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18 仮面
しおりを挟む1年もするとガラン様がここに入って来ただけで分かる。
『おい』や『お前』の時はただ添い寝をするだけ。『ハンナ』と呼べば情事をする。
それに顔を見れば何となく察する事ができるようになった。
バン!
勢いよく開いた食事処の扉。
1ヶ月ぶりに見るガラン様の姿。
ガラン様は脇目もふらず私めがけて歩いて来た。ガラン様は私の手首を乱暴に掴み何も言わず階段を登る。そして私の部屋の扉を開け私を布団に寝かした。
最近、賊の出没が多いとお客さん達が話していた。それに噂ではその賊が国境で闇市を行っていると。
そして辺境から討伐隊が出立したと。
今までも何週間とここに来ない時はあった。それでも1ヶ月は初めてだった。でも辺境から討伐隊が出立したと聞いてガラン様も出立したんだな、と思っていた。
だから無事な姿を見れて安心した。
獅子を纏った雰囲気は初めての時と同じ。私を射殺すような視線を向けるのも同じ。
でも、私の気持ちが違う。
いつもとは違い乱暴な行為。何も言わずただ腰を打ち付ける。果てても果てても…。それでも私はそれを受け止める。
一心不乱なガラン様とは反対に私はガラン様の顔を撫でる。眉間にしわを寄せ怖い顔をしている。
戦や賊の討伐は人を自分の手で殺す。相手に情けをかければ自分が殺される。命をかけた戦い。
きっと今回の討伐でガラン様は人を殺した。
賊を見逃せば賊に襲われ人が死ぬ。お父様も賊に殺され荷物を奪われた。
騎士は士気を上げ剣を振る。ある意味興奮状態。その興奮を収める為に女性を抱く。
騎士は剣に自分の腕に誇りをもつ。それは護るものがあるから。国、大事な人、それはきっと様々。
騎士になるきっかけも人それぞれ。
親が騎士だから、継ぐ家がないから、格好良いから、それで騎士になった人もいると思う。お金の為、そういう人もいるだろう。ガラン様のようにそれしか生きる術がなかった人もいるだろう。
それでも皆、人を殺したいわけじゃない。
殺戮が目的じゃない、護るものの為に剣を振る。
まだここに来てばかりの頃、魚を調理しやすいように下準備を手伝った事があった。その時魚の頭を落とした。あの手に残る感触は忘れられない。それに生臭い匂いも鼻に残った。それでも肉と同じで魚は食す物。
人は魚と同じではない。それでも手に残る感触や血の臭いはきっと一生忘れられないんじゃないか、そう思った。
剣を振る意味、それを奮い立たせる為に興奮状態に近い状態にする。興奮状態をずっと続ける事は出来ない。そんなの体を酷使するだけ。発散する場所が必要。
本能のままに、
発散する相手に私を選んでもらえて良かった。
以前マダムに将軍になった経緯を聞いてから、私だけはガラン様の心休める場所になろうと思った。
私にとって敵が誰か、それは目に見える。だから相手を憎む事も恨む事もできる。
でもガラン様は敵が誰か目に見えない。そんな環境の中で将軍として剣を振る。
剣を振るしか生きる術がなかった人。
将軍として剣を振り続けざるを得ない人。
私が心の拠り所になれれば。
それに舞台役者のお客さんが言っていた。幕があがる前、目を閉じ息を吐く。そして幕があがると同時に目を開け役になりきると。でも役になりきりすぎると自分が分からなくなる。その人は自分を取り戻す為に娼館に来ていると言っていた。
もしかしたらガラン様も獅子から人へ、欲を吐き出し戻る為に、切り替える為に、今まで娼館に来ていたのかもしれない。
私も今は娼婦として割り切っている。人柄を知ってからと思った時期もあった。行為を嫌悪した時期もあった。
それでも私はここで生きていくしかない。
生きていく為には嫌だからなんて言っていられない。時には我慢も必要。
それでも割り切れない時はある。
だから仮面を被る。
別人格になるわけじゃない。仮面を被り自分を隠すだけ。心の中で何を思おうがそれを見せない為に…。
私は私。娼婦ハンナも私。娼婦ハンナからハンナに戻るように、将軍からガランに。
戻ってきて、ガラン様…
怖かった顔が少しづつ和らいできて疲れ果てたのか体を縮こませ丸まって眠っている。まるで子猫のような大きな赤子のような。
可愛いと思うと同時にガラン様の普段とは違う一面に触れた気がした。
丸まって寝ているガラン様を見ていると、何でだろう、辛いような悲しいような気持ちになった。そしてこの人を包んであげたいと思った。
今までもこうやって一人で寝ていたかと思うとおもいっきり抱きしめたくなった。
私は眠っているガラン様を起こさないようにガラン様の頭を抱きしめた。
そして私も眠りについた。
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