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「でもそうですね。私も神頼みしようと思います」

私は目を閉じ神に祈る。

『私だけを愛してくれる人が現れますように』

目を開け神の像を見つめる。

「ラウル様も神頼みをしませんか?」

「俺はいい」

「では、帰りましょうか」

「そうだな」

今は帰りの馬車の中。

「何を神にお願いしたんだ?」

窓の外を眺めていた私はラウル様に顔を向ける。

「それは内緒です。叶わなかった時恥ずかしいじゃないですか」

本当は『この恋心がなくなりますように』そう願おうとした。でもそれは叶えたくないと思った。

好きになってもらえるように努力することはできても、恋心をなくす為の努力はしたくないと。

嫌われるように振る舞う?他に好きな人を見つける?

この恋心がある以上、他の男性を好きになることはない。嫌われようと振る舞っても、本心では嫌われたくないのにどう振る舞えばいいの?

心の底からこの人が嫌い、そう思っているなら、それは演じなくても言動に現れる。

なら嫌われたくないと心の底で思っていたら、それも言動に現れると思うの。

理解あるふりして、見守るふりして、一歩下がり良い人を演じる。

心に何重も蓋をしていたあの頃のように…。

だって本心では嫌ってほしくないんだもの。嫌われたくないんだもの。喩え良い人止まりでも、その人に映る私の姿は良い人でありたい。

だから私ももう覚悟を決めた。

私はこの恋心を大事にしようと。

ラウル様の心に元奥様がいたとしても、私を好きになってくれるように努力することはできる。この先、私の頑張り次第でラウル様が私を好きになる可能性はあるんだもの。

何もせず逃げるのはもうやめる。

幼かったあの頃とは違う。

「ラウル様、また観劇に連れて行ってくださいませんか?」

「それはいいが、今日は楽しかったか?」

「本当のことを言うと、あんな良い席で、私は場違いだなって恐縮していたんです。初めて観劇に行ったので、楽しむことはできませんでした。だから、ラウル様さえよろしければ、また誘っていただけると嬉しいです」

「そうか、ならまた誘う」

「はい」

私はラウル様に微笑んだ。

「ようやく笑ったな」

ラウル様は優しい顔で笑った。

「劇を見ていた頃からセレナの様子が変だなとは思っていたが、どう聞いていいのか分からなかった。俺と出かけるのが嫌だったのか、観劇が嫌だったのか、また俺はセレナの嫌がることをしたのかと思っていた」

「ラウル様とお出かけするのを楽しみにしていたんです。観劇も楽しみにしていました。ただ、緊張してしまって…。ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません。気に障りましたか?」

私は視線を下げた。

「いいや、俺と出かけるのが嫌でないのなら、それでいい」

「ラウル様とお出かけしたいです。嫌なんて、思っていません。ラウル様こそ私と出かけるのが嫌になったのではないですか?」

私はラウル様を見つめる。

「俺はセレナとこれからも色々な所に出かけたい」

ラウル様も私を見つめている。

真向かいに座るラウル様と見つめ合う。

まるで二人だけの空間のように、周りの音が消えた。

リズミカルに聞こえた馬の足音。ギシギシと軋む馬車の音。さっきまで聞こえていた音が、今この時だけ聞こえない。

ただ私の目に映るのはラウル様だけ。

ラウル様の瞳に映るのも今は私だけ。

「今度はゆっくり街を歩こう」

「はい、楽しみにしています」

お互い頬が上がり微笑んだ。

家まで送ってもらい、私は馬車が見えなくなるまで見送っている。

馬車から降りようとする私をラウル様は呼び止めた。

「セレナ」

御者の手を借りる為に伸ばそうとした手が止まる。

私は顔だけ振り返りラウル様に向けた。

「俺は今日、セレナと過ごせて楽しかった。一緒に出かけられたことも、こうして送り迎えをすることも、帰ろうとするセレナを呼び止めるくらい、今は名残惜しい」

「私もです」

「お前が馬車を降りて一人になったら、またすぐに会いたいと俺は思うだろう。お前の笑顔を見たいと、お前の声を聞きたいと、焦がれそして寂しく思うと思う」

「私も同じ思いです」

「明日も会いたい。いいか?」

「はい、私もお会いしたいです」

「では明日、また迎えにくる」

「お待ちしています」

私は御者に手を伸ばし馬車を降りた。

馬車の外にいる私。

馬車の中にいるラウル様。

お互い見つめあい、扉が閉まった。

ただの社交辞令かもしれない。それでも少しは私を気にかけてくれていると今は思っていたい。

嫌っている人に「明日会いたい」とは思わない。

今は好意じゃなくてもいい。好感がもてると思われているなら、それでいい。

「お姉様?どうしたの?家に入らないの?」

馬車を降りてからずっと外にいる私を心配し声をかけてくれたアニー。

「ラウル様を見送っていただけよ」

「今日は楽しかった?」

私の腕にからませ笑顔で聞いてきたアニー。

「緊張しちゃって、楽しめなかったの。ラウル様にも心配かけちゃった」

「そういう時もあるわよ。でもラウルお兄様ならそんなお姉様も受け止めてくれると思うの」

「そうだといいんだけど」

「お兄様は包容力があるもの。だから大丈夫」

アニーの笑顔に癒やされ、姉妹仲良く家の中に入っていった。


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