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閑話 ジェイデン視点
しおりを挟む牢屋から出て客間へ帰る。
「マックス、今日中にネイソンに連絡を取れ。
明日、グレイソンを連れて王宮を出る」
「承知しました」
「己が信用する者だけを連れてついて来いと。この国に帰るのは数年後になる。信用する者に家族も含まれる」
「承知しました」
「マックスは私について来い」
「端からそのつもりです。私の主は殿下だけですので」
次の日の朝、俺は兄上の元に向かった。
「兄上、私は今日帰ります」
「そうか」
「あ、それとグレイソンは連れて行きます」
「なぜだ」
「グレイソンを隣国の騎士学校に通わせようと思います。当初、その話をする為にここに来ました」
「そうだったのか。そうだな、グレイソンは騎士を志しているからな。グレイソンを頼めるか」
「はい、可愛い弟ですから」
「ジェイデン、お前も俺の可愛い弟だ」
「ええ、知っています」
「またゆっくり来い」
「ええ、また来ます(直ぐに!)」
兄上は無能ではないと思っていたが、やはり無能だったな。
俺は帰ると言っただけで宣戦布告を取り消すとは言っていない。それにも気付かない王がどこにいる。
今はグレイソンを安全な場所まで逃がす。そして、直ぐに王宮を攻める。帝国の皇帝ではなく、兄上の首は俺が落とす。
兄上を始末するのは弟の俺の役目だ
俺はグレイソンの部屋を訪ねる。
「グレイソン、俺と隣国へ行くぞ」
「兄上、どうしてですか」
「理由は後で話す。リリーアンヌと最後の別れをしろ」
グレイソンを連れて地下の牢屋へ行く。
「義姉上」
グレイソンはリリーアンヌの牢屋は走って近寄った。
「グレイソン、ジェイデンと一緒に隣国へ行って、騎士として立派になって、ね?」
「……ライアンとは、もう、会えないん、でしょうか…」
「今は会えないかもしれない」
「それは、アルバート兄上が、公爵を……」
「そうね、それが一番だけど、でも大人になれば…、お互い少し時間が必要なのよ。でも、大人になればまた会えるわ。それまでグレイソンは剣の稽古を励んで」
「はい」
「グレイソン、貴方にはこれから辛い事があるかもしれない。それでも貴方は前を向いて。ほら、顔を上げて」
グレイソンは下げていた顔を上げた。
「下を向いていては駄目よ。顔を上げて、そうね、空を見なさい。辛い時は空を見上げるの。ゆっくり流れる雲を見て心を落ち着かせなさい。空はライアンとも繋がっているわ。
後、我武者羅に剣を振っても上達はしないわ。国一番の剣士になるんでしょ」
「はい」
「一朝一夕で身に付くものではないわ。日々の積み重ね、それが己を強くさせる。グレイソンなら出来る」
「義姉上、義姉上は、」
「私なら大丈夫」
泣きそうなグレイソンの手をリリーアンヌは握った。そしてリリーアンヌは笑顔を見せた。きっとリリーアンヌが泣きそうな顔を見せればグレイソンはここから離れない。
だからリリーアンヌは笑う。
グレイソンの門出を祝福する為に。グレイソンを送り出す姉として最後に出来る事だからだ。
「ジェイデン、グレイソンをよろしくね」
「任せて下さい。リリーアンヌも諦めないで」
「ええ」
幼い頃から見てきたリリーアンヌの優しい笑顔。俺達を心配させまいと見せる笑顔。でもそこに愛を感じる笑顔。
家族のように姉弟のように育ってきた。俺の記憶の中にはいつもリリーアンヌがいた。
「リリーアンヌ」
俺は手を差し出した。俺の手を握るリリーアンヌ。リリーアンヌは手を差し出せば必ず握り返してくれる。手から伝わる温もりに何度助けられただろう。迷い自分の存在を見失いそうになると必ずリリーアンヌが俺の手を握り戻してくれた。
だから俺は誓ったんだ
今度は俺の手を信じてほしいと。だから勉強も剣の稽古も頑張ってきた。いつまでも弟ではないと、守ってもらうばかりではないと、手を引かれる弱虫ではないと…。
認めてもらいたかった
どんな形でも俺の存在がリリーアンヌに残れば良いと、そう思った。それが善でも悪でも、リリーアンヌの心に俺の存在が刻み込まれれば…。
俺はそう願った
今、この選択は正解なのか、それは否だ。この手を離せばもう会えない。
この手を離さず連れて逃げる、それが俺の中での正解だ。
でも、
リリーアンヌには認めてもらえない。
俺はリリーアンヌの手を握り、目を瞑り上を向いた。涙が溢れないように、上を向いて涙を止めた。
上げていた顔をリリーアンヌに向けた。
「行きます」
「ええ、気をつけて」
「お元気で」
「貴方も」
「リリーアンヌ…」
俺は繋いでいるリリーアンヌの手の甲に口付けを落とした。
離したくない、離せ、離したくない、離せ、
この手を離したくない、
この手を離せ、
俺の中で葛藤が生まれた。
繋がれた手をギュッと握るリリーアンヌ。俺は口付けをしている甲から唇を離しリリーアンヌと見つめ合う。
「前を向いてジェイデン」
「……ああ」
お互い同時に手を離した。
俺は立ち上がりグレイソンの手を引いた。
「嫌だ、嫌だ、」
顔を横に振るグレイソン。
「ジェイデン、グレイソン、」
リリーアンヌの声に俺もグレイソンもリリーアンヌを見る。笑顔で手を振るリリーアンヌ。タイラーもコナーもボビーも、皆、笑顔で手を振っている。
「行くぞグレイソン」
「嫌だ、嫌だ、嫌だーーーー、行きたくない、俺はここに居たい!」
「行くんだ!グレイソン!」
グレイソンの気持ちは俺が一番分かる。ここで離れたらもう一生会えない。グレイソンもそれを感じ取っている。
俺だって同じ気持ちだ。
でも、
いつまでも守られ手を引かれる弟のままではいられない。リリーアンヌの隣に立ちたい。
だから、
俺は前を向く
リリーアンヌが認める男になる為に
リリーアンヌが安心して任せられる王になる為に
だから俺は前を向くしかない
泣きじゃくるグレイソンの手を引いて俺は無理矢理牢屋から外に出た。
牢屋の外で待って居たのはマックスとネイソンと騎士達。奥方達とは王宮を出た後で合流する事になっている。
マックスとネイソン合わせても7人か…。それだけ信用出来る者がいないという事だ。
それほどまでにフォスター公爵は王宮を牛耳っていたのか…。
これでは王が誰かなど、聞かぬとも分かる。
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