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悪女を演じます
しおりを挟むバーチェル国の騎士が首飾りを私に差し出している。
私は立ち上がりにこっと騎士に微笑んだ。
「このままここで騎士様から受け取れば、はたから見たら私達は良い仲のように思えませんか?騎士様の手には宝石、宝石は良い仲の人に贈る贈り物ですもの。
それに騎士様はバーチェル国の国民、そして私はエーネ国の国民、今の両国の情勢を考えると何か賄賂を渡しているようにも捉えられませんか?
勿論あの戦に私は関係ありません。ですが騎士様は裏切り者だと、誰かが思うかもしれませんよ?
ですからここで受け取るのはお互いの為にもよろしくないかと…。騎士様もあらぬ疑いをかけられたくありませんよね?」
「いやいや、これは誤ってこちらに入ってしまっただけで、何もわざわざ大事にしなくてもここで渡せばいいだろ」
「ですが見て分かるように本物の宝石です。大きさからかなり価値が高いもの。
今の状況がお分かりです?
騎士様の貴方では買えるかどうか分からない品物が、今、貴方の手のひらの上にあります。
そしてそれが私の物だという確かな証拠もありません。騎士様は私が身に着けている所を見ましたか?私が誰か他の人の物を自分の物だと主張しているのかもしれませんよ?」
「なら俺がそっちに投げる」
「ふふっ、もし騎士様がこちらに投げたとして、私とメイドは貴方が手に持っていてこちらに投げる所を見ています。これは誰のだと誰かに聞かれたら私達は見たままの事を伝えます」
「お前!」
私はにこっと微笑んだ。
「交渉しませんか?」
「交渉だと?」
「ええ、私はとある人とだけしかそちらの受け取りを拒否します」
「お前はここまでして何がしたいんだ」
さっきまで怒っていた騎士は一息吐いて私と向かい合った。
これでようやく本題に入れる。
私は真剣な顔をして騎士に向き合う。
「私は領民の最期を安らかにお見送りしたいだけです。その為にならこの身を懸ける」
私は騎士を真っ直ぐ見つめた。
これは賭け。
上手くいけば何事もない。上手くいかなければ私はバーチェル国に捕らえられる。
勝負は時の運。
そして私の運を左右するのは目の前の騎士。
「理由を話してみろ」
「こちらからそちらの辺境に移り住んだ家族を探しています」
「そんなの大勢いる」
「はい、ですがこちらに自分の両親を残し辺境へ移り住んだ騎士は一人だけです」
「テオドールか」
「はいそうです。貴方はテオドールさんを知っているんですね」
「俺の隊の隊員だからな。それで?」
「テオドールさんのお父様が…、もうもってあと数日です…。
私はこちらの領地の当主の妻のミシェルです。ロリエお婆さんからお二人の話もお聞きしました。親子には親子にしか分からない事はあります。他人の私が口を出す事ではないと十分分かっています。
ですが、喧嘩したまま、縁を切ったまま、このままお爺さんの最期をお見送りしたくない私の思いです。
安らかに…、そう思います。息子さんのテオドールさんを会わせたいと言ってすぐに会わせられない国の状況もあります。それにお爺さんが息子さんに会いたいと思っているのかは私には分かりません。
綺麗事だと言われようと、最期はこの世に未練のないように旅立ってほしいのです。未練は魂が彷徨い続け、でもそれはもう叶わぬもの。仲直りをしたくても、どれだけ後悔しても、もう声は届きません。それはテオドールさんにも言える事です。返事のない問いかけに、テオドールさんはこれから一生後悔し続けるのです。
子供というのは本当に勝手ですよね?自分も毎年歳を取るのに親は歳を取らないと思っています。いつまでも元気でいて、今度手紙を出そう、今度会いに行こう、そう思っていても日々の生活にどうしても後回しにしてしまう。
お二人は親子の縁を切ったので少し違うのかもしれませんが、それでも父親の現状を知らせない訳にはいきません。それに今ならまだ、僅かな赦しが残っています」
目の前の騎士様は真剣な顔をして考えている。
「貴女の考えを聞かせてほしい」
「はい。私は一度テオドールさんと話がしたいです」
「テオドールは夜の警備についている」
「では夜にお会いし話ができればと思います」
「分かった、今日の夜に」
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
私は深々と頭を下げた。
「ここの警備は俺の隊の管轄だ。多少の融通はきくが長話はできない」
「はい、それは十分に分かっています。
あっ、後もう一つだけお願いできますか?」
「はあぁ、なんだ?」
騎士は大きな溜息を吐いた。
「そちらの土を少し分けて頂けませんか?」
「土?そんなのどうするんだ?」
「先日亡くなったご夫婦のお墓にそちらの土を…。元々ここはバーチェル国の国土ではありますが今はエーネ国の国土。ご夫婦は元バーチェル国の国民です。バーチェル国の土をお墓に供えたいと思いまして…」
「分かった。それも夜に渡す」
「ありがとうございます。感謝します」
騎士は首飾りを自分の胸元に入れ国境沿いを歩いて行った。
きっと彼は小隊の隊長。たまたま隊長だったから話を聞いてくれた。これが若い騎士や隊員なら問答無用に私は捕らえられたかもしれない。
見た目から判断して申し訳ないけど、若くはなかったし、なんとなく人を見抜く目がある人だと思った。
私だって若い騎士ならあの宝石は捨てたわ。揉め事はしたくないもの。この身を懸けると言っても相手は選ぶわ。
「姫さんは一度旦那にガツンと怒られた方がいいと思う。まぁでもあの旦那もなんだかんだと言って姫さんには甘いからな」
リックは石垣にもたれ呆れた顔で私を見ている。
「でも私の迫真の演技、上手かったわよね?悪女らしくなかった?ニーナも上出来だったわよ?」
とりあえず今日の夜、テオドールさんに会える。
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