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悪女と呼ばれた王妃

処刑の時のアルバート視点 

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「ナーシャ、調子はどうだ?」


ベッドで横になるナーシャの髪を撫でる。顔色が悪く目を腫らしたままだ。


処刑が始まりナーシャはずっと顔を背けていた。最後、リリーアンヌの処刑の時、ナーシャはガタガタと震えだし手で耳を塞ぎ目をギュッと瞑り顔を俯かせポロポロと涙を流していた。『ごめんなさい、ごめんなさい』と消えそうな声で何度も何度も謝っていた。

何を謝る事がある、そう思った。

リリーアンヌの首が落とされた時、会場は歓声があがりナーシャは椅子から崩れ落ちるように意識を失った。


無理もない、誰も処刑など見たくない。血が飛び散り頭がコロリと転がる。

俺だって本当は見たくない。だけど王として目を背ける事は出来ない。



コナーは俺を射殺さんとするような目で俺を睨んだ。コナーだけじゃない、タイラーもボビーもメイド達も俺を睨んだ。


コナーの事はリリーアンヌの騎士として面識はある。それに子供の頃は王宮の騎士団でたまに稽古をしているのも知っていた。あの目立つ赤い髪だ、それにあの剣の腕、大人相手に引けを取らないあの剣の腕に俺は嫉妬した。それにリリーアンヌが頼るのはいつもコナーかタイラーだった。

コナーの処刑を見届けた時、俺はようやく勝った、そう思った。俺は心のどこかでコナーを羨ましいと思いながらも鬱陶しいと思っていた。だがもうそのコナーもこの世にはいない。俺の心が晴れやかになった。


ボビーの処刑は正直目を背けたくなった。でも最後まで俺は王らしくしていないといけない、そう直感で思った。ボビーの最後に映る俺は父上のような王だったと、あの世で父上と会った時に俺は立派な王だとそう伝えてもらわないといけない。

だから目を反らさず見届けた。


メイド達には少し厳しすぎた刑だとは思った。リリーアンヌに付いただけで、メイド達の意思とは違うのかもしれない。それでも主と共に、平民の彼女達にとったらそれが定め。処刑は仕方がない事だ。


タイラーの処刑の瞬間、俺は目を瞑り顔を背けた。

処刑台に上がったタイラーの目が、俺を真っ直ぐ見つめるタイラーの目が、俺は怖かった…。

いつから、いつからそんな目を俺に向けるようになった?

幼い頃からずっと一緒に育ってきた。タイラーはずっと俺の味方でいてくれた。楽しい時も嬉しい時も寂しい時も辛い時もずっと俺の隣にいてくれた。

そうか…、

そんなタイラーの手を先に離したのは俺だ…。

タイラーの父を母を、俺は見殺しにした…。

頭の中で幼い頃からの思い出が浮かび上がった。

タイラー、タイラー、ごめん……

俺に涙を流す資格はない。どれだけ目頭が熱くなろうとも、例え幼い頃からの友だったとしても、処刑を下したのは俺だ…。

それでも友の最期を見届ける強さを俺は持ってはいなかった…。


リリーアンヌが処刑場に姿を現し大きな歓声があがった。

俺はリリーアンヌを睨んだ。俺の子を殺した憎き女。今の俺を動かしているのはリリーアンヌを憎み恨む事だけだ。


処刑を執行しようとした時、幼い女の子が壇上に上がって来た。リリーアンヌはその女の子と何かを話していた。離れている場所に座る俺には何も聞こえない。

それでも女の子と話している姿を見ると懐かしさを覚えた。リリーアンヌは誰に対してもどんな場所でも目線を合わせ話をする。きっとそこが水溜りでも泥だらけの場所でも話す相手に目線を合わせるだろう。

タイラーの処刑が終わった後だからか、懐かしい光景に目が奪われた。俺はその姿をただただ見つめていた。

女の子が壇上から去り、

「処刑を執行せよ」

俺はリリーアンヌの処刑を見届ける。

リリーアンヌが処刑台に跪き俺を真っ直ぐ見つめてきた。

最期の言葉?

そんな事言われなくても自分が良く分かってる。まだ未熟なのも、王らしくないのも、そんな事言われなくても知っている。

俺は弱い。俺は優しい訳じゃない。孤独が嫌なだけだ。だから良い人で在りたいと思うだけだ。罰を言うのは簡単だ。罰を下しその後は?その後の臣下達の俺の評価は?なら罰よりも許しの方が俺を支えようと思ってくれるだろ?

そうだよ、俺は人の顔色をうかがう弱い人間だ。争いを嫌い多数派に流される弱い人間だ。

俺はお前みたいに強くはなれない

今だって聞こえてくるのはお前を処刑にしろと言う声ばかり。見てみろ、俺の下した命が間違いじゃないと、この歓声がお前には聞こえないのか?

この国の民はお前の処刑を待ち望んでいる。俺はそれに従っただけだ。

お前の処刑はお前の行いの結果だ

俺は悪くない

それに子の仇をとるだけだ

何も間違っていない

俺は民の声を聞いて民の心に寄り添ってお前を処刑する。俺の決断に民は俺を支えてくれる。そして俺は名を残す王になる。

お前の力を借りなくても

俺は名を残す王になる


だから願った。

早く、早く死んでくれと


処刑が執行されお前の頭がコロリと転がった。歓声があがり俺も立ち上がった。

ようやく、ようやく死んでくれたと、

俺は震えあがった。

子の仇をとれたと、

お前を憎み恨み、お前の処刑を糧にこの日を待ち望んだ。

ようやくだ



意識を失ったナーシャを騎士達が運び俺は椅子に座り皆の声を聞いている。


「悪女が処刑された。悪魔が死んだ。これでこの国は悪魔から解放された」


歓声を聞いて俺は何も間違っていないと確信した。安堵し息を吐いた。

でもなぜだろう…

体がだんだん鉛のように重くなるのは、

見えない恐怖に苛まれるのは、

俺は間違っていないはずだ。

それなのにどんどん空っぽになるような、

心に穴が開いたみたいに、

俺の一部を失ったような、

喪失感…

そうだ、喪失感、だ…


俺は自分の手を見つめた。

もうこの手を握ってくれる者はいない

俺を信じてくれる者はいない

父上もジェイデンもグレイソンも、

いない

厳しく、それでも俺を支えてくれたボビーも、

いない

俺の味方になり信じてくれたリリーアンヌもタイラーも、

いない

俺は一人になった…


でもこれは俺が望んだ事だ。

そうだろ?

俺にはフォスター公爵がついている。愛しいナーシャもいる。

なのに、なのに、なぜだ!

思い出すのはリリーアンヌの事ばかり。

あの安らぐ温もりも

愛してると伝わる笑顔も

俺を支えてくれる心強さも

この手を繋ぎ歩いた庭

初めて口付けした時の恥じらった顔

初めての営みで知った華奢な体

俺のものだと印をたくさん付けた

これで俺のものだと

リリーアンヌは俺のものだと…


「リリーアンヌ…」


手を伸ばしても誰も俺の手をとる者はいない。

目の前には真新しい血飛沫の跡

リリーアンヌの胴体を運ぶ騎士

リリーアンヌの頭を運ぶ騎士


「返事をしろよ、なぁ、返事を、しろよ…」


涙など出ない。ただぼーっと運ばれるリリーアンヌを見つめ続けた。

あの最期の笑顔

あの笑顔が俺を苦しめていく。胸が締め付けられるように俺を苦しめ縛り上げる。


「陛下、もう戻りましょう」


フォスター公爵に声を掛けられ俺は立ち上がった。足に力が入らないのかふらつき、


「陛下?」

「大丈夫だ、すまない」


足に力を入れて踏ん張った。

今俺はどこを歩いている?

どこに歩いていけばいい?

なぁ、教えてくれよ、なぁ…




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