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ただずっと側にいてほしかった
二人だけの世界
しおりを挟む「キャロル」
私の名を呼ぶ声に私は辺りをキョロキョロと見回した。
「おい、キャロル、こっちだこっち」
声のする方へ私は歩いていく。
ふわふわと柔らかい絨毯の上、暑さも寒さも感じない、ここはどこなの?
「キャロルー」
笑顔で手を振る姿を目にしたと同時に涙が溢れてきた。
「コ、コール、さまー」
手を広げて待っているコール様に向かって私は全速力でかけて行く。
勢いよく抱きついた私をコール様は軽々と抱き上げた。
宙に浮く足、私は必死にコール様を抱きしめた。もう離さないと思いを込めて。
「これは夢?」
「夢じゃないぞ」
「なら…」
「俺はずっとここでキャロルを待っていた。どちらかと言えば待ちくたびれた方だ。だけどな、早くこっちへ来てほしかった訳じゃない。俺はいつまででも待てた。それに、キャロルを待つのは慣れてるしな」
そう言って笑ったコール様の変わらない笑顔に懐かしさを覚えた。そして胸元にはお揃いの首飾りがキラキラと光っていた。
あれは…、そう……
最後に見たのは……
「コール様?本当にコール様ですか?」
「ああ、幼いキャロルの婚約者になり結婚して夫になっただろ?俺を忘れたのか?」
私はコール様の頬を触った。
コール様を確かめるように…。
「忘れるわけありません。幼い頃から私の愛しい人はコール様だけです。
それよりここはどこですか?」
私は辺りを見渡した。
「ん?ここか?ここは俺達だけの世界だ」
「私達だけの世界ですか?」
「ここではずっと一緒だ」
どこまでも続くふわふわした絨毯。コール様が指をパチンと鳴らせば椅子が現れた。
コール様が椅子に座り私はそのままコール様の膝の上に座った。
「キャロル…」
切なそうな声で私を抱きしめるコール様。
「ずっと、ずっとキャロルを待ってた…」
「はい、私もずっとずっとコール様とお会いしたかったです」
「もう離さない」
「はい、私ももう離れません」
ここが夢だろうと死後の世界だろうともうそんな事どっちでも良い。目の前にずっと会いたかったコール様がいて、ずっと触れたかったコール様がいる。
それだけで、私はそれだけで良い。
でも…、
ずっと私を見つめるコール様の視線。
「私ももうおばあちゃんです。こんな姿をコール様に見られるのは、
……恥ずかしいです」
私はコールの胸元に顔を隠した。
「フッ、キャロルは何歳になっても可愛いな。それに変わらない」
「変わりました。しわも増えましたし…。コール様こそずっと変わらず格好良いです」
「大人の女性になっていくキャロルを、年々綺麗になっていくキャロルを俺はただ見つめる事しか出来なかった…。
他の男に取られても仕方がない、俺が悪いんだっていつも思っていたよ。ここから見つめる事しか出来ない俺が、側で護る事も支える事も出来ない俺が、キャロルの幸せを邪魔は出来ない。
それでも俺は毎日願った。キャロルが思いを寄せる男は俺だけがいい。先に逝った俺が言える立場じゃないが、それでも何年何十年経っても俺を思い続けてほしい。そして願わくば俺の元に来てほしい」
コール様はまた指をパチンと鳴らした。
一羽の小鳥…
「この小鳥、いつも私の部屋の窓に来ていた小鳥に似てます」
「ああ」
私が近くに寄っても逃げないこの小鳥は、私が辛そうにしていると慰めるようにずっと側に居てくれて時々囀りを聞かせてくれた。その声に私は癒やされていた。
綺麗な音色が穏やかな声が私をなだめるコール様のようで、ただただその音色に耳を傾けていた。
コール様がまた指をパチンと鳴らせば小鳥は跡形もなく消えた。
「ふふっ、まるで魔法みたい」
「魔法とは少し違うがな。キャロル見てみろ」
コール様は何もない空間に手をかざした。
「鏡?それに、私…、若い……」
鏡に映る若返った自分の姿が信じられず自分の頬を撫でたりつねったりした。鏡の中の私も私と同じ動きをする。
私もコール様も、真っ赤になった目に涙を溜めて笑って送り出したあの日の姿に戻っている。
あの日を何度やり直したいと思ったか分からない。夢で何度コール様に泣いて縋ったか分からない。
『私を置いて行かないで』
私はコール様を必死に止めた。泣きながら何度も縋った。
『分かった』
コール様は私をなだめるように頭を撫で仕方がないなという顔で笑った。
目が覚めるといつも涙が流れていた。
これは夢だと、そして落胆した。
さっきまで私を抱きしめていたコール様はいない。私の隣、一人分空いたままのベッド。
例えどんな姿になっていても、例え記憶喪失になっていても、
『ずっと私の側にいて』
と願った。何度も何度も願った。
生きていると信じて…
私は立ち上がりコール様と向かい合う。
「コール様、おかえりなさいませ。そして長い間お仕事お疲れ様でした…」
私は頭を下げた。
コール様は立ち上がり
「ああ、ただいま帰った。長い間留守にしてすまない」
コール様は私を抱きしめた。
私には必要な挨拶。生きていると信じてきた。だからコール様を帰らぬ人にしてはいけない。
そしてまたここから始めたい。その為の区切りとしてとても必要な事…。
ここが死後の世界だとしても
コール様に抱きしめられた私はようやく嬉し涙が流せた。
それから私達はずっと側にいた。片時も離れる事もなく、手を繋いで、腕を組んで、肩を抱かれ、ゆっくりと流れるこの世界を散歩した。
パチンと指を鳴らせば大きなソファーが現れ、二人でくっついて座った。膝の上や隣に並んで。時には私の膝を枕にしてコール様が寝ころび私はずっとコール様の髪を撫でる。
コール様のキャロルと私の名を呼ぶ声。好きだ、愛してると変わらない優しい声。
二人だけの穏やかな時間が過ぎる。愛しさも幸せもこんなに幸福で良いのかと思うほど毎日が幸せで溢れている。
「愛してるキャロル」
私を愛おしそうに見つめ、私を撫でる手は優しく、私を包む腕に安らぎ、逞しい胸に身を預ける。
コール様が私の側にいると、もう離れなくていいと。
そしてあれだけ恋い焦がれて会いたかった愛しい人ともう一度恋人のように過ごしている。
片時も離れる事もなく、
ずっと側に…
「愛してます、コール様」
ここは二人だけの世界…
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