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私の気持ち

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「私は幼い頃から愛人を連れてる父の姿を見て育ちました。母は体調を崩し離れに住んでいました。私も兄も母と一緒に離れで住んでいました。

離れから父と愛人が仲良さそうにしている姿を見て、時折母を罵倒する父を見て、それでも母は父と離縁せず亡くなりました。

ですが、父は母を愛していました。母も父を愛していました。以前に夫婦にしか分からない事があると言ったのを覚えてますか?」

「特別な何かだろ?」

「はい。父は母の絵を描いていたんです。それこそ出会ってから亡くなった姿まで。母が亡くなる前日の夜、母は父に言ったそうです。絵を描いてほしいと。そして父は母の絵を描いた。その絵の母はとても幸せそうで、父を愛してる、愛しいと見つめていました。

父は愛人を次から次へと作っていました。それでも絵を描くのは母だけでした。母にとって父が自分を描く事が特別な何かだったのです。もし父が愛人を描いていたら母は離縁したでしょう。ですが、父は最後まで母にとって特別な何かを穢す事はしなかった。

だから母は父を愛していられたし、父の愛も感じられた。それに父は母を抱きしめてる時だけが安らげる時間だったと言っていました。私と兄が眠ってから離れの母のベッドで母を抱き寄せて寝ていたらしいのです。昼間愛人を連れていても、母を罵倒しても、夜になると母を抱き寄せて眠る。それが夫婦には分からない何かなのだと思いました。

父は私に言いました。母は生涯愛する人だと。愛してるのは母だけだと。

私は母の様になりたくないと思っていました。父に邪険にされても離縁せず耐えて亡くなった。そう思っていたからです。

ですが、今は母の様に一途に愛されて、言葉ではない愛の形を亡くなるまで受け取り、亡くなる寸前まで愛する人に抱きしめられていた。そんな母を羨ましく思いました」

「寸前までって?」

「父は私達が起きる前に母屋に帰っていました。あの日私達が起きて顔を見に行った時に母の意識は朦朧としていてそのまま亡くなりました。母は父が母屋に帰るのを待ってから亡くなったのです。

父は朝母屋に帰る時、母と口付けをし「夜にまた来る」と言うそうです。母は笑って「待ってるわ」と、いつものやり取りだそうです。ですがあの日、母は「愛してる」と言ったそうです。父も「愛してる」と言って母屋に帰って行ったそうです。父と過ごした時までは意識がはっきりしていた。母は最後に父と過ごし父の愛情を受け取り父に愛されて亡くなったのです。

父は今、自分が描いた何十枚の母の絵に囲まれて暮らしています。

私はそんな母が羨ましい。亡くなっても愛してくれる人がいる、そんな母が羨ましい。

私が望んではいけませんか?

私だけを愛してくれる、死んでもなお愛してくれる誰かを望んではいけませんか?」

「元旦那は愛してくれなかった?」

「愛してくれていたのでしょう。ですが、彼は私だけを愛していた訳ではありません」

「それなら君の父親だって同じじゃないのか?愛人がいた。邸に連れ込む愛人がいたんだろ?」

「そうですね。父の許せない所は愛人を作った所です。母を愛しているなら愛人なんか作らなければ良かったんです」

「なら元旦那だって愛人は愛人だったかもしれないだろ」

「愛人を作って欲しくない。それは正直な気持ちです。父を見て育ったから余計に。それに元婚約者も女癖の悪い人でした。だからこそ愛人や浮気は許せないのです」

「そうか」

「例え欲の捌け口だったとしても、彼は私が辛く苦しんだ思いをしてきた事をしたのです」

「そうか」

「それに彼は約束を守らなかった」

「約束?」

「私にとっての特別な何かです」

「それが約束?」

「はい。彼は約束を守らず愛人を取った。それが離縁した理由です」

「なら泣いた理由は悔しさか?」

「どうでしょう。ですがそうですね。この人なら信じられると始めて思った人です。信じた人に裏切られ私の矜持を踏み躙り粉々にした人ですから」

「どんな事をされた?」

「それは言いたくありません」

「そうか」

「申し訳ありません」


 落ち着いた私は部屋を後にしました。


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