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敵を前に
しおりを挟む「誰だ!ここは立ち入り禁止だ」
薄暗く顔はよく見えない。
「勝手に入ってごめんなさい、ミシェルよ」
声を掛けた人が近づいてきた。
「ミシェルお嬢様でしたか」
「ごめんなさいリック、ちょっとゆっくり歩きたかったの。あちらは賑やかで落ち着かないもの」
リックは公爵家の騎士。よく私のお供をしてくれていた。
「ごゆっくりどうぞ」
「でもリックがここにいるなんてどうしたの?」
リックは副隊長、夜会の時は夜会会場の外の警備を任されている。隊長のボビンは会場の中で警備をしている。邸全体の見回りは見習いがする。
「見習いが邸の裏で新しい足跡を見つけたらしく、俺が確認しに来たんです」
「そう…」
きっと殿下の足跡ね。
『一応見習いをお嬢様にお付けします』と言ってリックは邸の裏側へ向かって行った。
邸の裏側には少し塀が低い所がある。裏門に不審者が来た時に後ろから拘束する為に騎士達が越える場所。身軽な騎士だから越えられる高さだとはいえ、私も殿下も子供の時に練習風景を見た事がある。殿下はきっとそこから入って来た。
見習いが一人走って来た。名前も顔も知らないから最近入ったのね。腰には公爵家の紋が入った剣を帯刀している。見習いとはいえ今日は夜会、木刀ではなく真剣。
私達は手を繋ぎ庭をゆっくりと歩いた。見習い君は少し離れた所をゆっくりと付いてくる。
「誰だ」
リーストファー様は私を自分の背に隠した。
リーストファー様の低い声が響き纏う空気がピリピリとしている。騎士が持つ闘争本能のようなもの。
「リーストファー様?」
「服が擦れる音がした」
私には何も聞こえなかった。
「出てこい」
薄暗く本当に人が居るのかすら分からない。見習い君はリーストファー様の隣に立ち剣に手を置いている。
「ミシェル私だ、ジークライドだ」
木の影から出て来たのは殿下。
「殿下、お帰りくださいとさっき言いましたよね?どうしてこんな所に居るんですか」
私はリーストファー様の背から出て殿下と向かい合った。私が殿下と言った事で見習い君は剣から手を外した。
薄暗いとはいえ、ランプの灯りで木の影から出てきた殿下の顔は良く見える。私達も薄暗さに目が慣れたのもあるけど。
「帰ろうとしたんだが庭が懐かしくなって少しだけ歩こうと思っただけだ。よく一緒に庭を散歩しただろ?」
「庭を歩くならお父様に許可を貰い昼間にしてください」
「ミシェル、さっきも言ったが公爵に会わせてほしい」
「ですから先程も言いましたがご自分で頼むしかないんです」
「でん、か?」
リーストファー様の声に私は隣を見た。恨むべき相手を目の前にしてリーストファー様は怒りで震えている。
「そこの貴方、早く殿下を連れて行きなさい。殿下も早くお帰りください」
「ミシェル」
「お父様に知られる前に早くお帰りください」
私が焦ったのが分かったのか、殿下は冷静になり周りが見えるようになった。
「お前王宮軍の副隊長だな。そうか、婚姻したんだったな。
こいつが!こいつが私から何もかも奪ったんだ。ミシェルも地位も権力も!こいつが!こいつが!こいつさえ居なければ私はこの先も王太子でいられた!
私はお前を許さない、必ずお前を痛い目に遭わす、覚えていろ!」
「殿下!お止めください!」
「なあミシェル、こんな奴と離縁してまた私の婚約者にならないか?ミシェルもこんな奴より私の方が良いんだろ?そしたら父上も許してくれる。ミシェルならもし私が愛妾を作っても文句は言わないだろ?な?もう一度私と婚約しよう」
「何を馬鹿な事を…」
「父上も公爵も私が婚約したい女性がいると言ったら手のひらを返したんだ。私の次の婚約者はボーラー侯爵令嬢だと言われた。それが聞けないのなら王太子の座を降りろとまで言われた。今度は私も自分の意思を貫いただけだ。もう自分の意思を貫くだけの力もつけた。そうだろ?王太子として皆が私を認めている。いつまでも父上に従わなくても、もう私の意思を通しても良いはずだ。私の婚約者だ、私の妻になる女性だ、なら今度は私が望む婚約者を選びたい。自分の意思を通して何が悪い、私は何も悪くない。
それなのに!
先日父上から言われた。婚約したい女性がいるなら婚約すれば良いと。だから私は彼女に婚約してほしいと言った。私の申し出に彼女も彼女の両親も喜んでくれたんだ。
だが、彼女と婚約した途端、父上に降下させると言われた。でもミシェルとまた婚約すれば父上も公爵も喜んで賛成してくれる。こんな死に損ないより私の方がミシェルを幸せに出来る。こんな奴の妻より私の妻になった方がミシェルも幸せになれる。大勢の血で染まった穢れた手より、私の手の方が綺麗だ、そうだろ?
ミシェル、ミシェルも良い考えだと思うだろ?ミシェルも本当はまだ私を慕っているんだろ?私も今後はミシェルのことも愛すと誓う」
「殿下!もうお帰りください」
「この男も仲間同様無能だ。こんな腰抜けの男より、私と婚姻しよう、私の妻になってほしい」
「あ!」
見習い君の声に私は隣を見た。見習い君は守ろうとした。でもその手は間に合わなかった。
見習い君よりも早くリーストファー様は見習い君の剣を抜いた。
まだ真新しい剣は月の光でキラキラと反射している。
まるでゆっくり時が刻んでいるかのようにその動き全てが見える。
剣を振り上げたリーストファー様の瞳、表情、その顔は鬼のような形相だった。
戦場で戦う戦士そのもの。
敵を前にした時、目の前の人物しかその瞳は映していない。私の声も届かない。
「リーストファー様!」
私は殿下の目の前で両手を広げて立った。
リーストファー様は剣を振り下ろし、
「ッ!」
私は痛みで顔が歪んだ。それでも痛みは一瞬。
リーストファー様は剣を途中で止め剣の先がドレスをかすっていった。
そこまで深い傷ではないと思う。それでも肩から生暖かいものがドレスの中の体を伝っているのが分かった。
リーストファー様と向かい合い視線がぶつかる。リーストファー様の手から剣がガシャンと音を立てて落ちた。
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