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30 愛情

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湯殿の扉が開き伯父様が気まずい顔をして出て来た。


「いつ出て行こうか様子を見てたんだが…。彼の出生の秘密まで聞いてしまって悪い事をしたな。誰にも言うつもりはないが、俺が聞いて良かったのか…」

「伯父様、聞こえたのなら仕方ありませんよ」

「そうだな」


伯父様は私の手を引き私を座らせた。そして私を向き合うように目の前に伯父様は座った。


「ハンナ、俺はハンナの幸せを誰よりも願っている。今までは我慢続きだったんだ、これからは自分の為に生きてほしい。自分の幸せを第一に考えてほしい」

「はい」


伯父様は私の頭を撫でた。

昔一度伯父様の手を払ってから初めて撫でられる。今まではポンと頭を触るだけだった。


「ずっとこうしてやりたかった…」


伯父様の目には薄っすら涙が浮かんでいた。


「父親のように思えなくても俺はハンナの父親になりたかった。我慢ばかりさせた俺が言う事ではないが、ずっと後悔していた。あの時ハンナだけでも引き取れば、あの時ハンナを連れて帰ってこれば、あの時結婚を許さなければ、

今なら何とでも言えるか…、すまん…」

「伯父様、その時その時で決めてきたのは私です。だから伯父様も自分を責めないで下さい。こうしてここに来てくれただけで伯父様の愛情は伝わりました」

「サニーにも今回ばかりは無理矢理でも連れて帰ってきてと言われた」

「伯母様が?」

「サニーはずっと言っていた。

『ハンナを私達で育てましょう。私達の子供にしましょう』

と。領地へ行く事が決まってからずっと言っていた。領地へ行ってからも、

『義妹の元ではハンナが不幸になります。ただでさえ父親が不慮の事故で亡くなり知らなかった愛人と子供の存在、それに弟さんに侯爵家を追い出されて、お義父様にも貴方にも見捨てられて、どうしてまだ子供のハンナに苦労をさせるのです。ハンナはまだ大人に守られる子供です、違いますか?』

何度も何度も俺は叱責された。それは俺も思っていた事だったからサニーの言い分も良く分かっていた。

ただ俺が弱く父上に逆らえなかっただけだ…、すまないハンナ…。

俺が彼みたいに強ければ…、父上に歯向かいお前だけでもこの手で育てていれば…。

娼婦を馬鹿にするつもりはない。ここで働く女性達はとても強く誇らしいと思っている。娼婦になりたくてここに来た人は数えるほどだろう。皆ここで働く事を強制された人達だと思っている。それでも娼婦としての誇りを持ち賢明に働く女性達だと俺は誇らしく思う。

ハンナはここにいたいか?」

「それは…」

「ゆっくり考えよう。何がハンナの幸せか、もう俺は逃げない。ハンナに何を言われようと受け止める」


伯父様は私を優しい目で見つめ頭を撫でた。

それから伯父様と話をした。

伯父様もだけど伯母様もずっと私の死を知らされてから後悔し続けていたらしい。

あの時、あの時と、何もしなかった自分を責め続けていたらしい。

ガラン様から私の話を聞き伯母様もここに来たいと言っていたと。馬に乗った事もない伯母様では危険だと伯父様が止めた。

『俺は子供の頃に数回乗った事があるからな』

と言っていたけど子供の頃の数回ではきっと危険なのでは?と思った。だから馬にしがみついて落とされないようにしていたのね。ガラン様に置いていかれては困るから…。それにきっとガラン様が用意した馬は騎士達が早馬に使う馬。ガラン様自身の馬も軍馬、その軍馬に付いて来たとなると…。何事もなくて本当に良かった。

伯母様は『今回ばかりは私も引きません。ハンナを私の娘として迎えます。だから必ず連れて帰って来て下さい』と伯父様に何度も何度も頼んだそう。

今、侯爵家では私を迎える為に部屋の内装から家具、服全てを揃えていると。

お父様の愛は本物だったのか偽りだったのか今はもう聞けない。お母様の愛はお父様ありきのものだった。

でも私は伯父様と伯母様の愛情は信じられる。長い長い年月がかかった。あの時意地を張らず伯父様に甘えていたら、あの時伯父様の言葉に耳を傾けていたら、

そう、私は私で意固地になっていたの。

伯父様は領地に何度も来ていた。それを私は知っていたのに…。きっと私の様子を見に来ていた。

今だってこうして自分の身を危険にさらしてでもここまで来てくれた。

何度も手を差し伸べてくれていたのに…

私は自分だけ不幸だと自分で自分を突き落としたの。



伯父様は暫くこの国に滞在すると言って宿を取った。

『伯父と姪、一からやり直そう』

と一緒にご飯を食べたり買い物をしたり、まるで父親と娘のように過ごしている。


「伯父様、驚かないで下さい。言おうか迷っていたんですが…。

この街にお母様がいます。新しい家庭を持ち暮らしています」

「そうか…、元気に暮らしているならそれでいい。ハンナにとって良い母親ではなかったが…、俺の妹なのは変わらない。

それでも会いたいとは思わない。自分の子供を捨てて得た幸せな姿を見たいとも思わない。

妹ではあるが、人としてしてはいけない事をした。人として俺は信用できない人と会うつもりはない。それはこの先も変わらない」


伯父様はこの先もお母様とは会う気は無いのだろう。

兄として妹が元気かどうかは気にはなる。それでも私を捨てた時点で妹ではあっても線を引いた。


信用を失う事は全てを失う事なのね…



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