上 下
37 / 39

37

しおりを挟む

「セレナ入るぞ」

そう言って私の部屋の扉を開けて入ってきたラウル様。

「どうしてこの子がここにいる」

笑顔で入ってきたラウル様は一瞬で険しい顔になった。その声は低く怒っているように聞こえた。

ビクっと体に力が入ったダニエル君。

「ラウル様、相手は幼い子供です。それでは怯えてしまいます」

「だが!」

私はレイラを呼びダニエル君を任せた。ダニエル君を連れて出ていったレイラを確認し、私はラウル様をソファーへ促した。

「どういうことだ」

「ラウル様、先程のダニエル君の顔を見ましたか?怯え、ラウル様の顔を見て俯きました。そして不安そうな顔をして私を見つめました。まるで「ごめんなさい」そう謝るように。……まだあの子は3歳です」

私は向かいに座るラウル様を見つめる。

「自分が3歳の時、あんな常に大人の顔をうかがう子供だったのでしょうか。もっと自由に我儘に、きっと何も考えずに目の前のことを全力で楽しんでいたと思います」

ラウル様が怒るのも分かる。それはダニエル君に怒っているのではない。

「ロゼッタは何をしている」

「分かりません」

私にも分からない。息抜きと言っていたけど、どこで息抜きをしているのか私にはさっぱり見当がつかない。

「今、ラウル様のお父様と私の父でヒュース侯爵家に行っています」

ヒュース侯爵家とは元奥様のご実家。

「あの侯爵が娘と孫を引き取るとは到底考えられないが」

「ですが今は二人が帰ってくるのを待つしかありません。それより領地はどうでしたか?」

私は話を変えようとラウル様に微笑んだ。

今回ラウル様は領地で開催される収穫祭に当主代理として行っていた。毎年お義父様とお義母様で行っているらしい。でも今回は元奥様が侯爵家に滞在しているからお義父様が邸を留守にするわけにはいかないと、ラウル様が領地へ向かった。

一週間開催される収穫祭は領民達も楽しみにしていて、とても盛大な祭りだと聞いた。

ダフリー侯爵家は葡萄畑を所有しワインを作っている。

今回私も一緒に連れて行きたかったラウル様。それでもお父様の許可が出なかった。喩え婚約者だとしても、まだ婚姻前の男女が泊まりでの遠出は許可できないと。収穫祭を見てみたいと思ったけど結婚後の楽しみにしようと思う。

「収穫祭は楽しかったが、母上と一緒だったからな、終始険悪な空気だった」

「お義母様も一緒だったんですか?」

「ああ、父上が母上も連れて行けと言ったからな。母上とロゼッタを引き離す為だとはいえ、ただ疲れに行ったようなものだ」

相当大変だったみたいでラウル様は少しお疲れ気味みたい。

でも、だから元奥様は私の家にダニエル君を置いていったのね。自分を味方してくれるお義母様のいない侯爵家では元奥様も肩身が狭い。メイド達も当主のお義父様の命令に従う。ダニエル君の面倒を見てもらおうと当てにしていたメイド達は面倒をみてくれない。

だからといって私を当てにされても困るんだけど。

きっと侯爵家では良い母親を演じているのかもしれない。ダニエル君を可愛がり身の回りの世話をする。一人でも健気に頑張る姿を見せているのかもしれない。

でも四六時中一緒にいては疲れてしまう。だから息抜きが必要。

お母様だって私とアニーを産んで、メイド達に手を借りながら育てていた。

「それよりだ、ロゼッタは何を考えているんだ」

「ラウル様、一つお聞きしたいのですが、元奥様の幼馴染の男性は今はどこにいるのかご存知ですか?」

こう毎日毎日どこに出かけているのかと考えた時、幼馴染の男性の所だと思った。でもそれならダニエル君も一緒に連れて行けばいいのに、と。

「トーマスに調べてもらったが、やはりエディール国にいるそうだ」

トーマス様はラウル様のご友人。この前相談に行っていた。

元奥様はラウル様と離縁してから幼馴染の男性と他国で暮らしていた。演者になると劇団に入った幼馴染の男性は、その劇団の本拠地のエディール国に移り住んだ。そして今もエディール国で暮らしているとラウル様は言う。

「では元奥様は毎日どこに出かけているのでしょう」

「ロゼッタが毎日どこに行っているのか早急に調べる」

数日後には分かるだろう。

元奥様がどんな理由でこの国に帰ってきたのかは分からないけど、ダニエル君を連れて行けない所なのかしら。

それとも本当にただの息抜き?

向かいに座っていたラウル様は私の隣に座り、私の肩を抱き寄せた。

「領地に行っていたとはいえ、すまなかったセレナ」

私は顔を横に振った。

収穫祭は領民達にとって年に一度のお祭り。次期当主のラウル様が参加することに意義がある。

領地へ行っていたラウル様が悪いわけではない。

それでもこうしてラウル様に抱き寄せられると、安堵するかのように肩の力が抜けていくのが分かる。



しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

処理中です...