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未熟だからこそ

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リーストファー様とニーナが戻り、女性と子供はスープを食べる為に家に入って行った。


「お婆さんの様子はどうだった?」


私はニーナに小声で聞いた。


「歩けないわけではありませんが少し不自由でした」


お爺さんの家に奥さんが居るのはお爺さんの話で分かった。それでもその姿は見ていない。


「リーストファー様、辺境伯に医師の派遣をお願いしてはどうでしょう」

「そうだな、あそこまで痩せているとは思わなかった」


本来なら国の中で孤児院が一番貧しい。それでも最低限の食事はある。例えスープ一杯でも三食食べられる。でもこの親子は三食食べられていなかったんだと思う。それに母親の方が痩せこけている所を見ると子供に自分の分も食べさせていた。

彼女は一人で息子を守っていた。


「ここをどうするつもりだ」


お爺さんは私に聞いた。


「苗を頼みました。数日には届くと思います」


何かお腹の足しになるものを。女性でも子供でも育てられれる作物をと。


「おい、儂の家から鍬を持ってきてくれ。ほれ、若い奴は走る」


リーストファー様は走ってお爺さんの家に向かった。

こんな姿シャルクが見たら『当主としての威厳がありません』そう言われるわね。確かにそうよ?当主自ら鍬を取りに行かないし、領民に指示を出すだけでいい。

でも私はそれがリーストファー様だと思うの。『俺は当主だ』と威張りはしない。動ける者が動けばいいとそう思っている。貴族に生まれ平民のように育った彼だから思考も柔軟なんだと思う。

今は形だけは私達の領民。そこには大きな隔たりがある。それでもいつかリーストファー様を当主だと認め敬う気持ちは必ず後からついてくる。


「エーネ国の貴族様は随分とお優しいんだな」

「いいえ、リーストファー様がお優しいんです」

「だろうな」


エーネ国に限らずどこの国も貴族は平民に対して威張る人が多い。勿論平民を大切にする人もいる。それでもそれは稀。

平民が街を動かすからお金が流れ、お金が流れるから領地が潤う。領地が潤えばその領地の当主の生活も潤う。それでも自分の領地で得たお金は自分達の物だと主張し自分達だけ贅沢な暮らしをする者はいる。

贅沢な暮らしが駄目ではない。ただ領民達に行き届いた後。平民が迫害を受けてはいけない。過酷な労働を強制してはいけない。領民達が元気に暮らし笑顔が溢れているのならそれは良い当主だと言える。

そういう意味ではリーストファー様はまだ良い当主とは言えない。


「お爺さんはどんな領地になってほしいですか?私は皆が食べる物にも困らず健康で元気に暮らしてほしいです。子供達が元気に走り回り、子供達が笑い、子供達の笑顔に大人達も自然と笑顔になっている。大人達全員で子供達を育て、そして子供達に教える。働くとは何か、その知恵と知識を大人から子供へ伝承していけたら、そう思います。

ですが、実際はこの有様です。理想とは程遠い…」

「ここは元々人付き合いが希薄だからな。見捨てられた地だ、男爵にも辺境伯にも国にもな。儂もこの家に誰が住んでいたのかも知らなかった。それだけ自分達が生活するのに一杯一杯だった。他所様を思いやる余裕なんてなかった。下手に手や口を出しても面倒を見てはやれない。

儂もお前さんがこうして声をかけてくれて初めて他所様を見た」

「それは私達が当主夫妻として未熟だからです。もっと早く領地へ来るべきでした。私の失態です…」


私は俯いた。

私達の事情は領民達には関係ない。

もっと早く領地に来ていたらあんなに痩せ細ることはなかったのかもしれない。

国境の塀を優先させた私の失態。シャルク一人では領地全てに行き届かないのは分かっていた。シャルクにも私は負担を強いた。

明らかに人の手が足りない。

まだ回っていない領民の家もある。この一軒でも問題は山積みなのに、この親子のように毎日脅かされる生活をおくっているのだろう。


「でも、だから、未熟だからこそ人の手を借ります」


私は顔を上げた。俯いていても問題が解決する訳じゃない。俯いている時間があるならやれる事をやらないと。


「良い当主にはなれなくても、良い仲間にはなれると思うんです。得意な事は助け苦手な事は頼る。皆で助け合いながら少しづつ領地を作っていけたらと思います」


私達も少しづつ当主夫妻として成長していけばいい。

それに彼等達も少しづつエーネ国民になっていけばいい。

何年後か何十年後か、理想を現実にすればいい。その頃にはきっとリーストファー様を良い当主だと皆が慕うだろう。

隔たりを越えたその先で。


「老い先短いと言うとお前さんは怒るかもしれないが、儂も見てみたい。儂が生きてる間に見せてくれよ?」

「ならあと20年、ううん30年は大丈夫ですね」


私はお爺さんに笑いかけた。


「どれだけ扱き使うつもりだ」

「扱き使うのではなく頼りにしているんです。もしお花を植えたい時はお任せてくださいね?」


お爺さんは『フッ』と笑った。


「なら今度頼もうかな。婆さんは花が好きなんだ」

「まあ素敵。では奥様にお爺さんの気持ちが伝わる花を植えますね?」


鍬を持ってきたリーストファー様はお爺さんの指導のもと畑を耕しはじめた。

土に汚れた当主が居てもいい。

貴族らしくなくてもリーストファー様らしい当主になればいい。彼はまだ当主としては半人前。それでも、だから良いと私は思う。元バーチェル国の民の信用を得たいなら同じ目線に立つことから始めればいい。

国というしがらみを捨て、人と人として向き合う。

貴方はそれを示してきたわ。

今までも、そしてこれからも…。



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