私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ

文字の大きさ
上 下
18 / 33

18 仮面

しおりを挟む

1年もするとガラン様がここに入って来ただけで分かる。

『おい』や『お前』の時はただ添い寝をするだけ。『ハンナ』と呼べば情事をする。

それに顔を見れば何となく察する事ができるようになった。


バン!

勢いよく開いた食事処の扉。

1ヶ月ぶりに見るガラン様の姿。

ガラン様は脇目もふらず私めがけて歩いて来た。ガラン様は私の手首を乱暴に掴み何も言わず階段を登る。そして私の部屋の扉を開け私を布団に寝かした。

最近、賊の出没が多いとお客さん達が話していた。それに噂ではその賊が国境で闇市を行っていると。

そして辺境から討伐隊が出立したと。

今までも何週間とここに来ない時はあった。それでも1ヶ月は初めてだった。でも辺境から討伐隊が出立したと聞いてガラン様も出立したんだな、と思っていた。

だから無事な姿を見れて安心した。


獅子を纏った雰囲気は初めての時と同じ。私を射殺すような視線を向けるのも同じ。

でも、私の気持ちが違う。

いつもとは違い乱暴な行為。何も言わずただ腰を打ち付ける。果てても果てても…。それでも私はそれを受け止める。

一心不乱なガラン様とは反対に私はガラン様の顔を撫でる。眉間にしわを寄せ怖い顔をしている。

戦や賊の討伐は人を自分の手で殺す。相手に情けをかければ自分が殺される。命をかけた戦い。

きっと今回の討伐でガラン様は人を殺した。

賊を見逃せば賊に襲われ人が死ぬ。お父様も賊に殺され荷物を奪われた。



騎士は士気を上げ剣を振る。ある意味興奮状態。その興奮を収める為に女性を抱く。

騎士は剣に自分の腕に誇りをもつ。それは護るものがあるから。国、大事な人、それはきっと様々。

騎士になるきっかけも人それぞれ。

親が騎士だから、継ぐ家がないから、格好良いから、それで騎士になった人もいると思う。お金の為、そういう人もいるだろう。ガラン様のようにそれしか生きる術がなかった人もいるだろう。

それでも皆、人を殺したいわけじゃない。

殺戮が目的じゃない、護るものの為に剣を振る。


まだここに来てばかりの頃、魚を調理しやすいように下準備を手伝った事があった。その時魚の頭を落とした。あの手に残る感触は忘れられない。それに生臭い匂いも鼻に残った。それでも肉と同じで魚は食す物。

人は魚と同じではない。それでも手に残る感触や血の臭いはきっと一生忘れられないんじゃないか、そう思った。

剣を振る意味、それを奮い立たせる為に興奮状態に近い状態にする。興奮状態をずっと続ける事は出来ない。そんなの体を酷使するだけ。発散する場所が必要。

本能のままに、

発散する相手に私を選んでもらえて良かった。

以前マダムに将軍になった経緯を聞いてから、私だけはガラン様の心休める場所になろうと思った。

私にとって敵が誰か、それは目に見える。だから相手を憎む事も恨む事もできる。

でもガラン様は敵が誰か目に見えない。そんな環境の中で将軍として剣を振る。


剣を振るしか生きる術がなかった人。

将軍として剣を振り続けざるを得ない人。


私が心の拠り所になれれば。


それに舞台役者のお客さんが言っていた。幕があがる前、目を閉じ息を吐く。そして幕があがると同時に目を開け役になりきると。でも役になりきりすぎると自分が分からなくなる。その人は自分を取り戻す為に娼館に来ていると言っていた。

もしかしたらガラン様も獅子から人へ、欲を吐き出し戻る為に、切り替える為に、今まで娼館に来ていたのかもしれない。

私も今は娼婦として割り切っている。人柄を知ってからと思った時期もあった。行為を嫌悪した時期もあった。

それでも私はここで生きていくしかない。

生きていく為には嫌だからなんて言っていられない。時には我慢も必要。

それでも割り切れない時はある。

だから仮面を被る。

別人格になるわけじゃない。仮面を被り自分を隠すだけ。心の中で何を思おうがそれを見せない為に…。

私は私。娼婦ハンナも私。娼婦ハンナからハンナに戻るように、将軍からガランに。


戻ってきて、ガラン様…


怖かった顔が少しづつ和らいできて疲れ果てたのか体を縮こませ丸まって眠っている。まるで子猫のような大きな赤子のような。

可愛いと思うと同時にガラン様の普段とは違う一面に触れた気がした。

丸まって寝ているガラン様を見ていると、何でだろう、辛いような悲しいような気持ちになった。そしてこの人を包んであげたいと思った。

今までもこうやって一人で寝ていたかと思うとおもいっきり抱きしめたくなった。

私は眠っているガラン様を起こさないようにガラン様の頭を抱きしめた。

そして私も眠りについた。


しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

(完)悪女の姉から解放された私は・・・・・・(全3話)

青空一夏
恋愛
お姉様は私から恋人を奪う悪女。だから私はお姉様から解放されたい。ショートショート。3話完結。

(完)なにも死ぬことないでしょう?

青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。 悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。 若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。 『亭主、元気で留守がいい』ということを。 だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。 ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。 昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

(完)僕は醜すぎて愛せないでしょう? と俯く夫。まさか、貴男はむしろイケメン最高じゃないの!

青空一夏
恋愛
私は不幸だと自分を思ったことがない。大体が良い方にしか考えられないし、天然とも言われるけれどこれでいいと思っているの。 お父様に婚約者を押しつけられた時も、途中でそれを妹に譲ってまた返された時も、全ては考え方次第だと思うわ。 だって、生きてるだけでもこの世は楽しい!  これはそんなヒロインが楽しく生きていくうちに自然にざまぁな仕返しをしてしまっているコメディ路線のお話です。 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。転生者の天然無双物語。

処理中です...