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数日後、今はラウル様と街を歩いている。

「この店に入るか?」

私は顔を横に振る。

ラウル様はさっきからこうやって店の前を通ると声をかけてくれる。私はその度に顔を横に振る。

初めは「大丈夫です」と言っていた。でも大丈夫ですと言っている間にまた別のお店の前を通る。そうするとまたラウル様は私に聞く。毎度毎度「大丈夫です」と言うのが少し疲れてしまい今は顔を横に振るだけになってしまった。

ラウル様はきっと私が入りたくても入りたいと言わないだろうと、だから気を使って聞いてくれている。

「この店に入るか?」

「はい」

「そうか、ならゆっくり見て回ろう」

棚には様々な便箋や封筒が置いてある。私は可愛らしい便箋と封筒を選ぶ。

ラウル様のご友人家族と会った日、私を快く受け入れ仲良くしてくれたお姉様達にお礼の手紙を書こうと。書いた手紙をラウル様にお願いし渡してもらおうと思う。

数種類の便箋と封筒を手に取りお店の人に渡す。私はサインをしようとペンを受け取ろうとした。でも私より先にラウル様がペンを受け取りサインしてしまった。

「ラウル様それは駄目です。これは私が必要な物です」

「ここでは店に迷惑がかかる」

お店の人は私が渡した数種類の便箋と封筒を袋に入れ待っている。それに私達の後ろにも待っている人がいる。

ラウル様は袋を受け取り私の手を引いてお店から出た。店から出たラウル様は止まる様子はない。

「ラウル様」

私が立ち止まれば手を繋いでいるラウル様の足も止まった。振り返ったラウル様。

「高い物を買ったわけじゃない」

「値段の問題ではありません」

「俺が買ってやりたかった。セレナが欲しい物を俺が買いたかったんだ」

「ですが」

「それに婚約者の物を買うのは男の役目だ。これは男の矜持だと理解してほしい」

「ではラウル様の前ではもうお店に入りません」

「ならこれからは俺が勝手に色々贈るだけだ」

「ラウル様」

少し大きな声を出したのは仕方がない。

私はラウル様を真剣な顔をして見つめる。

「ただ俺はセレナの喜ぶ顔が見たいだけだ」

ラウル様も真剣な顔をして私を見つめる。

「私はこうしてラウル様と会えるだけで、こうして出かけるだけで嬉しいです。確かに婚約者にドレスや宝石を贈るのは男性の役目かもしれません。ですがこれは違います」

「俺は物を買うこと以外で、どう女性を喜ばせることができるのか分からない。俺はただセレナが嬉しそうに笑う顔が見たかっただけだ」

きっと元奥様が婚約者の時はこうして欲しい物を全て買っていたのだろう。それが悪いとは言わない。それで喜ぶ女性もいる。

「私の嬉しそうに笑う顔が見たいのなら、物を買うよりこうして会って話をしてください。それだけで私は嬉しいです。もちろん婚約者として男性側の役目はあるでしょう。ドレスや宝石を贈ったり、以前贈ってくださった花束や髪留め、それらも理解しています。ですが全てを買う必要はありません」

「それを俺が望んでいるのにか?俺の我儘みたいなものなのにか?」

どこか自信なさげで、どこか不安そうな顔で私を伺うラウル様。

きっと私が何を言おうとラウル様は納得しない。

「では私がラウル様から贈られたら嬉しいと思うものだけお願いします」

「分かった。その代わり遠慮せず言ってくれ」

「分かりました」

ラウル様は安心したように微笑んだ。

「遅くなりましたが、便箋と封筒、ありがとうございます。大切に使わさせてもらいます」

侯爵と子爵、価値観が違うのかもしれない。育った環境でも捉え方は違う。高位貴族ほど男性側の作法が厳しいのかもしれない。

私は元奥様とは違う。そう言った所でラウル様にとって女性に対する対応の基準は元奥様。

元奥様がどんな人かは知らないけど、元奥様が欲しいと言った物を買うと元奥様は喜んだ。ありがとうと笑顔を見せた。

もしかしたら何か欲しい物を買ってもらう時だけはラウル様には優しくしていたのかもしれない。もしかしたら欲しいと言った物をラウル様が買わなかった時、罵倒したのかもしれない。

でも私は違うと、元奥様とは違うとこれから少しづつ伝えていけばいい。ラウル様の矜持を傷つけないように。

「セレナ、花束を贈りたいのだが」

視線の先には店先に並ぶ綺麗に咲いた花花。

「嬉しいです」

ラウル様は私の手を引き、嬉しそうに笑って店先の前にきた。

「セレナはどの花が好きなんだ?」

きっとここでこの花が好きと言えばこれから先もこの花を贈れば喜ぶとラウル様は思う。花を貰って喜ばない女性はいない。でもそれはどの花を貰っても同じ。

「私はラウル様が私の為に選んでくれた花が好きです」

私は私の好きな花を毎度貰うより、ラウル様が私を思い選んでくれた花を貰いたい。それがどんな花でも私を思い選んだという気持ちが嬉しいんだから。

「難しいな」

一段と険しい顔をしたラウル様。

「ではお互いに選びませんか?」

私達はお互いに花を選んだ。店の中を別々に歩き、私はラウル様を思い花を選んだ。男性が花を贈られて喜ぶのかは分からない。でも自分を思い選んでくれた、それはきっと男性でも嬉しいのではないだろうか。

お互い花を選び、今は店の外。店の外で選んだ花束を交換した。「ありがとう。初めて貰った」と言ったラウル様は嬉しそうに笑った。


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