19 / 33
19 鎖
しおりを挟む翌朝目が覚めると私を見つめるガラン様と目が合った。
「昨日は悪かった」
「はい」
「なぁ、気になったんだが、これは何だ」
ガラン様は私の首に掛かっているネックレスを指で引っ張った。
「これですか…」
私はネックレスを触った。
「これは戒めです」
捨てられなかったフェインから貰ったチェーンだけのネックレス。
フェインが好きだからではない。ただ私にはこれしかお金に換えられる物がなかったから。だから手元に置いていただけ。
何かあった時にお金に換えよう。例え二束三文でも1日分の食事代くらいにはなるだろうと。
だからワンスさんと結婚した時も付けていた。こんなチェーンだけのネックレスを欲しがる人はいない。二束三文にしかならない物を売れと言う人もいない。
でもワンスさんに裏切られて娼館に売られた時、このネックレスが別の意味になった。
もう誰かを信じて裏切られるのは嫌だ。人と関わるのを止めようと。
マダムや姉さん達が良い人なのも分かってる。同じ痛みを知る人達、そして優しい人達。それでもどこかで一線を引いている。
誰も私の素性は知らない。誰にも教えていない。隣国の出、それだってマダムしか知らない。そのマダムだって私が元貴族令嬢とは知らない。そもそもワンスさんも知らないもの。
お母様は田舎は嫌だと王都から一度も出た事はなかった。
お父様と結婚してもお母様は領地には一度も行った事がない。お父様もお母様を誘う事はしなかった。そうよね、領地へ行くと言ってもう一人の妻と子供に会いに行っていたんだから。お母様や私を連れて行くわけがないわ。
お母様なんて自分の実家の領地なのに領地の場所すら知らなかったのよ?
領民達も侯爵家には息子と娘がいるのは知っていてもお母様がその娘とは誰も知らなかった。私達はどこかから流れて来た親子だと思ってる。
唯一知るのはボルトさんだけ。毎月伯父様から貰っていたお金をボルトさんが届けに来ていたから。でもボルトさんは人に言いふらす人じゃない。それに結局私達は平民になったんだから。
伯父様は領地に来ると領民達とよく話していた。だから私と話していても伯父と姪とは誰も思わない。
ただ、ワンスさんに嫁ぐ事になったのは多少なりとも侯爵家の人間だからだと思う。ワンスさんからの縁談話が断われなかったのも事実だけど。
それにクラリス商会の奥さんが私のお母様だとは誰も知らない。
このネックレスが触れるたびに自分を戒める。誰も信じるな、と。
ガラン様にでさえ気を許しても体を繋げても、心の奥底にある部分はまだ許していない。
信じられる人、それは変わらない。でも私の心が止めている。ガラン様に心の奥底まで許しては駄目と。
心の奥底まで許してしまったら、きっと私は貴方を好きになる…。
だから娼婦とお客さん、その距離が望ましい。
「ふぅん、戒めね」
「なん、ですか?」
「いいや」
何故かガラン様が怒っているような…。
「昔の男から貰った大事な物だからか?」
ガラン様はネックレスを強く引っ張った。
「昔の恋人から貰った物ではありますが意味は違います」
「でも貰った物だろ?」
「………私は…ガラン様のように、そんなに強くありません。誰かに頼りたいと思ってしまいます。でもそうなりたくないんです。それでは駄目なんです」
「誰かに頼ればいいだろう。皆助け合って生きてる。俺だって昨日お前に助けられた。そうだろ?それは悪い事か?」
「悪い事ではありません。ただ…」
「ただなんだ言ってみろ」
「いえ…」
「ハンナ」
ガラン様の大きな声にびくっと体が震えた。
「……誰かに頼れば私は弱くなります。
私の周りには弱い人ばかりでした。弱いから裏切っても許してもらえる、そう思う人達ばかりでした。お母様は自分だけが傷ついていると思ってる人でした。恋人は側にいる人に癒やしを求めました。夫は私を借金の形にするために私と結婚しました。皆私なら許してくれると、私は強いから私なら大丈夫だと言う人達でした。
私はそんな人達と同じになりたくない。だから私は強くなりたいんです。信じて裏切られるのはもう嫌だから、だからもう誰も信じないと自分を戒める為に付けているんです」
「なぁハンナ、皆誰しも弱い。誰だって何かに悩み傷ついてる。俺だって別に強い人間じゃない。自分の弱さを隠す為に強く見せているだけだ。俺は弱い、それを認めて平気な顔をしているだけだ。平気な顔をして心では悩み傷つき、それでも自分と向き合い自分で乗り越えるしかない。手や足が震えようと脈打つ音が体中に響こうが生きていく為には平気な顔をして強く見せる事も必要だ。
だからハンナが強くなりたいと思うのも悪いとは思わない。でもな、頼る事は弱さじゃない、信頼だ。相手を信じる心だ。
確かにお前の周りは弱い人だったのかもしれない。お前に甘えていたのかもしれない。でもな、だからこそそんな鎖に縛られていてどうする。
戒め?お前はそんな鎖に捕らわれているだけだ。
もう誰も信じないように付けていると言ったが、お前にとって過去の人間を忘れたくないのか?忘れろって言うんじゃない。された事を思えば忘れたくても忘れられないだろう。だがな、過去に縛られこの先を棒にふるのは間違ってる。過ぎ去った過去はもう変えられない。だがこの先は変えられる。お前自身が変われば変えられる。
お前自身で這い上がれ」
65
お気に入りに追加
989
あなたにおすすめの小説
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。


(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。
なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと?
婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。
※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。
※ゆるふわ設定のご都合主義です。
※元サヤはありません。

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私
青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。
中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)
青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。
けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。
マルガレータ様は実家に帰られる際、
「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。
信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!!
でも、それは見事に裏切られて・・・・・・
ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。
エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。
元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

(完)なにも死ぬことないでしょう?
青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。
悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。
若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。
『亭主、元気で留守がいい』ということを。
だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。
ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。
昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

(完)僕は醜すぎて愛せないでしょう? と俯く夫。まさか、貴男はむしろイケメン最高じゃないの!
青空一夏
恋愛
私は不幸だと自分を思ったことがない。大体が良い方にしか考えられないし、天然とも言われるけれどこれでいいと思っているの。
お父様に婚約者を押しつけられた時も、途中でそれを妹に譲ってまた返された時も、全ては考え方次第だと思うわ。
だって、生きてるだけでもこの世は楽しい!
これはそんなヒロインが楽しく生きていくうちに自然にざまぁな仕返しをしてしまっているコメディ路線のお話です。
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。転生者の天然無双物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる