私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ

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1 お父様

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「おとうさまだいすき」

「父様も大好きだよ」


娘を抱きしめる一人の父親。


ごく普通の父親と娘の姿…



父親と母親、そして子供。仲の良い家族。

子供が庭を走り回り、それを愛おしそうに妻の肩を抱き寄せ見つめる夫婦。

嘘偽りない家族の時間…。




私はハンナ。侯爵家の一人娘として何不自由なく育ってきた。可愛い服、美味しい食事、欲しいものは何でも買ってくれた。絵本もくまのぬいぐるみも、色とりどりのキャンディーも。

お父様は月に2回領地へ行く。お父様がいないその間は少し寂しかったけど、帰ってきた時は小さい手では抱えきれないほどの玩具やお菓子を沢山貰った。


私に向けるお父様の目を、私を抱き上げるお父様の手を、私は信じて疑わなかった。



私が5歳の時、お父様は突然亡くなった。

領地へ行くと言って邸を出て行ったお父様は領地とは正反対の場所で盗賊に襲われた。邸に戻ってきたお父様の亡骸。お父様と一緒に一人の女性と男の子の亡骸も共に邸に戻ってきた。

商会の人が着るような服を着たお父様。平民には良い服を着た女性。私より年上らしい男の子。

お母様は泣き叫び亡骸のお父様に罵声を浴びせ続けた。女性と子供の亡骸は侯爵家の騎士達が何処かへ捨てに行った。

その時の事は今でも恐ろしい記憶として残っている。お父様が亡くなり悲しいと言うよりもお母様の鬼のような形相が怖かったのを覚えている。


字が読めるようになった時、お母様には内緒で持ち出したお父様の書斎にあった手記を読んだ。

お父様の手記には2つの家族の事が書いてあった。どちらの妻も、どちらの子供も愛していると。

そして罪悪感。

どちらを選ぶ事も出来ない。どちらが本妻でどちらが愛人か、そんな事ではないと。どちらも本妻だと。どちらも愛している俺が悪いと。どちらも愛してしまった俺が悪いと。

そして後ろめたさ

2つの家族をただ大事に大切に思っていた。二人の妻に二人の子供に寂しい思いをさせている。だから各々と過ごす時は優しくしよう。己の愛情を注ごう。

それでも時折思う。今この瞬間、もう一人の妻は子供はどうしているのだろうと…。


だから?

玩具やお菓子は罪滅ぼしのつもり?

あの優しさも愛情も結局は自分を守る為の偽りでしょ?


侯爵令嬢のお母様とは幼い頃に親に決められた婚約だった。婚約者として長年過ごした。このまま婚姻するんだと思っていた学生時代、平民の彼女に出会い初めて恋をした。お父様にとって初めて自分が好きになった人。恋が愛に変わり子供が宿った。

貴族の中に愛人を持つ男性はいる。それでもお祖父様は愛人を否定する人だった。お祖母様を一途に愛する愛妻家だった。

当主を引き継ぐお父様にとってお母様との婚姻は大事な事だった。もし彼女を妻にするなら当主にはなれない。ううん、お祖父様がお父様を勘当したと思う。

【婚約者に誠実ではない者がこの先何を行っても地道にコツコツやる事は出来ない】

お祖父様の持論だけど決められた婚約者は生涯の伴侶。伴侶を一途に愛すのは当たり前。領民からの信頼、足をすくわれないようにする自衛。そうやって代々侯爵家を守ってきた。

足の引っ張りあいの貴族社会で愛人は弱みを握られる事になる。それはお父様も分かっていた。だからわざわざ王都と領地の間の町に彼女と息子を住まわせていた。

お父様にとって第一子の息子が産まれ、お母様と婚姻した。彼女を思う気持ちが情熱的な愛ならお母様とは穏やかな愛。長年婚約者として過ごし少しずつ積み重なった思いは手放せない愛になった。恋い焦がれる彼女とは反対に心安らぎどんな自分でも励まし付いてきてくれるお母様はお父様の心の拠り所だった。

互いに違う二人の女性を愛したお父様。男の子と女の子、違う性別の子供が産まれたお父様。どちらを捨てる事もどちらを取る事も出来ないお父様。

だから嘘をつき続け守っていた。

家族の平穏を…

違うでしょ?

守っていたものは自分の保身だけ。

そして、

何も知らなかったお母様と私…

ねぇお父様、お父様が残していったものは何だと思う?

お父様が亡くなって初めて知らされる真実と裏切り

お父様を本当に愛し信じていたお母様はお父様の裏切りに耐えられなくて心が病んだわ。そして私を支配するようになった。

人は支配されるとその後の束縛を防ぐ為に嘘をつくようになるのよ。

『ハンナはお母様を愛しているわよね?ハンナはお母様を裏切らないわよね?ハンナはお母様とずっと一緒にいてね』

お母様の側を片時も離れる事を許されなかった。起きてる時は勿論だけど寝る時も湯浴みをする時も、私の全てを支配するようになった。

だから私は嘘をつき続けた。

『わたしはおかあさまからはなれない。だってわたしにはおかあさましかいないもの』

お気に入りだったくまのぬいぐるみも服も鞄も靴も、絵本も玩具も全て捨てられた。お父様が私の為に選んだ物だったから。

『こんなのいらない』

どれだけお気に入りだったとしても、大好きなお父様との思い出だったとしても、お母様はお父様の跡を残す事を許さなかった。

そしてお母様が選んだ物しか私は持てなかった。

大きなリボンもフリルの服も着たくないのに嬉しそうに着ないといけないの。


ねぇお父様、これが貴方が望んだ家族の形だったの?

ねぇ、答えて?



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