様の気持ちは分かります。父や私に、リブ子爵家にこれ以上迷惑をかけられない、離縁したとはいえ以前は貴方の妻なのですから。ですが、元奥様は必ずここへダニエル君を迎えにきます。その時ダニエル君が侯爵家へ帰ったと分かれば、きっと彼女は勝ち誇った顔をするでしょう。ラウル様だけでなく侯爵家もダニエル君はラウル様の子供の可能性が高い、そう認めたと。ダニエル君は私に任せてください」

ラウル様も納得し、宿屋に帰っていった。

部屋に残った私とダニエル君。レイラは「私の部屋で寝かせます」そう言ってダニエル君を連れていこうとした。でもその時、ダニエル君は私のスカートをぎゅっと握り首を横に振った。

今にも泣きそうな顔で私を見つめたダニエル君。

私が「今日はここで寝かせるわ」と言うと、レイラは私室へ帰っていった。

不安そうな顔をしているダニエル君に「朝には迎えにくるわ」そんな希望をもたせるような言葉をかけることはできない。

もし、朝になっても迎えにこなければ?

もし、このまま迎えにこなければ?

不安を和らげる言葉だと分かっていても無責任な言葉はかけられない。

彼女の真意は分からない。今、何をしているのかさえ。

でもこれだけは言える。ラウル様がダニエル君を連れて歩けば、ダニエル君を息子だと認めていると言ったも同然。

寝息をたてるまだ幼い子。

自分の子供を捨てるような母親だとは思いたくない。

明日には必ず迎えにくる。

こんな可愛らしい子を、捨てるような母親ではないと願い望んだ。

それでも私の願いは叶わなかった。

次の日になっても、元奥様は迎えにこなかった。

元々言葉を発することはなかったダニエル君だったけど、それでも表情はまだ豊かだった。それが今は愛想笑いすらできなくなってしまった。

日に日に表情がなくなるダニエル君。そんなダニエル君を私は抱きしめるしかできなかった。

貴方はまだ幼いの。だから我儘だって言っていいのよ?癇癪だって起こしていいの。どうして僕を迎えにこないの?僕を愛していないの?僕が可愛くないの?貴方の母親ではないけど、その思いを私が受け止めてあげる。だから自分の心にしまわないで。自分一人で耐えないで。そう何度も言おうと思った。

ラウル様の子ではないけど、もうラウル様の子として私が育てていけばいい、そうとも思った。

我が子を捨てる母親より、私の方が愛情を注いであげられる。

ダニエル君だけ引き取り、元奥様には念書でも書かせればいい。今後一切この子にも侯爵家にも近寄るなと。もしお金を要求するのなら、お父様にお金を借りてでも、それでも足りなければ頭を下げてお金を借りる。

そう思うくらいにはダニエル君を愛しく思う。

この無表情の幼子を、どこか諦めきったこの幼子を、どうしてこれ以上苦しめられるの?

私は決意した。

この子を育てようと。

コンコン

「セレナ少しいいか」

「ええ入って」

私の私室の扉を開けて入ってきた。

「ショーンどうしたの?」

ショーンの視線は私の隣に座るダニエル君に向かっている。

「この子か…」

ショーンはぼそっとつぶやいた。

ショーンの視線は睨むような、突き刺すような目で見ている。

私はダニエル君を隠すようにショーンの目の前に立った。

「何か用事?」

「セレナ分かるだろ」

ええ、分かるわ。貴方が何を言いたいのか手に取るように分かる。

「ああ!そうね。まだ言ってなかったわね。おめでとうショーン、アニーと婚約したのよね?遅くなってごめんなさい」

私は笑顔でショーンに言った。

「そうじゃないだろ」

「うぅん、なら、ついに社交界デビューしたこと?貴方ももう16歳になったものね。どうだった?やっぱり夜会は緊張した?私も来月には社交界デビューしたいんだけど、お父様が今はその時じゃないって言うの。でもやっぱり気になるじゃない?だからその時の為にも感想を聞きたいわ」

私はにこにことショーンに笑いかける。

「セレナ!」

ショーンの大きな声が、開いてる扉から屋敷中に響いた。



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