上 下
18 / 39

18

しおりを挟む

なんとも言えない空気で別れたあの日。

もう、遅かった……。

気づいた時には、私はラウル様に恋をしていた。

あの晩の交友会、好ましいと思った時、きっと私は恋をした。だから帰る背中を見送った時声をかけた。明日会いましょうと。

これきりにしたくなかったのは私。

婚姻歴があるとか、後妻とか、そんなの関係ないくらい、貴方に恋をした。

「ですが」「でも」そんな言葉を言っていても、貴方の提案を断らなかったのは、断りたくなかったから。

何度も仮初の婚約者ですと言ったわ。そうしないと自分を止められなかったから。でも止めることなんて無理なのよ。

ほら、日に日に貴方を好きになってる。

夜も眠れない。食事も喉を通らない。1日中貴方のことを思ってる。

ほら、今だって貴方と出かけるからって何度も鏡の前で確認しているわ。

ドレスはシワになってないかしら。髪留めは曲がってない?髪の毛を肩の後ろにしたり少しだけ前にもってきたり。前髪を何度も触ったり。右を向いて左を向いて、何度も何度も確認している。

「お嬢様、お綺麗ですよ?」

「そうかしら…」

「お嬢様、どんなに綺麗な服を着ても、どんなに可愛い髪型にしても、一番はお嬢様の笑顔です」

「そう?」

「お嬢様の笑顔に勝るものはありません」

「そうね」

それでも私は何度も鏡の前で自分の姿を確認した。

「お嬢様、お見えになられましたよ」

窓の外から聞こえる馬車の音。

扉の所まで行っては鏡の前まで戻った。最後にもう一度だけ確認して、部屋から玄関へ移動すれば、玄関にはラウル様の姿。

自然と頬が上がる。

「おまたせしました」

「さあ、行こうか」

「はい」

ラウル様の手を借り馬車に乗り込む。向かいに座るラウル様。

馬車が動き出す。

「今日は観劇を楽しもう」

「はい、楽しみです」

劇場に着けば大勢の人がいる。なかなか席が取れないと有名な劇団。

案内され向かった先は個室になっていた。舞台を見渡せる特等席。

「こんないい席を、ありがとうございます…」

「ですがは言うなよ」

先に釘を差されてしまった。

「ここは侯爵家がいつも使用する席だ。ただ俺はいつも使用する席を予約しただけだ」

「はい…」

ラウル様の言葉に胸が痛んだ。

自分から迷惑だと、結構だと言ったのに、それでもこうして婚約者の義務を果たしてくれる。

それだけで十分なのに。

ただ、いつも使用しているって言葉にズキっとしただけ。

それはいつも使用していたってこと。

思い出の席。

この席に何度も座ったことがある人。

本当はその人と来たかったのかもしれない。その人と見たかったのかもしれない。今回は、前回とは、そう感想を話していたのかもしれない。

幕が上がる音。

本当ならワクワクする音。

どんな劇が始まるのか、どう演じるのか、楽しみにワクワクする時。

でも、私の心には警報のように聞こえた。

『そこに座るのはお前じゃない』

ふかふかの座席。体が沈み、心まで沈む。

私は膝に置いた手をぎゅっと握った。背筋を伸ばし、足を踏ん張った。沈まないように、考えないように、劇を見つめた。

内容なんて入ってこない。演じる人達の声も聞こえない。ただただ、私は見つめていただけ。

「どうだった?」

「初めて見たので…」

劇場をあとにし、少し街を見て回ろうと二人で歩いている。

私は両手で鞄を持つ。

硝子に映る私達。

どれだけ背伸びをしても、大人っぽい服装をしても、着させられてる私とは違い、着慣れているラウル様は大人の男性。

隣で歩くとそれがよく分かる。

「楽しくなかったか?」

「いいえ、そんなことは」

ただ勝手に傷ついて、勝手に落ち込んでいただけ。集中して見ていなかった私が悪い。

「教会か…。さっきの劇のように、俺達も神頼みでもするか」

ラウル様は教会の中に入っていった。私はその後を追う。

一番前の席に座ったラウル様。自分の隣をトントンと叩いた。「座れ」という意味だと、私はラウル様の隣に座った。

「セレナなら…、好きな人ができますように、か?」

「どうでしょう」

「ん?」

私達は二人共真っ直ぐ前を見つめている。

「神に願いを言うって、それは意志の表明だと思うんです。好きな人ができますように、そう願ったとして、何も行動をしない者に好きな人が現れるでしょうか。願いを言って、その願いの為に行動するから、その願いを叶えようと努力するから、努力した先に願いが叶えられる、そう思うんです。

例えば、医者になれますように、と願ったとします。何も勉強しなければ医者にはなれません。寝ている間に神が知識を与えてくれますか?」

何もしなくても叶えられるのなら皆が神頼みをする。

「潜在的に医者になりたいという強い思いがあり、だから勉強を頑張ろうと思う。神頼みしたから叶うはずと。成果が実を結んだ時、願いが叶ったと神に感謝します。でもそれは自分の努力の成果です。

自分の力ではどうにもならない時、それが神が与えてくれた贈り物です。人との出会いもそうでしょう。偶然が重なることもそうでしょう。にわかには信じがたいこと、見えない力、それが神からの授与。神の授与は、願いを叶えたいという強い思い、その願いを叶える為に行動した者にしか与えられない、そう思います。それを人は奇跡と呼びます」

私は真っ直ぐ神の像を見つめる。

「これから私は願いを叶える為に頑張ります。だから見ていてくださいませんか?神頼みってそういうものではないのかなと思うんです。そしてその強い思いに神が答えてくれれば奇跡が起こる」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

「君を愛することはない」の言葉通り、王子は生涯妻だけを愛し抜く。

長岡更紗
恋愛
子どもができない王子と王子妃に、側室が迎えられた話。 *1話目王子妃視点、2話目王子視点、3話目側室視点、4話王視点です。 *不妊の表現があります。許容できない方はブラウザバックをお願いします。 *他サイトにも投稿していまし。

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

ある夫婦の愛と、憎しみと

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
大恋愛の末、結ばれたある夫婦。 二年前に夫が浮気したが、妻は許しやり直すことにした。 その後のお話。 投稿してすぐですがタイトル変更しました(楽曲タイトル抵触疑惑のため) 申し訳ありません。 ※別タイトルで小説家になろうさんでも公開しています。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

恋人に捨てられた私のそれから

能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。  伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。  婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。  恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。 「俺の子のはずはない」  恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。 「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」  だけどカトリオーナは捨てられた――。 * およそ8話程度 * Canva様で作成した表紙を使用しております。 * コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。 * 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

処理中です...