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しおりを挟むお父様もお母様も流石に常識がないとご立腹。でも今は目を瞑ってほしいと頼んである。
ある日、私はダニエル君を迎えにきた元奥様を呼び止めた。
「毎日どこに行っているんですか」
「どこだっていいでしょう。貴女には分からないかもしれないけど、育児って大変なの。私だって息抜きくらいしたいわよ」
「息抜きって…」
「それに貴女だって子育ての練習ができていいでしょう?あぁ、なんだったらこの子養子にする?」
「養子って貴女…」
何も話さなくてもダニエル君には聞こえている。どこまで理解しているかは分からないけど、まだ幼いダニエル君に聞かせる話ではない。
「もういいです」
元奥様は「ほら帰るわよ」と、ダニエル君の手を無理矢理引っ張り馬車に乗せた。
そんな姿を見ていたお父様は「可哀想に…」と目を瞑ってくれている。
子供には罪はない、そうは言っても、ラウル様の子供ではなくてもラウル様の元奥様が産んだ子。そこに何も思わないわけではなかった。
友人の子供なら可愛がった。他人の子供なら見て可愛いと思っただろう。
でもだんだん懐いてくるダニエル君を可愛いと思い始めているのも事実。
絵本を読んでいたらいつの間にか眠ってしまったダニエル君の頭を撫でる。ソファーに小さく丸まり寝ているダニエル君。私のスカートをぎゅっと握っている。
この子はまだ小さい子供。
元奥様に養子にするかと言われ、本当は一瞬迷った。この母親の元ではこの子は幸せになれない、そう思ったから。
でも、ダニエル君の幸せはダニエル君が決めること。どんな母親でもダニエル君の母親は彼女だけ。
それに、動物を育てるのとは違う。一人の人間を育てるのに、可哀想とか可愛いだけでは育てられない。それにそんな無責任なことはできない。
今私はお父様の庇護下で生活している。
ダニエル君を育てるのにかかるお金は?お父様に出してもらうの?
もしダニエル君を養子にしたとして、一生元奥様が私達の周りに居座ることになる。
それに、ラウル様がそれを許さない。
本当は突き放すべきだと分かってる。こうして構うべきではないと。
構うだけ構って、結局最後は突き放すのだから。この子にとって私は天使の皮を被った悪魔なんだと思う。
それでも玄関で立つダニエル君をそのまま立たせておくのも、自分が元奥様と同類だと思えて。喩え偽善だとしても見て見ぬふりをすることも放り出すことも、私にはできなかった。
それでも抵抗はしたの。侯爵家に比べれば子爵家の騎士は少ない。初めは侯爵家の紋章の馬車だからラウル様だと思って通したわ。でもそれは元奥様が乗っていた馬車だった。だから確認して通すように言ったの。騎士に止められた元奥様は今度はダニエル君だけ門の外に置き去りにしたわ。
馬車から下ろされたダニエル君はそのまま門の外で立っていたの。泣くでもなく入れてほしいと言うでもなく、ただ母親の乗った馬車が去っていった方をずっと見ていた。とっくに馬車なんて見えないのに、それでもずっと見ていたの。
騎士達も流石に可哀想と思ったのかお父様に確認したわ。「仕方がない、入れてあげなさい」お父様はそう言った。
騎士に連れられてきたダニエル君は騎士に置いていかれないように必死で追いかけていた。まだ3歳なのに大人の顔色をうかがっている。お父様の前では騎士に隠れるように下を向き、私を見ると愛想笑いのように微笑んだ。
お父様もダフリー侯爵へ抗議したわ。ダフリー侯爵も頭を抱えているらしいの。元奥様のご実家へ抗議すれば「我が家には関係ない」その一点張り。
元奥様に部屋から出るなと言っても日中常に監視することはできない。侯爵だって日中邸にずっと居るわけではないもの。部屋に鍵をつければ監禁だのなんだの。執事も止めているらしいんだけど、執事の目を盗んで邸から出て行くらしいの。
今度は御者に馬車を動かすなと言っても、お義母様を味方につけた元奥様。お義母様が一言言えば御者も従うしかない。
そのことでお義父様から厳しく咎められたお義母様。今は大人しくしているらしいけど。
最近の元奥様は侯爵家の馬車ではなくご友人の家の馬車を使うようになったわ。ラウル様の話では元奥様を心酔していた人らしい。
今日、お父様とダフリー侯爵は書面では一向に埒が明かないと元奥様のご実家へ行っている。
きっとここでダフリー侯爵が元奥様とダニエル君を放り出せばあることないこと騒ぐと思う。無慈悲だの無情だの、噂話になれば侯爵家は大打撃を受ける。それは我が家も同じ。今はただでさえ私達の婚約で噂話が流れているのに。
ゴソゴソと動き出したダニエル君。
「起きた?」
ダニエル君は寝ぼけているのか私にスリスリしている。
私と目が合ったダニエル君はハッとした顔をして私から離れ、ちょこんと座った。
「おいで」
私が自分の膝を叩けばおずおずと近寄り膝の上に座った。
私にすっぽり収まるダニエル君。
この子はまだこんなにも小さい……。
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