悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ

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87 10年後

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今も皆の心に鮮明に残る一人の女性の死。

俺が崇拝し敬意を払う、尊いあのお方…。

父上と共に反逆者として処刑されるはずだった俺達に帝国で生きる選択を与え、俺にディモルト男爵の爵位を譲り男爵領を領民を託し任せてくれた。


「当主様ー」


笑顔で手を振るのは、当時はまだ幼かったルシー。


あの日、ルシーが突然奇声をあげて叫び倒れた。一週間眠り続け、目を覚ましたルシーは涙を流しながら話した。


『おねえちゃんが、おねえちゃんが…、しん、じゃっ、た……』


ルシーが言うおねえちゃん、それが誰を指しているのかは分かった。


『とうしゅさま、わたし、つたえなきゃ。おにいさまにつたえなきゃいけないの。おねえちゃんからでんごんをたのまれたの』

『伝言?』

『そう。おにいさまをしなせないためのでんごん。わたしのちからはかみさまがこのためにさずけたものなんだって。おねえちゃんのおにいさまがしんだらこのよはおわる、そうかみさまがいったの』

『そのお兄様って誰なんだい?』

『くろいかみでくろいひとみをもつひと』


黒い髪で黒い瞳、まさか!皇帝陛下か?


『そのひとかならずここによるの。おねえちゃんとのおもいでのとちだから。みずうみをみにくる』

『あの干からびた湖を?』

『とうしゅさま、みずうみはひからびてないよ』


ルシーの言葉に直ぐに使いを出した。


『おねえちゃんのしをかなしんだひとたちのなみだでたまったの……』


そう言うとルシーはまた眠った。

使いが戻ってきた時、信じられない事が起こっていた。湖には水がたまり、周りの木々は青々とした葉を付けていた。

一週間で枯れ木が葉を付ける訳がない。

それに干からびた湖が一週間で戻る訳がない。

元々住んでいた者に聞くと、元の湖の大きさではないけど、20年前くらいと同じ大きさだと言う。景色も20年前くらいと同じだと。

信じられないが信じるしかない奇跡。そしてその奇跡を起こしたのはきっと…。


ルシーが目を覚まし俺はルシーを抱っこして湖にやって来た。

目の前に広がるのはキラキラと光る水面。青々と茂る木々。鳥のさえずり。

ここに着いた時に見た湖とは思えないこの場所は皆の心を癒やした。元々住んでいた領民は涙を流し、子爵領の領民は天女が舞い降りそうなこの景色に涙した。

俺も自然と涙が流れた。

言葉に上手く出来ないが、何か安心感を与えてくれているような、そう、子供の頃母上に抱きしめられたような感覚だった。


『とうしゅさま、おにいさまはいつくるの?』

『それは俺にも分からないよ。もしここに立ち寄らなかったら必ずなんとしても会えるようにするから』

『うん』



俺は高額をはたいて情報屋雇い、もう帰る事は出来ない祖国の情報を仕入れてもらった。


あの日、尊いあの方の処刑があった日、王宮と王都では対照的だった。まさに明暗。

王宮では祝賀パーティーを思わせるお祝いの宴が催された。

王都は暗闇。いつもなら遅くまで人々が行き来し、酔っぱらいが騒ぐ。あの日、店は閉まり書き入れ時の酒場も店を閉め、明るい王都の街から光が消えた。

王宮の華やかな光は闇の中で鮮やかに光り、きらびやかに着飾った貴族達、聞こえてくるのは楽器の音色、笑い声。

この国の貴族が一同に集まるこの日、王都を護る騎士は王宮の警備に回された。


暗闇を進む軍隊に誰も気付かない。いや、王都に暮らす人達は気付いても気付かないふりをした。

尊いあのお方の仇をとってと




王宮では楽しい宴の途中


「陛下、皇帝陛下がお見えになりました」

「お通ししろ」


騎士の静止も虚しく皇帝陛下はズカズカと宴の会場へ足を踏み入れた。


「国王、これは楽しそうな宴だな」

「皇帝陛下もご一緒にどうでしょうか」

「そうだな。あぁ、書簡の返答だが」

「こちらもお目にして頂きたいものが」


床に捨て置かれていたのは一人の女性の亡骸。

ある人は食べ物を投げ、ある人はグラスの水を浴びせた。そしてある人は足蹴にした跡が生々しく残っていた。

胴体とはかけ離れた所にある頭。


「そこに転がっている第二夫人の亡骸で手打ちにして頂きたい」

「ほう、第二夫人とな。そうか」


皇帝は黒い悪魔の如く国王の隣に座る女性の首を一太刀で躊躇いなく落とした。


「なっ!なんて事を!私の妻、王妃に何をする!」

「ほう、第二夫人がいつ王妃になった。それに我は言ったはずだ。

《約束は違えた。もし貴殿が忘れていてもだ。我はお主の首と第二夫人の首を奪う》

とな」


皇帝は自身が纏う帝国の紋章入りのマントを脱ぎ胴体と頭、離れた亡骸を包んだ。愛おしそうに抱きしめて悲しみの顔をマントに埋めた。


「ジルと言ったな、抱えていろ。床につける事は許さぬ。何があっても護りぬけ。穢れたものを見せず聞かせるな」

「はい」


亡骸を任された男は胡座をかき自身の膝の上にマントに包まれた亡骸を寝かせ、自身の体を亡骸に被せ盾にした。そして頭を自身の胸に抱きしめた。

もう何も見るな、何も聞くなと

亡骸を抱く男から一筋の涙が伝った。



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