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2 侯爵家
しおりを挟むお父様が亡くなり埋葬はお父様の弟、叔父様が全て取り仕切ってくれた。お母様は埋葬には立ち会わず部屋に籠もった。
まだ5歳の私。部屋に籠もり何もしないお母様。
落ち着くまで邸で暮らし始めた叔父様家族。
私が3歳の時にお祖母様が亡くなり、後を追うようにお祖父様が亡くなった。
今ここにお祖父様が生きていたなら、そしたら私達は侯爵家から追い出される事もなかった…。
女性当主を認めていないこの国でお父様とお母様はもう一人子を作ろうとしていた。女の私では当主にはなれない。婿養子を娶りその人にお父様の跡を継いでもらうしかないから。その矢先でのお父様の死。
お母様と離縁して平民の彼女と婚姻する事は出来ない。高位貴族の侯爵家、平民の彼女が侯爵夫人として務まる訳がない。淑女の嗜みも貴族夫人との付き合いも所作やマナーも一朝一夕で身につくものじゃない。幼い頃からの積み重ねで出来上がるものだから。
だけどお父様は迷っていた。
婿ではなく本当の息子に侯爵家を継いでほしいと。
だから私には婚約者がいなかった。第一子が女児の場合3歳頃までに婚約者を決める。もし次の子が生まれ男児の場合婚約を白紙に戻す事はある。でもまだお互い幼い子供、正式にと言うよりは仮に、でもお父様は『まだ早い』といつも言っていた。お母様との間にもう一人、もしかしたら弟が出来たかもしれない。『嫁には出さない。ハンナはお父様とずっとここで暮らせばいい。他所の男に奪われるくらいなら誰の嫁にもならなくていい』お父様の口癖だった。
叔父様には3歳の男の子がいる。
それに次期当主を決めていなかった事で家督はお父様から叔父様に移った。長男に何かあれば次男が、この貴族社会では当たり前の事。
もし私が男の子なら違った。もし私に婚約者がいたら違った。でも私は女の子。当主にもなれない女の子。それに婚約者もいなかった。
本来ならお母様も私も本邸では暮らせなくても離れもしくは領地の邸で暮らせた。それでも叔父様はそれを許さなかった。
食い扶持は少ないなら少ない方が良い。
お母様と私は侯爵家から追い出された。侯爵令嬢で侯爵夫人になったお母様と5歳の私。何も出来ない親子の面倒を見るにもお金かかかる。
それにお父様は愛人とその子供と亡くなった。
侯爵家を立て直す為にも余計なお荷物は背負いたくない叔父様の気持ちも分かる。
分かるけど、
お祖父様の反対を押し切って男爵令嬢だった叔母様と駆け落ちし侯爵家とは縁を切られたのは叔父様の方。お祖父様の死お父様の死で侯爵家を乗っ取るのは違うでしょ?
お祖母様の埋葬もお祖父様の埋葬も顔を出さなかったのに今更?
それでも5歳の私に出来る事は何もない。
侯爵家から縁を切られ平民として暮らしていても元侯爵令息としての教養もある叔父様。元男爵令嬢だとはいえ淑女の嗜みもマナーも一応一通り出来る叔母様。まだ3歳の息子はこれから学ばせれば良い。
お祖父様は縁は切っても籍は抜いていなかった。それが最後の親心だったのかは今はもう聞く術もない。
籍を抜いてくれていたら…
お祖父様が抜かなくてもお父様が抜いてくれていたら私達は強気に出れたのに…。
でも今のお母様には無理。勿論5歳の私も。お母様はお父様を恨み憎む事だけに執着している。
だからこの邸から追い出されようが気にも留めない。
「この邸から出て行け。この侯爵家の当主は俺だ」
怒鳴り散らす叔父様を私はずっと見ていた。
5年、私はこの邸で育った。この侯爵家は私の邸。ここで私はこれからも過ごせるはずだった。どこかへ嫁ぐのか誰かを婿に迎えるのかは分からなかったけど、こんな早くこの邸を追い出されるとは思わなかった。
所々に思い出があるこの邸から私達は追い出されるように門の外に捨てられた。
私達が門の外に出ると『ガシャン』と鍵がかけられた。
鞄一つで侯爵家を追い出されたお母様と私。お母様に手を引かれお母様の実家の侯爵家へ向かった。
侯爵家に着きお祖父様が居る書斎へ入ればお祖父様は理由も聞かず怒声を浴びせた。
「この恥さらしが!何しに帰ってきた。お前達の居場所はここには無い」
「お父様お願いします。私達をここに置いて下さい」
「お前は嫁に出した娘だ。お前はもうこの家とは関係ない。
出て行け!」
見栄を気にするお祖父様は出戻りを許さなかった。
書斎から出てきた私達を伯父様が待っていた。
「お兄様…」
「父上が認めない以上俺には何も出来ない。すまんな…」
お祖父様が当主の座にいる以上、伯父様には何も出来ない。それも仕方がない。
「お前達は領地で暮せ。家は用意する。少しだけだが生活に必要な物を買うお金も渡す。だが、自分達が食べる分くらいは自分達で何とかしてくれ。
家もお前達の生活の面倒を見る余裕はないんだ。そこは分かってほしい」
「………分かりましたお兄様」
伯父様の計らいで領地で暮らす事を許されたお母様と私は領地へ向かった。
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