私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ

文字の大きさ
上 下
14 / 33

14 猛獣?珍獣?

しおりを挟む

目が覚めると私を覗き込むマダムとリズ姉さんの顔が見えた。


「ハンナ!」


リズ姉さんは私を抱きしめた。


「大丈夫?体は?」

「は、はい…」


私は起き上がろうとした。


「今日は寝てな」


マダムの声に姉さんが私をもう一度横に寝かせる。


「あの…」

「あんた途中で意識を失ったんだ」


外が明るくなってきたまでは覚えている。『朝だ』そう思ったから。


「ハンナどこか痛い所は?」


心配そうに私を見つめるリズ姉さん。


「体中、痛いです」

「本当にあの男は。あの男の相手は私かマリーしか無理なんだよ」


マリー姉さんは2番目に人気の娼婦。


「あの男の良い所は金払いだけだよ、全く…」

「ハンナ何か食べるかい?」


マダムに言われてお腹が空いたなと思った。それと同時にこんな時でもお腹は空くんだなと思った。


「はい」

「誰も厨房にいないから温めるだけの簡単なものしかないけどちょっと待ってな」


マダムが部屋を出て行った。


「姉さん、今何時ですか?」


厨房に誰もいないって事は店は終わったって事。一晩娼婦を買う人はいる。料理人は店が終わると温めるだけの料理を作り家に帰って行く。軽食程度なら私でも作れる。夜中に作り運んだ事もある。


「もうすぐ夜が明けるよ」

「え!」


夜が明けるって、私まる一日寝てたの?

確かに男性との行為は激しかった。今も体は重い。


「今日はゆっくり体を休めな」


リズ姉さんは私の頭を撫でた。

マダムもリズ姉さんも他の姉さん達も私の頭をよく撫でてくれる。

甘えていいんだよ、と教えるように…。

この娼館はまるで家族のよう。末娘の私を時に厳しく時に優しく育ててくれる。皆同じ立場。ここに売られて自暴自棄になってそれでも足掻いて。

ここに来て人の優しさに触れた。

今だけ甘えよう…

リズ姉さんの私を撫でる手に今だけ甘えて私は目を瞑った。



マダムが持ってきてくれた温かいスープを飲みまた横になる。『今日も寝てな』そう言われ私は自分の部屋で横になっている。

布団しかない部屋、この狭い部屋が私の城。天井を見つめただぼうっとしている。


「入るぞ」


私の答えを待たず扉を開けて入った男性。


「大丈夫か」

「は、はい…」

「無理をさせた、すまん」


ばつの悪そうな顔をした男性。


「いえ」


私は起き上がろうとした。


「まだ寝てろ」


男性は私の隣に座り私の顔を覗き込む。私はじっと男性の顔を見つめる。


「なんだ?」

「いえ、こんな顔だったんだと思いまして」


あの夜は獅子のような男性としか覚えていない。顔も朧気で思わずまじまじと見つめてしまった。


「悪かったな、こんな男の相手なんかさせて」


私は困ってしまった。男性の相手をするのが私の仕事。


「どうせ相手するなら不細工より格好良い方がいいだろ?」

「そんな事は…」

「いいんだ、はっきり言ってくれ」

「本当にそんな事思っていませんよ」


大柄で目付きも悪くお世辞でも格好良いとは言えない。でも相手を選べる程私は売れていない。


「この前は盗賊退治の後で気が荒ぶっていたんだ」


確か、マダムが将軍様と呼んでいたような…。


「騎士様ですか?」

「騎士なんてそんな洒落たものじゃない。まあやってる事は同じだけどな」

「でも確か将軍様とマダムが呼んでいましたが」

「将軍だからな」

「騎士じゃないけど将軍、ですか?」

「俺にはこの腕しかない。剣を振れなきゃお払い箱だ。将軍だってただ我武者羅に剣を振ってたらたまたまなっただけだ。別に将軍って器でもないしな。

護る者が増えれば迷いが生じる。迷いがあれば判断が鈍る。判断が鈍れば命を失う。将軍になれば護る者が増えるだろ?あいつらを全員護るには俺が強くならないといけない。まあ護れる程俺が強くなればいいだけだから簡単な話だ」


簡単だと言っているけど顔には新しい傷があった。それに顔には古い傷跡も残っている。この人は自分を盾にしてでも護る者の為に命を懸ける人。

よく見れば服もほつれている所がある。


「そこ、縫いましょうか?」

「ん?」


男性はほつれている所を見た。


「あー、これはさっき引っ掛けた所だ。いちいち直さなくてもいい」

「貸して下さい、私が気になります」

「なら針と糸を貸してくれ、自分で直す」


私は起き上がり引き出しから針と糸を出し男性に渡した。


「ふっ」

「ん?なんだ?」

「いえ」


大きな体を丸くしてチクチクと縫っている姿に思わず笑ってしまった。

私はそっと覗き込んだ。見た目に反して上手に縫えている事に驚いた。なんとなく大雑把な気がしたから。


「上手ですね」

「慣れてるしな」

「そうなんですか?」

「ああ、ガキの頃から男所帯だったし、剣を持ってからは服を縫う機会が増えた。破れたからといって毎回服なんて買えないしな。今は剣で破く事はないがあまり周りを気にせず歩くからな、この通りだ。

お前も何か縫う物があれば出せ、ついでだ」

「ふふっ、私も縫い物は得意なんです」

「そうか、俺の腕前を披露出来ると思ったんだがな」


あの夜は別人だったのかと思う程話しやすい人。大柄な見た目のようにおおらかな人なのかもしれない。

笑った顔がとても可愛らしい人。



しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

(完)悪女の姉から解放された私は・・・・・・(全3話)

青空一夏
恋愛
お姉様は私から恋人を奪う悪女。だから私はお姉様から解放されたい。ショートショート。3話完結。

(完)なにも死ぬことないでしょう?

青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。 悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。 若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。 『亭主、元気で留守がいい』ということを。 だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。 ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。 昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

処理中です...