5 / 33
5 恋人
しおりを挟む近所に住む一歳年上のフェイン。この領地に住みだした頃は意地悪な男の子だった。
畑では虫を投げてきたし、木箱の上に乗って洗濯物を干していたら驚かせてくるし、私の髪を何度引っ張られたか分からない。
でも私が泣いてると黙って横に座ってくれた。私が泣き止むまでずっと。理由も聞かない。ただずっと横に居てくれる。
お父様の裏切りに傷ついたのは事実だけど私が誰かを好きになるのはまた別。
フェインは意地悪だけど私の手を引っ張って色々な所に連れ出してくれる。木に成ってる実を取って二人で食べて怒られたり、川で水遊びもしたわ。
お母様と二人だけの生活に息が詰まる事なんて何度もあった。でもフェインはそれを忘れさせてくれるの。フェインの前でだけは私は子供に戻れる。無邪気に遊んで笑って過ごす、ごく当たり前の事を許されたの。
二人で居る事が自然だと思った。結婚なんてお父様とお母様を見ていたから夢も見ない。でももし結婚するならフェインだろうとどこかで思っていた。
年頃になればお互いを意識した。一人の男性として一人の女性として。
お母様が私を置いて出て行った時、ずっと側に居てくれたのはフェインだった。私は置いて行かれた事が許せないんじゃない。お母様が一人の女性として生きたいならそれも良い。
私が許せなかったのはお母様が何もかも忘れたふりをしていた事。忘れたふりをしていないと心が保てなかったのかもしれない。お父様との子供の私を見るのが嫌だったのかもしれない。
お母様は自分の子供と分かってる上で私をメイドだと思い込もうとした。私はお母様が私を忘れたとしてもいつか思い出してくれると信じていた。
いつか、いつの日か、また穏やかに笑って『ハンナ』って抱きしめてくれる日をずっと待っていた…。
でもリクルさんと出て行ったお母様の最後の言葉や表情でいつかはこなかったと思い知らされた。
ここに住んで数年、『ハンナ』なんて呼ばれた事なんてない。いつも『貴女』って私を呼んでいた。私もお母様に自分の名前を言った事はない。
何もかも忘れたと思っていたから、せめてお母様が私の名を呼ぶ思い出は例え執着じみた呼び方だったとしても娘として呼ばれた時のままが良いと思った。
だから何もかも忘れたお母様にとって私は『貴女』。なのに最後の最後で何も忘れていなかった事実を私に叩きつけた。
そして愛せない娘を捨てた…。
お母様が出て行って伯父様がここを訪ねて来た。
「ハンナ、王都に戻ろう。そして俺の子供になって侯爵家で一緒に暮らそう」
「伯父様、今更貴族に戻りたくありません。読み書きは出来ても簡単な計算しか出来ないし、それに令嬢の嗜みもマナーも何一つ出来ないのにですか?平民の生活が身に付いてる私には無理です」
伯父様は私一人でも生活出来るように今までと同じ金額だけ送ってくれる事になった。
「ハンナには俺がついてる」
「ありがとうフェイン」
フェインが側に居てくれる、それだけで心強く思えた。
15歳になったフェインは騎士になると王都に行った。領地でも荷馬車の護衛は給金が高い。王都には無料で通える騎士学校がある。1年学校へ通い1年は街の騎士団で見習いとして働く。そして騎士として初めて認められる。最低でも2年は離れ離れになる。
「2年後必ず戻ってくる。そしたら結婚しよう。ハンナには笑って暮してほしい」
そう言って王都に行ったフェインは約束の2年経っても帰って来なかった。
王都に行って4年…、私の首にはチェーンだけのネックレスがフェインの代わりに私の側にいてくれる。
王都へ行ったフェインとは手紙のやり取りだけだった。1年後見習い騎士になり初めての給金が出たとチェーンだけのネックレスが封筒に入っていた。フェインは飾りの付いたネックレスが買えなくて悪いって思っていたけど私はネックレスよりも会いたかった。それでもあと1年我慢すれば…、そう思っていた。
あと1年とフェインの帰りを待っていた。段々手紙の返信が無くなり一方的に送る手紙になっても私はフェインを信じていた。
「ハンナ」
慌てた声で呼ばれた。
「マリーお姉ちゃん慌ててどうしたの?」
「フェインの奴!あいつ王都で女と暮してた!」
マリーお姉ちゃんは先日王都に行った。そのついでにフェインの様子を見てきてくれた。
「あいつ何しに王都へ行ったのよ!女探しに行ったんじゃないのよ、騎士になりに行ったんでしょ。ハンナを幸せにする為に騎士になりたかったんでしょ!なのに!」
「お姉ちゃんありがとう…。でも私も何となく分かってたの。手紙も返ってこなくなったし、それに前に手紙に書いてあったの。王都での暮らしが楽しいって。それに仲良くなった人が出来たって。男の人だと思ってたんだけど、違ったのね…」
まだ手紙のやり取りをしていた時、初めは辛いって書いてあった。体力はあっても基礎から学ぶフェインにとって周りとの差は歴然だった。帰りたいと書いてあった時もあった。
少なくなった返信の手紙、その頃から騎士として強くなるまでは王都で頑張りたいと。仲良くなった友人と出会い毎日楽しく暮していると。
そしてその返信も無くなった…。
無理はしないでと、体だけは大事にしてと、一方通行の手紙を私は送っていた。
仲良くなった友人、私は同じ騎士を志す人だと思っていた。でも前に一度だけ書いてあった。先輩騎士達と食堂へよく行くと。そしてその食堂には同じ年のミアという名の娘さんが居ると…。
その一度だけしか書かれなくなったフェインの王都での暮らしの一部。
それからは『元気だ』それだけの手紙に違和感が残っていた。
そう、
フェイン、貴方も私を捨てるのね…
71
お気に入りに追加
989
あなたにおすすめの小説
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。


(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。
なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと?
婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。
※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。
※ゆるふわ設定のご都合主義です。
※元サヤはありません。

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私
青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。
中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

(完)なにも死ぬことないでしょう?
青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。
悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。
若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。
『亭主、元気で留守がいい』ということを。
だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。
ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。
昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)
青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。
けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。
マルガレータ様は実家に帰られる際、
「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。
信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!!
でも、それは見事に裏切られて・・・・・・
ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。
エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。
元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

(完)僕は醜すぎて愛せないでしょう? と俯く夫。まさか、貴男はむしろイケメン最高じゃないの!
青空一夏
恋愛
私は不幸だと自分を思ったことがない。大体が良い方にしか考えられないし、天然とも言われるけれどこれでいいと思っているの。
お父様に婚約者を押しつけられた時も、途中でそれを妹に譲ってまた返された時も、全ては考え方次第だと思うわ。
だって、生きてるだけでもこの世は楽しい!
これはそんなヒロインが楽しく生きていくうちに自然にざまぁな仕返しをしてしまっているコメディ路線のお話です。
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。転生者の天然無双物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる