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あれからラウル様は邸には戻らず宿屋に泊まっているらしい。

「父上も馬鹿じゃない。母上の話を無闇矢鱈には信じない。元妻は男を作って出ていったんだ、父上も今は様子を見ているんだと思う」

ラウル様がそう言ったように、今の所我が家にダフリー侯爵からの連絡はない。

コンコンコンコン

「お嬢様、お客様がお見えです」

私は扉を開ける。扉の前に立つレイラはどこか不安げ。

「誰かしら」

「それが……、ご婚約者様の妻だと名乗る女性です」

「元奥様ね……。分かったわ、客間に案内してくれる?」

「分かりました」

レイラはまだ立ち止まったまま。

「あの、ご婚約者様にご連絡いたしますか?」

「大丈夫よ」

私が微笑めばレイラは頭を下げて去って行った。ラウル様が今日我が家に居なくて良かった。

ラウル様は今日、ご友人に相談に行っている。

私は身だしなみを整え客間に向かう。

「お待たせしました」

客間のソファーに座る元奥様。私は元奥様の向かいに座った。

「貴女がセレナさん?」

「はい、ラウル様の元奥様」

流石元侯爵令嬢。独特な雰囲気で圧倒されそう。でも私も負けてはいられない。

「ラウル様と婚約しているとか」

「ええ、私達はお互いを愛しあい婚約しました」

始まりは仮初の関係だったとしても、今は愛し合ってる。

「そう。でももう私が戻ってきたから、貴女とのお遊びも程々にしてもらわないと。ねぇ?」

「ふふっ、ご冗談も程々にしていただかないと、ですわ」

「ラウル様は私を愛しているのよ?」

「ええ、以前は。ですが今は私を愛しています」

「私は元侯爵令嬢よ?」

「ええ、ですが、ご実家から縁を切られ今は平民ですよね?」

一瞬顔を歪ませた元奥様はまた優雅に微笑んだ。

「ではこうしましょう。貴女をラウル様の愛人として認めてあげるわ。でも妻の座は私。それでよろしい?」

「それなら、私が妻で、ラウル様が貴女を愛人にしたいと私に頼むのであれば、考慮に入れることもやむを得ないかと」

私と元奥様はお互い微笑みながら見つめ合った。

「私とラウル様は愛し合っていたの」

「ですが男性を作り出ていったとお聞きしました」

「それはラウル様の誤解なの。贔屓する演者に熱を上げるのはよくあることよ?それを誤解したラウル様に離縁してくれと言われたの。私は泣く泣く承諾したわ。彼の強い拒絶に私の言葉は伝わらなかったわ」

元奥様は瞳をウルウルとさせ少し目線を下げた。

「私はラウル様を愛していたわ。今も愛しているの。それに、ラウル様を愛する気持ちと、演者に熱を上げる気持ちは全く別ものよ?確かに私は贔屓する演者の世話を焼きすぎたのかもしれないわ。彼が嫉妬するくらいに…」

こんなに堂々と言われると信じそうになる。ラウル様から話を聞いていなければ、私は元奥様の話を信じたと思う。そして私が身を引くべきだと、そう思ったと思う。

それほど元奥様の話す言葉には説得力がある。

「私にはラウル様しかいないの。彼しか愛せないの」

女性だけで集まった時、お姉様達が危惧していたのはこれだったのね。「セレナ、誰が何を言おうと、ラウル様を信じてほしいの。ラウル様の言葉を信じてほしいの」お姉様達は私に何度も言った。「ラウル様を信じて」と。

私はラウル様を信じてる。あの時聞いた話を信じてる。本当なら隠しておきたいことまで話してくれた。そんなラウル様が嘘をつくわけがない。

「私達には愛し合って出来た子供がいるの。離縁してすぐに子を身ごもっていることに気がついたわ。でも、ラウル様に伝えることはできなかったの。誤解してるラウル様に伝えた所で、贔屓している演者の子だと言われると思ったからよ。私達が愛し合って出来た子を否定されたくなかったの……。私のように父親に否定される子にはしたくなかったの」

元奥様は悲しげな顔を俯けた。

私はただ元奥様の話を聞いていた。

「ねぇセレナさん、貴女だって父親と息子を引き離すのは嫌よね?そんな悪女にはなりたくないわよね?」

私はうんともううんとも言わなかった。ただ真っ直ぐ元奥様を見つめていた。

「ラウル様もね、ダニエルを、ダニエルは私達の息子ね?ダニエルを抱き上げ可愛いって。昨日は家族水入らずの時間を過ごしたわ。父親のラウル様がいて、母親の私がいて、私達の愛する息子ダニエルがいて、3人で一緒にベッドで寝たの」

「そうですか」

確かに昨日、ラウル様は「今から父上と会ってくる」そう言って侯爵邸へ行った。

「食事もね、お義父様は3人で過ごしなさいと言ってくれたわ。でも家族全員で食事をしたいって私がお願いしたの。そしたらお義父様もお義母様もとても喜んでくれたわ。ダニエルを可愛いって、ようやく跡継ぎが出来たって、本当に喜んでくれたの。このまま侯爵邸で暮らしなさいって、ラウル様の隣の部屋を、以前私が使っていた部屋ね?その部屋で今は過ごしているわ」

「そうですか」

私は膝の上に置いた手をぎゅっと握り、この言葉を言うのがやっとだった。

嬉しそうに話す元奥様。私は何とか微笑んでいただけだった。


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