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しおりを挟む書斎の扉の前で私は部屋の中から聞こえる声に聞き耳を立てている。
「仕方ないだろ」
書斎の中から聞こえてきたのはショーンのお父様の声。酔ったお父様を送ってきたのだろう。
「あの場で侯爵代理に頭を下げられたら、俺達子爵は逆らえないさ」
「そんなことは分かってる」
お父様の声は少し荒々しい。そんなお父様を今まで見たことがない。
「だが、ダフリー侯爵家の子息に爵位を譲るという噂は本当のようだな。今日の定例会も侯爵代理として子息が出席していたが、既に爵位を子息に譲ったのかもしれないな」
「だとしてもだ、皆が見てる前でわざわざ俺に声をかけなくてもいいだろ」
「それはお前がセレナへの贈り物を全て受け取りもせず突き返したからだろ」
ラウル様からの贈り物?私は一度も贈り物を受け取っていない。贈り物が届いていた事も知らなかった。
「お前だって娘がいたら突き返すだろ。後妻だぞ!誰が好き好んで娘を後妻として嫁がせたいと思う。自分の立場を弁えれば分かるだろ」
「だとしてもだ、それだってお前が子息からの手紙を無視し続けたからだろ。返事をしていたらまた違っていたかもしれない」
「話しを聞いてくれと言われて何を話す。一度会いたいと言われて会いたいと思うか?会えば何を言おうとしているのか分かるのに、どうして会わないといけない」
きっとラウル様は毎日届いた私からの手紙がパタっと届かなくなったことで、「これは何かがあった」そう察した。
だから今度は自分が動く番だと、私に贈り物を毎日贈った。でもその贈り物はお父様が受け取りもせず突き返した。
だから今度はお父様宛に手紙を書いた「一度会って話がしたい」と。でもお父様はその手紙を無視し続けた。
だからラウル様は強硬手段に出た。
ラウル様のお父様、ダフリー侯爵がラウル様に爵位を譲る噂があったとしても、それが事実かどうかは分からなかった。あくまで噂だと。
それでも今日の定例会、侯爵代理としてラウル様が初めて定例会に出席し、皆が噂は本当なのだと悟った。
子息が侯爵代理として出席しているが、噂通り侯爵は早々に子息に爵位を譲るつもりなのだろう、と。もしかしたら既に子息が侯爵当主になっているのかもしれない、と。
そうでなくとも、次期侯爵が侯爵代理として定例会に出席することは可能。その場合、喩え代理であってもその場は当主と同等の扱いになる。
ラウル様のご実家のダフリー家は侯爵、かたや我がリブ家は子爵。
貴族の当主が集まる場で、侯爵代理のラウル様に呼び止められて、子爵のお父様がラウル様を無視すればそれこそ他の貴族の方々から不興を買う。
下位貴族が高位貴族を無視するとは無礼だ。
心では無視したいと思っていても、皆の目が集まる場で無視をするほどお父様は馬鹿じゃない。
それこそ他の貴族達を敵に回せばお父様が懸念している状況になる。リブ子爵家が貴族として生き残ることは難しくなる。
高位貴族のラウル様に呼び止められれば、下位貴族のお父様は立ち止まるしかない。そこでラウル様がお父様に頭を下げた。頭を下げるということは何かお願いすることがあると皆が推測する。
挨拶なら握手でいいし、本来なら子爵のお父様が侯爵のラウル様に頭を下げるのが順当。ラウル様がまだ若いといっても、貴族は爵位を重んずる。
お父様を呼び止め頭を下げる、その行動から皆が推測する。
子爵のお父様に何か頼みがある。
ダフリー侯爵家は子爵家の力や財力が必要なほど落ちぶれてはいない。侯爵家の領地経営は繁栄している。
ならそれ以外。
それ以外なら何だろうと。
子爵家には未婚の娘が二人いる。
ラウル様がお父様をどう呼び止め、何と声をかけたのかは分からない。「俺の話しを聞いて下さい、お願いします」そう言ったのなら、二人の娘のうちどちらかと婚約したいのではと。
一度婚姻歴があるラウル様。それは貴族なら皆が知ってる。
子爵のお父様は断れない状況になった。
自分より爵位が上の家からの打診は断れない。でも家同士の話し合いの場なら断わることも不可能ではない。
婚約の打診をし断られたとしても、当事者がわざわざ皆に言いふらすことはしない。お互い口を噤む。
内密に進めればそれも可能だった。
お父様にはその場を見ていた皆からの同情が集まった。
侯爵家の申し出を断わることは不可能。まだ未婚の娘を後妻として嫁がせないといけないとは気の毒に、と。
でもそれはお父様が散々ラウル様からの申し出を無視し続けた結果。確かにラウル様は強硬手段に出たかもしれない。
断わることも、逃げることもできない場。
その場でしかお父様はラウル様と向き合わなかった。
「もうそのくらいにしろ」
「これが飲まずにいられるか!」
皆が寝静まった邸には、お父様の大きな声が響いた。
聞き耳を立てていた私は静かに書斎をあとにした。
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