悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ

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64 旅立ち

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執務室を出た私はミーナとマイラが待つ私室に向かった。


「妃殿下お一人ですか?」


声を掛けられ後ろを振り返る。


「あらイーサン、嫌味?私はもう妃殿下ではないわ。書類上ではまだ王妃だけどそれも手続きが終われば王妃ではなくなるわ。

それに王妃でない私に護衛騎士は必要ないでしょ?」

「北の離宮へ行くとか」

「ええそうよ。離縁したとしても私を利用する者達が出てきても困るでしょ?一応元王妃なんだから」

「寂しくなりますね」

「ふふっ、思ってもいない事を…。これからはナーシャ様が王妃よ?良かったわね?邪魔者は排除出来たものね?

貴方のお父上もこれで思いのままかしら?」

「父上が何を考えているのかは分かりませんが、私は妃殿下とこうやって言い合うのを楽しんでいたんですよ?」

「ふふっ、貴方でも冗談が言えるのね。驚いたわ」

「冗談ではなく本心です。

寂しくなります」

「ありがとう。素直に受け取っておくわ。私もイーサンとこうやって言い合うの、楽しかったわ」


私は私室へ向かう為に体の向きを変えた。歩き出した時、私を追い越すイーサンの姿。


「最後くらい部屋までお送りします」

「ふふっ、ありがとう」


私室に着き、


「道中気をつけて下さい」

「ありがとう」

「お元気でお過ごし下さい」

「ええ、貴方も元気で過ごしてね。

イーサン、最後にお願いをしても良いかしら」

「どうぞ」

「フォスター公爵令息ではなく、騎士ではなく、イーサンとしてアルバートを支えてほしいの。アルバートが間違いを起こした時、アルバートの兄として止めてほしいの」


私はイーサンを真っ直ぐ見つめ、イーサンも私を真っ直ぐ見つめた。


「イーサンとローレンは王太子、王太子妃時代からの付き合いだわ。アルバートの性格を理解している貴方だからこそアルバートを託す事が出来るの。

私はもう、側で支える事は出来ないから…。

だからお願いね?」

「分かりました」

「ここまでありがとう」


私は私室に入った。

私室の中ではミーナとマイラが準備をして待っていた。

離宮へ行く荷物は昨日コナーに頼んだ。公爵家にある私の荷物。この私室にある私の荷物、ドレスや宝石は持って行くつもりはない。


「お待たせ。さぁ行きましょうか」


ミーナとマイラは自分達の荷物を入れた鞄を持ち、私は最後この私室を眺めた。


「貴方も今までありがとう」

コン

「奥様や息子さんを思うなら早く狸の所は辞めなさい」

コン

「元気でね」

コンコン


「お嬢様?」

「今行くわ」


部屋の外にいるミーナとマイラと一緒に歩いて門まで行く。

子供の頃遊んだ庭を通り門の手前、私は後ろを振り返り王宮をこの目に映す。

幼い頃から出入りしていた王宮に何の思い入れがない訳ではない。

思い出は数多くある。そのどれもにアルバートがいた。好きとか嫌いとかそんな感情が生まれる前からいつも側にいた。アルバートの隣が私の居場所。

それから恋をし愛した。

私の隣に居るはずの人がいない。違和感が残るこの思いも今日ここに置いていく。

アルバートを愛しているから

だから貴方には生きていてほしい

例え貴方の側にいれなくても

例え貴方ともう会えなくても

愛してる貴方が生きている

同じ国に住み同じ国で生きる

それだけで私は充分なの

だからさよならは言わない

いつかまた…



「遅いぞ!」


門の外で待つコナー。

私は踵を返してコナーに向かって歩く。


「ごめんねコナー」


門を出て馬車の前。


「タイラーを迎えに行かないと」


一人になったタイラーをこのまま一人にさせる訳にはいかない。帝国へ行くならそれで良い。私と一緒に離宮へ行くならそれも良い。


「タイラーならもう回収済みだ。中にいるぞ」


私は馬車の扉を開けた。


「リリーアンヌ……」

「タイラー」


タイラーの顔が憎悪の塊みたいになっている。何の罪もない父を母を殺された。アルバートに憎悪を抱くのも無理はない。

だから私だけは明るくいこう。


「ふふっ」

「リリーアンヌ?」

「ねぇタイラー、昔に戻ったみたいね。タイラーがいてコナーがいる。ここにお兄様とトネード、兄様達がいたらあの楽しかった頃みたい」

「そうだね」

「公爵家ではいつも一緒だったわ。タイラーは嫌嫌剣を習って、私とコナーは競争した。いつも私が負けちゃうけど、でも毎日楽しかった」

「うん」

「今もタイラーがいてコナーがいて私がいる。この3人が一緒なら毎日が楽しくなるわ。そうでしょ?」

「リリーアンヌ」


私はタイラーを手招きした。手を差し出しタイラーの手を引っ張り外に連れ出した。

手を繋ぎ王宮を一緒に見つめる。


「タイラー、タイラーの心はタイラーのもの。だから私は何も言わない。でもね、」


私はタイラーを抱きしめた。


「タイラーの隣にはこれからもずっと私がいる。タイラーを一人にはさせない。

またあの頃に戻りましょ。あの楽しかった頃に」

「うん」

「だからね、アルバートとはここでお別れ」

「そう、だね」

「さぁ、行きましょ」

「お嬢は気楽だな」

「だってコナーがいれば賊は退治出来るし、それに楽しみなの。何をしても誰にも文句を言われないのよ?

なら楽しみしか残ってないじゃない」

「流石お嬢だよ」

「コナーも楽しみでしょ?」

「まぁな。お嬢も剣を振れよ」

「賊退治ね!任せて」


私とコナーが話している時、タイラーは王宮をずっと見ていた。

何を思い何を考えているのかは分からない。もしかしたら心の中でアルバートに罵声を浴びせているのかもしれない。

それでタイラーの心が軽くなるとは思わない。

でも旅立ちは明るい未来の方が良い。楽しい未来の方が良い。

だから、ここに置いていってほしい。

これから進むタイラーの未来が明るくなる為にも。


「タイラー」


私は馬車の中から手を差し出す。これから向かう未来にタイラーを連れて行く為に。

タイラーが一歩足を踏み出した。

私の手を取り馬車の中に乗り込む。


明るい未来へ向かう為に馬車は動き出した。



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