103 / 107
86 処刑
しおりを挟むアンネの姿を見送り私は後ろの騎士に声をかけた。
「さっきはありがとう。悪いけど…」
私は手を後ろに回した。
鎖は自由を奪うと同時に処刑される人を思っての事だと思う。自分が鎖に繋がれそう思った。
手と足の自由を奪う、それは抵抗しない為。でも人は死を前にして手や足、体全身を動かし抵抗しようともがく。もがけばもがくほど傷を増やす。鎖に擦れ、転ければ体を地面にぶつける。
死への恐怖、処刑台を目の前にした時、足が震え逃げ出そうと本能的に思う。どれだけ覚悟を決めていてもこの場の雰囲気が恐怖を誘う。
だから鎖に繋がれ良かったと思った。逃げ出そうと思っても逃げ出せない。手や足を動かそうと思っても動かせない。自由を奪われる事が私の体を守っている。
傷は一つだけで良い
死んでしまうこの体、最期に大きな傷を付ける。痛い思いは一度だけで良い。
「処刑を執行せよ」
アルバートの声が響き渡る。歓声があがり、私は処刑台の前で両膝をついて座った。
タイラーが言った、悔いは残すなと…。
悔い?
悔いは、
アルバートを愛した事
アルバートを王にした事
自分が支えれば大丈夫と私は自分自身を過信した事
だから処刑は私への罰
この国をこんな国にした、私への罰…
悔いがあるとすれば…、
私は処刑台の間からアルバートを見つめる。
口を塞がれなくて良かった。
「アルバート、これは私の最期の言葉。貴方に残す最期の言葉。
貴方はこの国の王。王なら王らしくしなさい。王とは孤独なもの。誰かに支えてもらうのではなくて己で立つもの。
己で立ち、孤独を受け入れ、自分の信念を持ちなさい。貴方が王としてこれからも君臨したいのなら、優しさよりも厳しさを、弱さよりも強さを、そのような王になりなさい。
まずは今の弱い自分に打ち勝つ。一人の臣下を側に置かず己の力で立つ。それが、貴方が、未熟な王として今すべき事よ。
周りを見て。貴方をずっと信じてきた陛下もいない。貴方を支えると言ったジェイデンもグレイソンもいない。貴方を陰から支えてきたボビーもタイラーもいない。そして私もいなくなるわ。
だから最後に、
全ての重みを背負い孤独と戦うの。歴代の王も皆、己と戦った。そして戦った先に王として君臨して名を残してきたの。貴方もその一人になって。
これが最期の友の言葉よ、アルバート。
アルバート、アルバートなら出来ると私は信じてる」
悔いはもうない。
この言葉がアルバートに届くか届かないか、それは私の知る由もない事。そしてこの先の国が良い方へ傾くのか悪い方へ傾くのか、それも私の知る由もない事。
私はアルバートに微笑んだ。
私は自ら首を処刑台に置いた。騎士が私の髪を両側へ流し、首を露わにさせた。
死の恐怖か、体が震える。
目を開けば私の処刑を待ち望む顔が見える。
最期まで私を罵る声が聞こえる。
だから私は目を閉じる。
最期に残る記憶は幸せなものにしたい。
お父様と一緒に行った旅
お母様に抱きしめられた温もり
ライアンが産まれた日、私はライアンを守ると誓った
伯父様や伯母様、使用人達と過ごした年月
お兄様達と一緒に暮らし切磋琢磨した日々
ジェイデン、貴方は私の大事な弟
グレイソン、いつかライアンと共に笑い合える日を
コナー、手を広げて待ってて。私の道標、コナーが居なかったら耐えられない事ばかりだった。だから今は怖くない。コナーの笑顔が待ってると信じているから
タイラー、タイラーは私の分身みたいな、もう私の一部。タイラーはいつも私に助けられたって言ってたけどいつも助けられていたのは私。芯が強いタイラーにいつも私は助けられていたのよ。今も心を乱さずこの場に首を置けるのもタイラーのおかげなの。
露わになった首にポタンと一滴の血が垂れた。冷たいはずの血の雫。首に落ちた血の雫から温もりが感じられた。
怖くないよ
待ってるよ
と、私に伝えてくれる。
そう、私には皆が待ってる。皆が笑顔で私を待ってる。
だから私は逝くわ
皆の元へ
私を待ってる皆の元へ…
その時お腹がぐにゅっと動いた気がした。
大丈夫だよ
わたしも一緒だよ
と私に伝えてきた。
そうね、あなたが一緒なら何も怖くないわ。最後にあなたを撫でてあげられなくてごめんね。あなたはとても強い子。母様を離さないで。母様にしがみついていてね。
あなたは私の子
私の愛する子
あなたを離せない母様を許してね。一緒に連れていく事を選んだ母様を許して、ね…
お兄様、貴方が闇に落ちない事を願っているわ。お兄様は皆の光。
だから、だから闇に落ちないで…
私は幸せだったわ
だって私の周りにはいつも私の幸せを願う人ばかりだったもの
だからね、私も皆の幸せを願っていたわ
その中にお兄様も入っているのよ?
私が最期に残す記憶は皆の笑顔
お父様もお母様もライアンも、伯父様も伯母様もカーターも、それに使用人達も、
お兄様もお兄様達もトネードも、
それに王都に暮らす民も、
今まで出会った人達も、
コナーもタイラーもボビーもミーナもマイラも、
皆、皆笑っているもの
私は幸せ者ね
56
お気に入りに追加
811
あなたにおすすめの小説
公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜
月
ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。
けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。
ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。
大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。
子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。
素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。
夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。
ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。
自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。
フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。
夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。
新たに出会う、友人たち。
再会した、大切な人。
そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。
フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。
★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。
※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。
※一話あたり二千文字前後となります。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

貴族の爵位って面倒ね。
しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。
両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。
だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって……
覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして?
理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの?
ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で…
嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

政略結婚の指南書
編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】
貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。
母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。
愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。
屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。
惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。
戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい……
※R15は保険です
※別サイトにも掲載しています

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…

【完結】フェリシアの誤算
伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。
正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる