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13 伝
しおりを挟むもうすぐ約束の1年になる。
「ラナベル運んでいいぞ」
「はい」
食堂での仕事も慣れてきた。
「ラナベルちゃんはいつも元気だな」
「そう見えるなら嬉しいです」
年配の男性は優しい顔で笑った。私も笑顔で返す。
「うん、良い笑顔だ」
自分でも思う。毎日楽しくてお客さんと話すのも仕事をするのも『生きてる』そう感じる。
だから寂しい。もうここで働けなくなるのも、こうして誰かと話せなくなるのも、もう一度手に取れた家族と離れるのも…。
寂しい……
夜の営業が終わりいつものように3人で遅い夕食を食べる。
「もうそろそろ約束の1年だ」
シエルさんが私の顔を見た。
「はい…」
「最後の日は休みにしようと思う。何処か行きたい場所や食べたい物があれば言ってくれ」
「なら、またあの夕焼けを一緒に見たいです。お願いできますか?」
「あぁ、なら街をぶらぶらしてから行こうか」
「はい」
この街で暮らす最後の日。
「ルナごめんね」
「私はお嬢様を着飾るのが好きなのでとっても嬉しいです。お洒落をしようと思ってくれた事が、とても嬉しいです」
ルナに髪を結ってもらいルナが作ったワンピースに袖を通す。少しだけ紅をさした。
「うん、我ながら上出来です」
「ルナ、今までありがとう。ルナの存在がどれほど心強かったか。この街にルナが居てくれて本当に良かった。沢山助けてもらったし沢山弱音も吐いた。その度に励まし叱り、甘えられた。ルナは私にとって友達でもあるけど姉だとも思っているわ。
もう忘れない。私は私、元貴族令嬢で修道女だけど、ラナベルという名の私。1年ありがとう」
私はルナに髪留めを渡した。
「ありがとうございます。私はいつまでもお嬢様の味方です。友達でも姉でもこれからも側にいてラナベルの味方です。
寂しく、なります……」
私はルナと抱きしめ合いお互い涙を流した。
「さぁ、お出かけ楽しんできて下さい」
「えぇ」
ルナの店を出るとシエルさんが外で待っていた。
「シエルさんすみません。お待たせしました」
「いや、さぁ行くか」
シエルさんと街を歩き屋台で食べ物を買い昼食を食べ、お店に入りケーキを食べた。
それから塔に上り大自然の景色を眺める。夕焼けにはまだ少し早い時間。
「ラナベル、少しいいか?」
「はい」
シエルさんと向き合った。
「俺はこの1年ずっとラナベルを見てきた。慣れない仕事を一生懸命にやる姿、もがきながら必死で生きようとする姿、自分と向き合い自分を取り戻そうとする姿、街の一員として人と関わり縁を結び、そして人を信じる姿。ラナベルにはそれはとてつもなく辛く怖かっただろうと思う。
でもその先を得たラナベルは強い女性だ。飾らない笑顔も優しい心も綺麗だ。
俺はラナベルが好きだ」
真っ直ぐ私を見つめる瞳にこの好きがどういう意味かは私でも分かる。
「あの、」
「返事が欲しい訳じゃない。ただ俺の気持ちを言いたかっただけだ。修道院へ帰ったらもう伝える事が出来ない。それに困らせたい訳じゃない。いや、困らせてるんだろうけどラナベルを好きな奴が一人はいると知ってほしかっただけだ。修道院へ帰ってもラナベルは一人じゃないと知ってほしかっただけだ。この街で暮らしてこの街の一員だと家族の一員だと、忘れてほしくないだけだ」
「はい、忘れません」
綺麗な夕焼け空。輝く橙色の太陽。その陽がシエルさんに輝く。
ありがとうございます
貴方は初めて会った時からとても眩しく輝く人です。修道女でも気さくに話してくれました。慣れない仕事で怒られながらも優しく見守ってくれました。
今の私は以前の私ではありません。作り笑顔を貼り付け我慢する事が美学、以前の私は本当に人形でした。
でも今は笑いたい時に笑い、楽しい時は幸せを感じます。慣れない仕事も慣れてくれば毎日が楽しく、一日の終わり『今日は疲れました』と笑い合った時は心が温かくなりました。それをおじさんが笑って私達を後ろから眺めている。そんな生活が毎日楽しかった。
私は毎日楽しかったんです。
シエルさんとおじさんと3人の生活が楽しかったんです。何度この家族の一員になりたいと思ったか分かりません。おじさんの娘として、シエルさんの妹として、このままここで暮らしたい、いつも思っていました。
誰かを恋する気持ちを持てない私には貴方は眩しすぎる。貴方の温もりは幸せすぎる。繋がれた手に押された背中に、何度勇気をもらい何度感謝したか。
だからこそ思うんです。
私なんかが貴方に恋をするなんておこがましいと。
シエルさん、貴方はとても素敵な男性ですもの。
私は夕焼け空に祈った。
この街の人達が、食堂のお客様が、肉屋のおじさんが、野菜屋のおばさんが、ルナが、おじさんが、シエルさんが、
皆さんが幸福でありますように…
食堂に帰り最後の夕食を3人で食べる。
「1年間お世話になりました」
コツコツと作った前掛け。野菜の刺繍とレモンとレモンの花の刺繍の2枚ずつ贈った。レモンの前掛けはシエルさんのお母様が二人に最後に刺繍を刺した前掛け、今使っているものを参考にした。
「いつでも帰ってこい。ラナベルはもう俺の娘だ」
「ありがとうございます」
おじさんの優しい笑み。そして少しゴツゴツした大きな手が私の頭を撫でた。
「ラナベル、俺も親父もここにいる。修道院へ帰っても俺達が家族なのは変わらない。この街の一員なのも変わらない。この街全員がラナベルの味方だ。皆ラナベルが好きだ。可愛い娘だと可愛い妹だと優しい姉だと皆が思ってる事を忘れるなよ」
「はい忘れません。ありがとうございました」
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