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蛙の子は蛙
愛される喜び
しおりを挟む「歪な俺を誰が愛してくれると言うんだ」
「完璧な人間ほどつまらないだろ。理性のある人間ほど面白味もない。人は本能のままの姿が美しいとは思わないか?
男にだけじゃない、女にだって性欲はある。だがそれを良しとしない。乱れ狂う姿は何よりも美しいのにな。世の男共は女にどんな理想を描いているのか知らないが、女は慎ましやかに夫の後ろを歩く、それの何が美しい」
「それが淑女だ」
「そんな型にはめて女性本来の輝きを消しているとは思わないのか?
貴族の男共は皆好きな事をやって妻には自由を縛る。ドレスを買ってやってる、宝石を買ってやってる、そう言うがドレスや宝石を買い過ぎれば無駄遣いだの金食い虫だの、誰の金だと散々愚痴ってるじゃないか。なら自分達は毎日サロンでいくら使ってる?愛人を囲い愛人にいくら使ってる?
女は物言わぬ置物じゃない。ドレスや宝石しか楽しみがないんじゃないのか?」
「華やかに着飾るのが女性の楽しみだ」
「ならどうして金を使うなとその楽しみを奪う」
「限度がある」
「自分達には限度を決めず、妻には限度を決めるのはなぜだ」
「それは…」
「結局自分の金だからだろ?自分の奥さんが働きに出るようものなら外聞が悪いだの甲斐性なしだと思われるだの、今度は自分の保身だ。
自由を縛られ自由に羽ばたく事もできない。小さい頃からこうしなさいああしなさい、女性はこうあるべきだの、淑女の仮面を被らされて自分の言いたい事も聞きたい事も言えない。
歪なのは何もお前だけじゃない。皆歪な姿を上手く偽装しているだけだ。それこそ幼い頃から培われたその能力でな。
んで、俺はその歪なそのままの姿を抱く男娼だ。夫に隠れて男娼を買う背徳感、夫以外に抱かれたという罪悪感、そして夫では味わえない快楽、そこに奥様方は金を出す。夫の前では良い妻を演じる為にな。
何だったら俺が抱いてやろか?俺ならお前を愛してやれるぞ?可愛がり甘やかし、歪なお前をお前ごと包んでやるぞ?」
「本当か」
俺は彼の言葉に思わず返してしまった。
「おいおい俺達男同志だぞ?まあ俺はそんな偏見はないがお前は良いのか?」
「家で良い夫や父親が演じられるならそんな事は些細なことだ」
抱くって言ったって抱きしめてもらった事は何度もある。他の男性なら嫌悪感はあるが彼にはない。口付けもしようと思えばできなくもない。首筋や背中はもう何度も彼の唇が当たった。首筋や背中が唇に変わるだけだ。
「なら本当にいいんだな」
「頼む、俺はお前しか頼る人がいないんだ」
俺は懇願するように訴えた。
彼は俺の頬に手を当て貪るように口付けをした。初めは俺は何をしているんだと思っていたが段々それも薄れていった。何も考えられない。頭がぼうっとして与えられる快楽だけが頭を支配した。唇が離れれば『もっと』と懇願した。
『はぁはぁ』と息が上がり、体は火照っている。ただの口付けだけでこうなるものなのか、そう思った。
俺が今まで妻にしていた口付けはただ唇を重ねるだけの子供だましのようなものだった。
それに主導権を彼が握り、俺はただ与えられるだけ、それが何よりも安心した。
それからも彼と会えば貪るような口付けを何度も与えられ、その度に俺は『もっと、もっと』と彼にねだった。
主導権を握らなくてもいい、男性はこうあるべきだという理想を演じなくていい、俺は与えられるだけ、それを受け取るだけでいい。その関係が心地よくなり、俺は彼の前だけ自分になれるようになった。
反対に家では良い夫として良い父親として演じられる。
息苦しくなれば彼に甘え、ただ抱きしめられる。俺の頭を撫で、ぎゅっと抱きしめられる強さは妻では味わえない。
ベッドの上で手を広げれば彼は優しい顔で俺を抱きしめる。目を見つめれば口付けを落とされる。彼にもたれれば彼は俺を支える。誰かの膝の上に座るのも、誰かの体の前に座るのも、こんなに心地よいものなのか。包みこまれ守ってもらえる安心感、こんなに穏やかな気持ちになるものなんだな、そう思った。
「もう金はいらない。俺は金で繋がる関係をやめたい」
「どうしてだ、もう俺と会いたくないのか」
「違う、金の関係はその場限りの仮初の関係だ。俺はお前と本気の関係を築きたい。だから男娼も辞めた。お前以外に触れたくないと思った。
俺はお前を愛してる。奥さんに嫉妬するくらい、お前を愛してる。奥さんからお前を奪いたい」
彼の真っ直ぐ俺を見つめる熱い視線に俺は彼に抱きついた。
「俺もお前を愛してる…」
この日初めて体を繋げた。
今までは口付けや体の愛撫だけだった。俺の俺も妻には反応しなかったが彼には反応した。お互いのものを合わせ彼の指が入ってはいけない所を出入りした。
『男同志はここを使うらしい』
俺は女性のような声を上げ、彼から与えられる快楽を受け取った。
ずっと物足りなさを感じていた。
そして今日満ち足りた。ずっと待っていたものが何なのか、ようやく分かった。
俺は誰かに与えたい方ではなく与えられたい方だと。押さえつけられるような彼の体重の重さ、逃げ場のない彼の腕の中、上から見つめるのではなく下から見つめる彼の必死な顔。
俺は誰かを抱きたいのではなく、誰かに抱かれたかったのだと。全てを委ね自分を預けられる人。
彼が抱く女性に嫉妬もした。本音を言えば俺以外に触れてほしくなかった。それでもこれは他の人達と同じお金で繋がる関係。そんな俺に彼の仕事の邪魔をする権利はない。
何度も自分に言い聞かせた。
彼を好きになるとなんとなく分かっていた。初めて彼と出会った日、彼の力強い腕、逞しい腕の中、あの時の胸の高鳴りはお酒に酔っていたからではないと。
妻以外に好意を寄せる自分が許せなくて、俺は父上とは違うと、何度も自分に言い聞かせ何度も心に蓋をした。
体は正直で妻を避けるようになった。
家に居るのは息が詰まる。息子や娘は可愛い、可愛いはずなのに、いつしかどうでも良くなった。
妻に悟られないように良い夫を演じ良い父親を演じた。背徳感や罪悪感、それがまた俺を興奮させた。
俺はいつからか妻を愛していない、もう愛せないと、妻への愛は消えていた…。
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