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黄昏

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「隊長」


ベーン副隊長の声に、シャルクと子供達の名前の紙を見ていた私は一度手を止めた。


「緊急の狼煙が上がったから俺が来たが、これはいったい…」


それはそうよね。子供達が縄で縛られ、側には騎士が一人一人に付いている。

辺境隊隊長とベーン副隊長とカイン小隊長とリーストファー様で話をしている。


「ミシェルこっちへ来てくれ」


リーストファー様に呼ばれ4人のもとに向かった。


「決定事項だけ言うが、縄で縛られている子供達は一人一人話も聞きたいから辺境へこのまま連れて行く。縄で縛られていない子供達は一人一人別々の部屋で部屋の中には騎士が監視する事になった。女の子は辺境のメイドが監視する。騎士は部屋の外に立たせるが。

あの少年の話を聞いて幼い子供は監視対象にはしない。幼い子供達は一緒の部屋にする。一応メイドも同じ部屋には居るが世話をする為だ。部屋の外には騎士を一応立たせる。その部屋にはあの少年も一緒に居てもらう事にする。

準備ができ次第移動させる」


リーストファー様は『あの少年』とジルを見ている。


「はい、リーストファー様に全てお任せします。ですが、マリーはどうしますか?」

「あの子か…、今は少年に任せようと思う。今無理に何かを聞き出しても答えてはくれないだろうしな」

「そうですね」

「今は様子見だ。落ち着いたら話を聞きたいが」


今のマリーに必要なのは安らぎ。大人の温もりよりジルの温もりの方がマリーには安心できる。

騎士服を着て剣を携帯している騎士より、私のような見知らぬ大人より、今はジルが側に居た方がいい。

落ち着いたらマリーから一度話は聞きたい。でも焦っては駄目。大人に怯えるマリーの心の安定を優先しないといけない。

怖くないわよ、そう言っても今の状況ではそう思えない。辺境隊の騎士達は隊長の指示のもとバタバタとしている。

この状況ではね。


サリーをはじめ縄で縛られた子供達は一人づつ辺境へ移動をはじめた。一応一人一人牢屋で過ごすらしいけど、それは逃走を防ぐ為。ありのまま話をし、植え付けられた思考を改めたら、影としての人生ではない人生を歩める。

それでもサリーは…。他の子供達がどれだけ文字が読めるのか、サリーのように文字が読めてしまうのなら、その子達は監視下に置かれる。

幼い頃から何年もかけて植え付けられ、まるで呪縛のような刷り込み。国の駒になるように育てられ、国の為に働く。そして敵国に捕まれば殺され、逃げ出せば国の暗殺者に地獄の果てまで追われる。

ここでしか生きられない者、ここで生きていくしかできない者、与えられたものは何もない。孤児院で贅沢な暮らしではなかった。命でさえ握られた。いつでも簡単に捨てられるその命。

それでもこの狭い世界の中でこうして生きていくと教え込まれたら、あの子達にとっては立派な生きる道になる。

影の存在が悪い訳ではない。諜報員になろうが暗殺者になろうが、国にとって欠かせない必要な存在なのもたしか。素質もあるけど、生い立ちも関係しているのは分かっている。

個の存在を消し、心の感情を消し、目的の為に遂行する。

あの子達を非難するつもりはない。ただ、そのように育ったあの子達をこのままエーネ国の民にはできないだけ。もしエーネ国の影にしたとしてもいつ裏切るか分からない。そんな危険分子を陛下の側には置けない。

この国で影を個人で所有し認められているのは陛下と各々の辺境の辺境伯だけ。

この先どんな教育を受けさせられるのか、それでも脅威だと判断されればこの先一生牢屋の中で過ごす事になる。産まれ育ってきた年数よりもっともっと長い年数を。

親がいない、それだけで道具のように扱う。壊れたら捨て、また新しいものを使う。

それがあの子達の生き方だった…。

それがあの子達の生きる道だった…。


夕焼け空が悲しみを誘う。


いつもは暖かいオレンジ色の空。同じ太陽なのに朝日とはまた別の光がこの世界を照らす。名残惜しそうに、まるで『この世の全てを愛してるわ』そう伝えているように。包みこむようなそのオレンジ色の光に優しさと温もりを感じるよう。

明るい空の下で朝日は背中を押すように『頑張って』と私達を迎え、薄暗い空の下で夕日は背中を撫でるように『大丈夫よ』と私達を見守っている。

でも今日の夕日はまるで泣いているよう。

夕方を黄昏時、そう言うのが分かる。物思いに耽る今の私の心を表しているかのよう。


私は夕日が沈むまで見つめた。

暗闇とはまだ言えない光をなくした薄暗い空。


「ミシェル」


私の肩を抱き寄せるリーストファー様。


「体が冷える。中に入ろう」

「もう少しだけ…、もう少しだけこのままで」


リーストファー様は何も言わず私をぎゅっと抱き寄せた。

それはまるであの子達の未来を憂えているよう。


「今は辺境伯にお任せしよう」

「はい、それが一番だと私も思います」


薄暗い空に別れを告げ、私達は他の子供達が待つ孤児院の中に入っていった。



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