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悪女と呼ばれた王妃

アルバート最期の時

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「陛下、皇帝陛下がお見えになりました」


宴の途中、まだ知らせを出していない皇帝が来た。

どうして皇帝が?そう思ったが皇帝が来たなら都合が良い。


「お通ししろ」


親しみやすい笑顔でこちらに向かってくる皇帝の姿。


「国王、これは楽しそうな宴だな」

「皇帝陛下もご一緒にどうでしょうか」

「そうだな。あぁ、書簡の返答だが」

「こちらもお目にして頂きたいものが」


第二夫人の首で手打ちに、そうしたためた書簡を先日送った。

俺はリリーアンヌの亡骸を第二夫人として皇帝に差し出した。どうせ皇帝には誰が王妃で誰が第二夫人とは分からない。


転がっているリリーアンヌの亡骸を見た皇帝から笑顔が消えた。

皇帝はナーシャの首を落とした。頭が転がり体は椅子に残ったまま。

第二夫人がいつ王妃になったと皇帝は言う。どうして亡骸のリリーアンヌが王妃だと、ナーシャが第二夫人だと、知っている。

いや、もうリリーアンヌとは離縁しナーシャが正式な王妃だ。ならリリーアンヌが第二夫人かと言われれば違うが、そんな事些細な事だ。


皇帝は不気味な笑顔を俺に向けた。その笑顔に俺は『逃げろ』本能的にそう思った。それなのに動かない体。少しでも動く事を許さないという威圧。

俺を護る為に騎士達が俺の周りを囲む。相手は一人、皇帝と言えど王妃の首を落とした男だ。情けはいらない。

それでも騎士達は次から次へと斬られていく。

力の差が違う…

近衛騎士の力では、敵わない。きっとコナーなら…、なぜ今コナーの顔が浮かぶ!

皇帝の背を護るように、いや、あれはこれ以上騎士をこちらにこさせないように、俺を護る騎士を、排除、している…。

皇帝の援護

何の為に?

目の前の騎士がいなくなり皇帝と目が合った。

あぁ、俺を殺す為か…


皇帝は俺の腕を足を斬りつけた。確実に動きを止める為に深く筋を斬っていく。腕はもう動かない。足ももう動かない。

動く腕で動く足で俺は逃げ惑った。

背中を斬られ血が飛び出すのが分かった。体中に走る痛み、血がポタポタと流れているのが分かる。

目の前の皇帝が悪魔に見えた。

父上、伯父上、伯母上、誰の事を言っているのか分からないが『俺は知らない』と言う暇を与えず斬りつけられる。今の俺に出来る事は地を這いつくばり逃げる事だけ。

どれだけ見苦しくても生きる為だ

逃げても逃げても不気味な笑顔で俺を追いつめ斬りつける。

動く腕を足を斬られ、両目が見えなくなった。何も見えない、どこに皇帝がいてどこに逃げれば良いのか、それでもこの痛みからこの恐怖から逃げる事しか考えられない。

俺がどれだけ苦しみもがいても皇帝の殺気は『まだ足りない、まだ足りない』と伝えてくる。

ならいっそ一思いに殺してくれ…



「これはお主の子の分だ」


腹を刺された。俺の子?知らない、知らない。

俺の手に何かが乗った。ぬるりとした何かが。得体の知れないものを咄嗟に放り投げた。


「この女が大事なのだろ?愛しいのだろ?」


得体の知れないものはナーシャの頭だったのか?違う、違う、大事だと思った時もあった。愛しいとも思った。

それでも俺の心を占めているのはリリーアンヌだけだ。


「よく聞け、小僧!…」


俺は小僧じゃない。皇帝は何か言っていたが、このやり取り、いつか、どこかで、

『おい小僧、』

昔俺をそう呼んだ者がいた。黒い髪で黒い瞳の青年。リリーアンヌの居候…、そしてお兄様と慕っていた…。

あぁ、約束を違えたのは俺だ…

あの時次期王として誓った約束。あの青年は皇帝。

この国は滅ぶ

そして俺の命も

タイラーが言った『アルバート、約束を忘れたのか?』あれは婚姻式の前の事ではなくこの事。

忘れてはいけなかった。王として誓った約束、俺は忘れてはいけなかった…。

リリーアンヌ以外に心変わりをした時点でこの国も俺の命も皇帝に握られた。どんな説明をしようと誰の首を渡そうと、俺の死しか皇帝は望んでいない。

皇帝はただ口約束を守っているだけ

リリーアンヌの兄として身内の仇として俺の死を望んでいるだけ

そうか、

そうか……

俺は名を残す王になるのか

先人達が護り残したこの国を滅亡に導いた愚王として

俺は皆の心に、歴史に名を残す愚王になる…


「なぁダフ、この男は子の事は知らないと言うんだが教えてやれ」


ダフ、リリーアンヌ付きの近衛騎士で入ったばかりの若い騎士。

ダフの話を聞いて、

あれは夢ではなかったのか?

久しぶりに安心する温もりに触れ少し強引に服を脱がし久しぶりに触れる体に、溜まった欲に、いつも頭の中で想像した荒っぽい行為。俺のものだとお前は俺のものだと酷く抱き潰したい欲求。嫌がっても押えつけ涙を流し止めてと俺に懇願し俺だけを見つめ俺だけを感じ俺だけが全てを支配する。頭も心も目も耳もそして体も、全てを独占する欲求。

これは俺の想像の中だけで実際にはそんな事をした事はなかった。リリーアンヌにもナーシャにも。

だからあれは夢だと…

夢の中だと、思っていた…


あれは夢ではなかった?

そして子が出来た?

俺とリリーアンヌの子が?

あれだけ出来なかった子が?

待ち望み落胆し、それでも望んだ子が?

出来た?


すまない、すまないリリーアンヌ…

すまない、すまない俺達の子よ…

すまない、すまない……


リリーアンヌ、許してくれ、俺が悪かった…

リリーアンヌは俺の唯一無二の存在だ

俺にとって無くてはならない存在だ

幼い頃から手を取り共に歩んできた

手を引き引かれ

時に厳しく時に優しく

俺を王にする為に見守り支え進んで悪になった


分かっていた、分かっていた…


どれだけリリーアンヌの存在が俺を支えていたか

どれだけリリーアンヌの存在がこの国を救ってきたか

どれだけリリーアンヌの存在がこの国の民の希望だったか


俺はこの国の女神を殺した……

何の罪もない女神を、殺した……

そして女神を護る戦士達を、

女神に宿る神の子を、

俺は殺した……


そして嘘をつくしかなくなった

己の保身を守る為に…


「これはリリーアンヌの分だ、受け取れ糞野郎!」


リリーアンヌの最期の顔が浮かんだ。

幸せそうに笑うリリーアンヌの顔。そして『さよなら』と、

待ってくれ、待ってくれリリーアンヌ。俺も一緒に、俺の手をいつもみたいに引いてくれ…


皇帝の『逝ね』という殺気


あぁ、これでリリーアンヌと同じ所にいけ



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