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65 なにもない
しおりを挟む「コナー、公爵家に寄ってほしいの」
私は馬車の中から御者しているコナーに話しかけた。
馬車は生まれ育った公爵家に着いた。私は馬車から降りた。
「コナー、荷馬車で伯母様とシャドネー公爵家の使用人の亡骸を連れて来てほしいの」
「どうするつもりだ」
「ここの庭に埋葬するわ。ルヴェンド公爵家は誰も壊せない。お祖父様が愛したこの邸を壊す者はいないわ」
元王族の邸を壊す者はいない。それだけ王族はこの国にとって尊い存在だから。後に孤児院や教会になったりはするけど。
王都にある孤児院も元王族の祖先の方々が暮らした邸。
いずれ何十年か先に人が立ち入る事になってもそれまでは人が立ち入らない。勿論邸も取り壊されない。
シャドネー公爵家は取り潰しになりいずれ更地にされる。
ルヴェンド公爵家とシャドネー公爵家は親戚。使用人同士仲も良かった。それなら一緒に埋葬したい。捨て置かれるままではあの世へ行きたくても行けないもの。
「分かった」
コナーは公爵家にある荷馬車で邸を出て行った。
「タイラー」
馬車に乗っているタイラーを私は覗きこんだ。
「降りる?」
黙って顔を横に振るタイラー。
ミーナとマイラは庭に咲いている花を摘んでいる。
私は馬車に乗るタイラーの隣に座り手を繋いだ。ただ黙って手を繋ぐだけ。お互い何も話さない。
顔を俯かせているタイラー。前を向く私。
ただ静かな時間が過ぎる。
馬車の音が聞こえ私は馬車から降りた。
荷馬車の後ろから馬車が一緒に入って来た。
私の前に止まり、私はコナーを見上げる。
「誰?」
「オーガス侯爵だ」
伯母様のお兄様の馬車も止まり、侯爵が降りてきた。
「リリーアンヌ妃殿下、これはどういうつもりだ」
「侯爵、この度は申し訳ありませんでした」
「それはもう良い。だが妹の亡骸は侯爵家に連れて帰る」
「それで構いませんが、シャドネー公爵の亡骸と共に眠らせてほしいんです」
「亡骸など返ってこないだろ」
「はい。だから今夜取り返しに行きます。お父様と伯父様の亡骸が捨て置かれているのは私も許せませんから」
「二人をどうする」
「ここの庭に埋葬します。無実の罪でも処刑された以上、罪人。神の弔いは受けられません。私の手で送り出します」
「そうか…。なら妹も一緒にお願いしたい」
「はい」
「騎士達をここに寄越す。穴を掘るのに使ってくれ」
「心遣いありがとうございます。助かります」
「それよりタイラーはどこだ」
「馬車の中に」
侯爵は馬車の扉を開けた。
「タイラー、一緒に帰ろう。これからは私の邸で暮らせば良い」
「嫌だ!僕はリリーアンヌから離れない。リリーアンヌの側が良い。父上も母上もいなくなった。伯父上には悪いけど、僕にはもうリリーアンヌしか残っていないんだ。カーターがいる帝国にも行きたくない」
侯爵はタイラーの腕を掴み無理矢理馬車から引きずり出した。タイラーは侯爵の手を振り払い私の後ろに隠れた。
私のドレスを掴んでいるタイラー。
「侯爵、タイラーは私が一緒に連れて行きます。私にとってももうタイラーしかいません。もしタイラーがカーターの所に行くと言うのなら帝国まで連れて行きます。
タイラーの気持ちが落ち着くまで、それまで一緒にいさせて下さい」
私は侯爵に頭を下げた。
「今のタイラーに何を言っても無駄か…。
分かった。タイラーを頼む」
「はい」
侯爵が帰り、私のドレスを掴むタイラーの姿に私は笑ってしまった。
「ふふっ、タイラー、昔と変わらないわね。いつもそうやって私の後ろに隠れていたわ」
「リリーアンヌの後ろが一番安全だから」
「そうね」
私はタイラーの手を繋ぎ、タイラーと向かい合い顔を合わした。
「タイラー、伯母様と皆とお別れをしましょう。タイラーが認めたくない気持ちも分かるわ。だけどきちんとお別れをしましょう。私がタイラーの側にいる。タイラーを一人にはさせない。
だから、悲しみを一緒に背負いましょ」
「うん…」
「たくさん泣いてお別れしましょ?」
私はタイラーの手を引いて荷馬車まで近づいた。
「コナー、皆を邸の中にいれてくれる?」
「あぁ」
コナーが亡骸を邸に運んでいる間、私はタイラーの手を繋ぎ花壇の前に来た。
「タイラー、全部抜くわよ。何も考えず無心で抜くの。良い?」
頷くタイラーを見て私は花壇の花を根っこから抜いた。タイラーも少ししてから根っこから抜いた。
オーガス侯爵家の騎士達が着いて庭の隅に穴を掘ってもらった。とても広い範囲で大きな穴。
騎士達には明日また来てもらうように頼み、私とタイラーは邸の中に入った。
「コナー、夜動ける?」
「ああ」
夜が更けたらお父様と伯父様を迎えに行く。
ソファーの上に寝かされている伯母様の亡骸。亡骸の上にタイラーが抜き根っこを落とした花を置いた。
「伯母様まで巻き込んで申し訳ありません。夜には伯父様と一緒になれますからもう少しだけ待ってて下さい。
安らかにお眠り下さい」
私は布で覆い被されている亡骸に手を置き心から冥福を祈った。
使用人達も同様に一人一人に花を供え声をかけた。
邸の窓から見える花壇。そこにはもうなにもない。まるでここにはなにもない、そう言われている気分だった。
殺風景な花壇は今の私の心と同じ…。
もう失くすものはなにもない…
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