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しおりを挟む「お前、口づけって…。そんなのガキのうちに済ますものだろ」
「ガキって…。貴方はさぞかし経験が豊かな少年だったんですね」
「だからその遠回しの言い方はやめてくれ」
うんざりしたかのように男性はため息をついた。
「ならはっきり言います。貴方は遊び人だったんですね」
「なにを」
驚いたのか男性は少しだけ声を荒らげた。
「俺は婚約者に一途だ。まぁどれだけ一途でも、結局妻には物足りない男だったんだろうな、男を作って出ていった」
男性は遠い目をした。
「妻が出て行くまで俺は何も気づかなかった。男がいたことにも、俺に不満があったことにも、俺との結婚が本当は嫌だったことにもな」
なんと声をかけていいのか分からなかった。どう声をかけるのが正解か、答えを導き出せるほど、私には経験がない。
「情けないよな…」
男性は自分自身に嘲笑した。
「情けなくないです。貴方は情けなくないです。誰だって婚約者には好かれているものだと、だから結婚したのでしょう?」
私にもまだ婚約者ではないけど、幼い頃から将来は婚約者になるだろう相手はいる。私だって婚約者になるだろう相手を意識した時期もあった。
幼馴染で仲のいい男の子はその子だけだったから。お父様同士の冗談話だったのかもしれないけど、それを本気にした時期もあった。
私は彼のお嫁さんになるんだって。結婚して子供が産まれて、どんな家族になるんだろうって、夢見た時もあった。
「相手の本心が分かる人なんていません。多分こう思ってると推測はできても、それが本心なのかは相手にしか分かりません。自分の推測と違うからこそ本心を話してほしいし、聞かないと分かりません。
でも、人は本心を隠すものです。思うまま口に出せば人を傷つけることもあります。だから言葉を飲み込むしかできないんです」
私と幼馴染は正式な婚約者ではない。でも私が16歳になったら婚約する予定になっている。
お父様は「誰か好きな人ができたら、その時は好きな人と結婚しなさい。家柄とかそういう問題もあるかもしれない。それでもお前が幸せになるためなら、相手のご両親に何度でもお願いに伺おう。何度でも頭を下げよう。だから好きな人ができた時は教えてくれ」そう言ってくれる。
我が家は子爵家、幼馴染の婚約者候補のショーンも同じ子爵家。今まで好きになった男性はいない。好きになった人が婚約者になるわけではないから。だから私は婚約者になる人を好きになりたい。
ショーンのことは好きよ?幼馴染として今でも仲はいい。でもそれは家族のような感情。それにショーンは私の妹のアニーが好きなの。
まだ幼く将来の婚約者はショーンだと思っていた頃、アニーばかり見つめるショーンに言ったことがあった。
「ショーンは私の婚約者になるんでしょ?なんでアニーにばっかり優しくするの。ショーンは私にだけ優しくしていればいいの」
幼いからこそ感情のままにショーンを怒鳴りつけた。その時のショーンの顔が今でも忘れられない。驚いたような、辛そうな、悲しそうな顔で「ごめんね…」と笑った。
その時思ったの。感情のままに言葉を発すれば人を平気で傷つける。どう行動するか、誰を好きになるのか、それはその人のものだもの。他人が決めつけてはいけない。
ショーンとアニーを見ていれば分かる。相思相愛だって。
だからお父様に言ったの。ショーンとアニーを婚約させるべきだって。でもお父様は「先に長女のお前からだよ。何事にも順番があるんだ」そう言った。
長女の私が子爵家を継ぐ。そしてショーンは次男。だから私の婚約者にどうかって話だった。私が誰かへ嫁げばアニーが子爵家を継いで、ショーンを婿に迎え入れれる。けど、次女のアニーに今の所子爵家を継ぐ権利はない。
このままだと私はショーンと婚約し、アニーは別の男性と婚約することになる。でもそれは貴族なら当たり前のこと。
もし、私がショーンを嫌だと言えば、ショーンは別の婿入り先を見つけないといけない。アニーではない別の女性。
だから私は好きな人を見つけたい。そしてその人が跡継ぎなら尚いい。私が誰かと婚約し嫁げば、アニーに子爵家を継ぐ権利が移る。
私はアニーもショーンも好きなの。とても大切な家族。だから二人には幸せになってほしいと思っている。
約束の16歳の誕生日まで、あと半年。
「お前は言葉を飲み込んできたのか?」
「飲み込んだ言葉はあります。でもそれは誰でも同じでしょう?貴方だって奥さまに言えない言葉があったはずです。自分の全てをさらけ出せるほど、人はそんなに強くないです」
思ったことを言って、言いたいことを言って、自分は一人でも平気。そんな人は稀で、誰だってできれば嫌われたくないと思っている。人それぞれ性格も違う。自分の思考によく似た人はいても、共感してくれる人はいても、だからと言って全てをさらけ出せるわけではない。
負の感情は醜いから。
だから心に留める。
自分の負の感情は自分だけが知っていればいい。
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