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「私はラウル様の言葉を信じます。元奥様とのことを聞いても嫌いにはなりません。元奥様と戦うつもりはありませんが、知っているか知っていないかで対処も変わると思うんです。だから私に全て教えてくださいませんか?」

「聞いた所で気分がいいものじゃない」

「それでも、私はお聞きしたいです」

私はラウルの両手を自分の両手で包んだ。

「どうしてご自分が下手だと?」

「…………初夜が終わり、元妻に言われた言葉が「下手くそ」だった。それからも何度か誘ったが断られた。痛い思いをするのは私だと、俺が下手だからしたくないと。父上や母上から子供はまだか、そう聞かれるたび、俺が下手だから触られるのも嫌だと言われているとは言えなかった」

そんなこと言えなくて当然よ。

それに初めは痛いと私も習った。でも次第にその痛みはなくなると。痛みを我慢し体が強張ることはあるらしい。それでも触られるのが嫌とは思わない。

でもきっと、そこに愛がなければ、体は拒絶する。心はとても繊細。だから好きでもない男性に触れられれば、触れられただけで虫酸が走る。

初夜を行うことはある意味強制のようなもの。嫌だと思えば思うほど、自分が凌辱されている気分になるかもしれない。

「それでも夫婦として仲が良かったのではないんですか?」

「どうなんだろうな…。俺は仲がいいと思っていたが」

「夫婦として、確か3年でしたよね?こう言ってはなんですが、元奥様はなぜもっと早く離縁をしなかったのでしょう」

離縁が簡単にできることではないと知っている。嫁ぎ、そこでどんな扱いをされても女性は我慢するものだと。

でも、高位貴族の侯爵家にとって跡継ぎは絶対。夫婦の営みを拒み、子供ができなければ肩身は狭くなる。ラウル様に愛人を、そういう話だって出てくるかもしれない。子供が産めなければ離縁されるかもしれなかったのに。

「そもそも離縁の原因はなんだったんですか?」

「以前、男を作って出て行ったと言っただろ?」

「はい、あの晩の時にお聞きしました」

「その男というのが元妻の幼馴染だった男だ。幼馴染と言っても使用人の子でな、俺はずっと女性だと思っていた」

「どうして女性だと?」

「乳兄弟の幼馴染がいるのは知っていた。俺の乳兄弟は同性だった。だから同性だと勝手に思い込んでいた。婚約中、幼馴染と街へ行ったとか、観劇に一緒に行ったとか、よく聞かされたからな」

婚約中に幼馴染とはいえ婚約者以外の男性と一緒に行動を共にはしない。誰に見られているか分からないもの。街へ一緒に行き、観劇に一緒に行く、なら同性だと思っても仕方がない。

「結婚してすぐの頃、その幼馴染が劇団に入った。若手の演者を支援する者は多い」

確かに高位貴族の人達の中では、若者の支援をしたり、劇団の支援をしたり、投資をする人達は多い。

「元妻に幼馴染を支えたいと言われた。今まで自分を支えてくれたからと。その夢を叶えてあげたいと。彼女の父親は差別主義者でな、女性というだけで彼女も不当な扱いをされていた。そんな家でその幼馴染だけが彼女の拠り所だったんだ」

「幼馴染を紹介されなかったんですか?」

「一度紹介してほしいと言ったが、彼女は頑なに拒んだ。演者になったばかりで今は大事な時期だから、私のことが信じられないの、と言われた。必ずいつか紹介するから、当時の俺は彼女の言葉を信じた」

「ですが支援するということは金銭を出すということです」

「こんなことを頼めるのは俺だけだと言われ、俺は頼られたことが嬉しくて了承した。彼女に嫌われない為のご機嫌取りのようなものだったのかもしれないが、断り不機嫌にされるよりかは金で解決できるならそれでいいとさえ思っていたからな。それに、それが愛情の深さだと思っていた」

ラウル様は当時を思い出したのか、少し虚げな顔をしている。

「婚約中、彼女が欲しいといった物を買わなかったことがあった。その時に言われたんだ。「私を愛していたら何でも買ってあげたいと思うものよ」と。「貴方は私を愛していないんだわ、貴方の愛情はそれっぽっちだったのね」とな。それから俺は彼女が欲しいと言った物を買った」

「そんなの愛情ではありません」

「ああ、ただの都合のいい男だ。でも当時は彼女を助け守っているつもりだった。最小限しか与えてくれない父親だったからな、ドレスや宝石を贈ると嬉しそうに笑っていた。「こんな素敵なドレスが欲しかったの、ありがとう嬉しい」そう笑う彼女の顔が見たかった。だから俺は彼女が欲しがる物を贈った」

婚約者には笑っていてほしいというラウル様の気持ちは分かる。当時まだ青年のラウル様に元奥様の父親に歯向かうことはできなかった。ならせめて彼女の笑顔だけは守りたいとそう思った。

お茶会では令嬢達が最新のドレスを身に纏う。最小限しか与えない父親なら毎度ドレスを新調なんてしなかっただろう。確か元奥様のご実家は侯爵家。侯爵令嬢がドレスの着回しなど、侯爵令嬢としての矜持は傷ついていたに違いない。

ラウル様がドレスや宝石を贈ることで、侯爵令嬢としての矜持を守り、父親からの暴言からも守った。婚約者から贈られたドレスや宝石に対し、どれだけ何を贈ろうが文句は言えない。

結果、ラウル様は婚約中だった頃の元奥様を助け守っていたことになる。


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