私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ

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近所に住む一歳年上のフェイン。この領地に住みだした頃は意地悪な男の子だった。

畑では虫を投げてきたし、木箱の上に乗って洗濯物を干していたら驚かせてくるし、私の髪を何度引っ張られたか分からない。

でも私が泣いてると黙って横に座ってくれた。私が泣き止むまでずっと。理由も聞かない。ただずっと横に居てくれる。


お父様の裏切りに傷ついたのは事実だけど私が誰かを好きになるのはまた別。

フェインは意地悪だけど私の手を引っ張って色々な所に連れ出してくれる。木に成ってる実を取って二人で食べて怒られたり、川で水遊びもしたわ。

お母様と二人だけの生活に息が詰まる事なんて何度もあった。でもフェインはそれを忘れさせてくれるの。フェインの前でだけは私は子供に戻れる。無邪気に遊んで笑って過ごす、ごく当たり前の事を許されたの。

二人で居る事が自然だと思った。結婚なんてお父様とお母様を見ていたから夢も見ない。でももし結婚するならフェインだろうとどこかで思っていた。

年頃になればお互いを意識した。一人の男性として一人の女性として。

お母様が私を置いて出て行った時、ずっと側に居てくれたのはフェインだった。私は置いて行かれた事が許せないんじゃない。お母様が一人の女性として生きたいならそれも良い。

私が許せなかったのはお母様が何もかも忘れたふりをしていた事。忘れたふりをしていないと心が保てなかったのかもしれない。お父様との子供の私を見るのが嫌だったのかもしれない。

お母様は自分の子供と分かってる上で私をメイドだと思い込もうとした。私はお母様が私を忘れたとしてもいつか思い出してくれると信じていた。

いつか、いつの日か、また穏やかに笑って『ハンナ』って抱きしめてくれる日をずっと待っていた…。

でもリクルさんと出て行ったお母様の最後の言葉や表情でいつかはこなかったと思い知らされた。

ここに住んで数年、『ハンナ』なんて呼ばれた事なんてない。いつも『貴女』って私を呼んでいた。私もお母様に自分の名前を言った事はない。

何もかも忘れたと思っていたから、せめてお母様が私の名を呼ぶ思い出は例え執着じみた呼び方だったとしても娘として呼ばれた時のままが良いと思った。

だから何もかも忘れたお母様にとって私は『貴女』。なのに最後の最後で何も忘れていなかった事実を私に叩きつけた。

そして愛せない娘を捨てた…。



お母様が出て行って伯父様がここを訪ねて来た。


「ハンナ、王都に戻ろう。そして俺の子供になって侯爵家で一緒に暮らそう」

「伯父様、今更貴族に戻りたくありません。読み書きは出来ても簡単な計算しか出来ないし、それに令嬢の嗜みもマナーも何一つ出来ないのにですか?平民の生活が身に付いてる私には無理です」


伯父様は私一人でも生活出来るように今までと同じ金額だけ送ってくれる事になった。


「ハンナには俺がついてる」

「ありがとうフェイン」


フェインが側に居てくれる、それだけで心強く思えた。

15歳になったフェインは騎士になると王都に行った。領地でも荷馬車の護衛は給金が高い。王都には無料で通える騎士学校がある。1年学校へ通い1年は街の騎士団で見習いとして働く。そして騎士として初めて認められる。最低でも2年は離れ離れになる。


「2年後必ず戻ってくる。そしたら結婚しよう。ハンナには笑って暮してほしい」


そう言って王都に行ったフェインは約束の2年経っても帰って来なかった。

王都に行って4年…、私の首にはチェーンだけのネックレスがフェインの代わりに私の側にいてくれる。

王都へ行ったフェインとは手紙のやり取りだけだった。1年後見習い騎士になり初めての給金が出たとチェーンだけのネックレスが封筒に入っていた。フェインは飾りの付いたネックレスが買えなくて悪いって思っていたけど私はネックレスよりも会いたかった。それでもあと1年我慢すれば…、そう思っていた。

あと1年とフェインの帰りを待っていた。段々手紙の返信が無くなり一方的に送る手紙になっても私はフェインを信じていた。


「ハンナ」


慌てた声で呼ばれた。


「マリーお姉ちゃん慌ててどうしたの?」

「フェインの奴!あいつ王都で女と暮してた!」


マリーお姉ちゃんは先日王都に行った。そのついでにフェインの様子を見てきてくれた。


「あいつ何しに王都へ行ったのよ!女探しに行ったんじゃないのよ、騎士になりに行ったんでしょ。ハンナを幸せにする為に騎士になりたかったんでしょ!なのに!」

「お姉ちゃんありがとう…。でも私も何となく分かってたの。手紙も返ってこなくなったし、それに前に手紙に書いてあったの。王都での暮らしが楽しいって。それに仲良くなった人が出来たって。男の人だと思ってたんだけど、違ったのね…」


まだ手紙のやり取りをしていた時、初めは辛いって書いてあった。体力はあっても基礎から学ぶフェインにとって周りとの差は歴然だった。帰りたいと書いてあった時もあった。

少なくなった返信の手紙、その頃から騎士として強くなるまでは王都で頑張りたいと。仲良くなった友人と出会い毎日楽しく暮していると。

そしてその返信も無くなった…。

無理はしないでと、体だけは大事にしてと、一方通行の手紙を私は送っていた。

仲良くなった友人、私は同じ騎士を志す人だと思っていた。でも前に一度だけ書いてあった。先輩騎士達と食堂へよく行くと。そしてその食堂には同じ年のミアという名の娘さんが居ると…。

その一度だけしか書かれなくなったフェインの王都での暮らしの一部。

それからは『元気だ』それだけの手紙に違和感が残っていた。


そう、

フェイン、貴方も私を捨てるのね…



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