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「セレナ入るぞ」

そう言って私の部屋の扉を開けて入ってきたラウル様。

「どうしてこの子がここにいる」

笑顔で入ってきたラウル様は一瞬で険しい顔になった。その声は低く怒っているように聞こえた。

ビクっと体に力が入ったダニエル君。

「ラウル様、相手は幼い子供です。それでは怯えてしまいます」

「だが!」

私はレイラを呼びダニエル君を任せた。ダニエル君を連れて出ていったレイラを確認し、私はラウル様をソファーへ促した。

「どういうことだ」

「ラウル様、先程のダニエル君の顔を見ましたか?怯え、ラウル様の顔を見て俯きました。そして不安そうな顔をして私を見つめました。まるで「ごめんなさい」そう謝るように。……まだあの子は3歳です」

私は向かいに座るラウル様を見つめる。

「自分が3歳の時、あんな常に大人の顔をうかがう子供だったのでしょうか。もっと自由に我儘に、きっと何も考えずに目の前のことを全力で楽しんでいたと思います」

ラウル様が怒るのも分かる。それはダニエル君に怒っているのではない。

「ロゼッタは何をしている」

「分かりません」

私にも分からない。息抜きと言っていたけど、どこで息抜きをしているのか私にはさっぱり見当がつかない。

「今、ラウル様のお父様と私の父でヒュース侯爵家に行っています」

ヒュース侯爵家とは元奥様のご実家。

「あの侯爵が娘と孫を引き取るとは到底考えられないが」

「ですが今は二人が帰ってくるのを待つしかありません。それより領地はどうでしたか?」

私は話を変えようとラウル様に微笑んだ。

今回ラウル様は領地で開催される収穫祭に当主代理として行っていた。毎年お義父様とお義母様で行っているらしい。でも今回は元奥様が侯爵家に滞在しているからお義父様が邸を留守にするわけにはいかないと、ラウル様が領地へ向かった。

一週間開催される収穫祭は領民達も楽しみにしていて、とても盛大な祭りだと聞いた。

ダフリー侯爵家は葡萄畑を所有しワインを作っている。

今回私も一緒に連れて行きたかったラウル様。それでもお父様の許可が出なかった。喩え婚約者だとしても、まだ婚姻前の男女が泊まりでの遠出は許可できないと。収穫祭を見てみたいと思ったけど結婚後の楽しみにしようと思う。

「収穫祭は楽しかったが、母上と一緒だったからな、終始険悪な空気だった」

「お義母様も一緒だったんですか?」

「ああ、父上が母上も連れて行けと言ったからな。母上とロゼッタを引き離す為だとはいえ、ただ疲れに行ったようなものだ」

相当大変だったみたいでラウル様は少しお疲れ気味みたい。

でも、だから元奥様は私の家にダニエル君を置いていったのね。自分を味方してくれるお義母様のいない侯爵家では元奥様も肩身が狭い。メイド達も当主のお義父様の命令に従う。ダニエル君の面倒を見てもらおうと当てにしていたメイド達は面倒をみてくれない。

だからといって私を当てにされても困るんだけど。

きっと侯爵家では良い母親を演じているのかもしれない。ダニエル君を可愛がり身の回りの世話をする。一人でも健気に頑張る姿を見せているのかもしれない。

でも四六時中一緒にいては疲れてしまう。だから息抜きが必要。

お母様だって私とアニーを産んで、メイド達に手を借りながら育てていた。

「それよりだ、ロゼッタは何を考えているんだ」

「ラウル様、一つお聞きしたいのですが、元奥様の幼馴染の男性は今はどこにいるのかご存知ですか?」

こう毎日毎日どこに出かけているのかと考えた時、幼馴染の男性の所だと思った。でもそれならダニエル君も一緒に連れて行けばいいのに、と。

「トーマスに調べてもらったが、やはりエディール国にいるそうだ」

トーマス様はラウル様のご友人。この前相談に行っていた。

元奥様はラウル様と離縁してから幼馴染の男性と他国で暮らしていた。演者になると劇団に入った幼馴染の男性は、その劇団の本拠地のエディール国に移り住んだ。そして今もエディール国で暮らしているとラウル様は言う。

「では元奥様は毎日どこに出かけているのでしょう」

「ロゼッタが毎日どこに行っているのか早急に調べる」

数日後には分かるだろう。

元奥様がどんな理由でこの国に帰ってきたのかは分からないけど、ダニエル君を連れて行けない所なのかしら。

それとも本当にただの息抜き?

向かいに座っていたラウル様は私の隣に座り、私の肩を抱き寄せた。

「領地に行っていたとはいえ、すまなかったセレナ」

私は顔を横に振った。

収穫祭は領民達にとって年に一度のお祭り。次期当主のラウル様が参加することに意義がある。

領地へ行っていたラウル様が悪いわけではない。

それでもこうしてラウル様に抱き寄せられると、安堵するかのように肩の力が抜けていくのが分かる。



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